chapter2.5 番外編01
都合により完結していないchapter2ですが、時間軸としてその続きとなります。
番外編であり、閑話的なお話ではありますが楽しんでいただけたらと思います。
「相変わらずオイタが過ぎますね。いい加減本気で処刑しますよ?」
秋も間近の山岳地帯に菱川の怒鳴り声がこだまする。
空は高く、薄く伸びる雲が射角の浅くなった太陽光に照らされ橙色染まり始めていた。
本来はやや高音の透き通る声だが、岩盤に反響するのは職務のため少しでも威厳を持つために、いつの間にか身に着いた低めで力強いものだった。
遥かに見上げる岩山の上の森の木々から、その凛とした響きに反応した鳥たちが一斉に飛び立ち風に乗る姿は崖下から見上げる分には鼓草の綿毛のようでもあるのだが、仄かに怒気を孕むその声に驚かされた鳥たちと突然枝を弾かれ葉を散らした樹木からすれば迷惑な話だろう。
菱川の怒声の矛先が向けられているのは、やはり稲葉だった。
いつものこと、と言えばそこまでだが、今回の経緯はこうである。
三咲組が所在を置く西方の街から北西に位置するここは、ユキと結花が迷い込んだ旧地下鉄道の入り口から更に西に広がる岩山の麓。
発見された地下トンネルの、ユキと結花が進んだのとは逆方向に存在する旧市街地は当然廃墟地帯であり、大災害の影響で激しく隆起した結果できたこの山岳地帯に阻まれているためこちら側からは立ち入ることができず、西方の街の西門を出て山岳地帯を南西側から大きく迂回して辛うじて辿り着ける地域。
移動が困難で機材も運び入れ難い地形であるため、数年前に簡単な調査が行われた以降結局放置されている。
しかしこの地域の整地が整い海沿いを走る新国道を造ることができれば南方と北方を直接結ぶことになり、大よそ中間にある西方との行き来も飛躍的に便利になるだろう。
今日はそのための調査である。
結果次第では各行政区からも応援を募るほどの大事業になる見通しであり、多方面から期待が集まるだけに調査は急がれ人員は不足していた。
そのため本来であれば現場には赴かない一葉も、一鉄の反対を押し切って軍の同行を受け地上からの調査に参加していた。
護衛の兵士数名と菱川、少し離れたところに観測機材を操作するいる田羽多と能登の姿もある。
田羽多と能登は、それぞれの観測記録を持ち帰るであろう仲間たちの帰りを待ちつつ記録媒体に観測データを纏めており、一葉はヘルメットのバイザーを上げて菱川と話しながら顔を掌で仰ぐ。
もちろんスーツ内の熱気がそれで緩和されるわけでもなく、雰囲気で思わずとる人間的行動である。
地下トンネル内部からの調査を終えた別働隊の車両が数台、菱川と一葉を含む地上部隊と合流してくる。
車両から降りてくるなり駆け寄り、一葉に声をかける稲葉。
「一葉ちゃん怪我なかった? 軍の野郎共にイヤラシイ目で見られなかった?」
言いながら周囲にいる兵士達に鋭い視線を送る。
視線に反応した兵士たちはもう慣れたものだが、さすがに言葉を選ばない稲葉には少なからずイラッときたようだ。
「んー大丈夫。お前みたいな奴がいなかったから」
兵士たちの感情を知ってか知らずか、一葉はあっさりと言ってのける。
「当たり前です。私の部下に稲葉さんみたいな不謹慎な人間はいません!」
稲葉が来れば何か言うと思っていた菱川も後に続いた。
「またまたぁ、んなこと言っちゃってぇ」
稲葉はお道化た様子で一葉の側に寄り、更に続ける。
「あ! ほら、こんなとこに泥が付いてるよ。暑くない? バルブ少し緩めてあげようか?」
両掌を一葉に向け、何かしようと手を伸ばす。
背後からは後に次いで車両から降りてきた別働隊の一鉄・早瀬・ユキが歩いてくるが、一鉄だけは稲葉の背に向け殺気の籠る視線を放ち、ヘルメットのバイザーから覗く目は赤く染まっている。
一鉄の眼光などお構いなしで指をわきわきしながら寄って来る稲葉だったが、一葉は落ち着いたものだ。
「うっとおしいなお前は」
本当に、相も変わらない稲葉の言動に呆れ顔の一葉。
普通ならばすぐにでも通報したくなる風景なのだが、これが稲葉 小太郎という男なのだ。
取る行動はこれだが、境界線での攻防を除けば南西の第四地区予定地での事故以来、かなり久しぶりの観測であった一葉の身を案じてのことである。
本心では一鉄と同じくらい一葉が現場に出張るのを好ましく思わない稲葉であるが、トラブルもなく無事に作業を終えて安心したせいで少しはしゃいでいる。
