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chapter2.33

 男はヘルメットの内側に表示されているであろう数値を車載されている機材に入力し、記録と分析を平行で行う。

 そうしているうちに一つの作業を終えた同僚が機材を乗せた作業トラックを降り、集めたデータを残した記録媒体を