思いを寄せる女性に対して心配し過ぎるのは無理からぬところではあるのだが、叱られるのは当然と分かっていても悪ノリを見せるのは、稲葉の照れ隠しにも近い感情があるからだろう。
それが良く解っている一葉にしてみれば、必死でじゃれついてくる飼い犬のようなものである。
(このくらいで止めておけばいいんだが)
バイザー越しにもイライラを募らせているのがわかる菱川の表情を見て取った早瀬が心で呟く。
「しかし、いやぁ、やっぱ、むさ苦しい現場も一葉ちゃんがいると違うね! 華やぐね!」
できるなら現場には出てほしくはないが、身体の線が出るスーツ姿の一葉はいつにも増して魅力的であり、次いつ拝めるかと思うとついつい悪ノリも過ぎる。
「記念に写真撮っちゃおうかなー。 俺の個人的観測記録として!」
「セクハラって言葉知ってますか?」
調子に乗ってきた稲葉の行動に腹を立てた菱川が言いながら稲葉の前にずいっと出るが、稲葉はヒラリと横にステップして一葉と菱川、二人が並んだ写真をヘルメットのカメラで撮影してしまう。
「ん~! いいねぇ、二人共! 出るとこ出て、引っ込むとこ引っ込んで! 実にイイ!」
菱川は顔を伏せ、小刻みに肩を震わせている。
稲葉以外の男性陣は、菱川の部下たちを含めて全員が同時に思ったものだ。
(あー……。やっちまったよ、この馬鹿)
見守る大勢がこの先を想い、頭を抱えているのも知らずに画像を保存しながら尚も軽口を叩く稲葉。
「瑠依ちゃんもさぁ、スタイルいいし可愛いんだから、そんなに怖い顔しないで――」
その言葉は言い終わる前に突然響いた金属質な鋭い音と、靴底にビリリと伝わる震動に思わず中断される。
反射的に音のした方向に視線を送る稲葉だったが、そこにはいつの間にか抜き放たれたカーボンスチールを地面に突き刺し、赤い顔で自分を睨みつける菱川の姿があった。
(あ、やっべ)
稲葉は心で呻くが、今更遅いのはさすがに本人にも分かることだ。
(うわぁ……。これヤバいやつだ)
今更のように狼狽える稲葉の姿と、傍観しているように見えて笑いを堪えるように肩を震わす一葉、そして堪忍袋の緒を、今にも滅多斬りしそうな菱川を見て、改めてこの世にはどうにもならないことがあるのだと認識するユキだった。
その数秒後、山岳地帯に菱川の声が響き渡り、岩山の上の木々からは鳥たちが一斉に飛び立ったのだった。
崖下から見たその光景は牧歌的にも映るかもしれないが、現地でそれを経験する者があれば、それは一瞬で劇的なものだ。
低く漂い互いを最低限の認識下に置きつつ、交錯する無数の意識が一斉に目を見開き本能で安全を確保するために行動する。
下から眺める者は鳥たちしか目に映らないだろうが、木陰に潜む小動物から今しがたまで生命を全うすることに専念していた虫たちまでもが一つの引き金で動き出すのだ。
知らぬ者なら視界に収まる風景全てが動き出したようにも感じるだろう。そのくらいの変化なのだ。
同時に、森林地帯に於いては視界にある全てが生命なのだと認識できる瞬間かもしれない。
突然の出来事に崖上にいた二人のサーヴェイアが思わず動きを止める。
一人は屈強な肉体を持つ男性であり、動きを止めたものの慌てる様子はない。
もう一人は少なからず周囲の変化に戸惑いつつも瞬間的に姿勢を低くし、全身の感覚器で情報を得ようとする細身の女性サーヴェイア。
野生的な動きを自然にこなし、慎重に崖に近づき眼下を伺う女性サーヴェイアは、霞夏である。
どうするべきかと思考を巡らす霞夏だったが、とりあえずはユキにでも無線を繋いでみようと試みるが、肉声による制止で思いとどまる。
声をかけたのは、崖上にいたもう一人の屈強な男性、野嶽であった。
野嶽は辺りに響くその声の主と語勢から、大よその出来事を把握していた。
「あー……霞夏、少し遅れて合流しよう」
ヘルメットを脱いで、言いながら手近な岩に腰を下ろし、煙草に火を着ける野嶽はちらりと崖下に視線を送っている。
厳しく見えるその目じりには、好意的な笑みが浮かぶ。
朱に染まる直前の空に彩られた、紅葉前の森に囲まれた崖下の風景。
荒い岩肌に映される陰影は、明日にはもう見ることができない景色なのだ。
野嶽は穏やかな風がそよぐ崖下の森に、傾いた日差しで造られた鳥たちの影が緑の海原をのんびりと漕ぐのを眺めながら紫煙をくゆらせた。
続きはできていますが、何分とり急いで用意した物なので改稿しながらの投稿となります。
できる限り早い更新を目指します。
今のところ5~6話程度の予定です。




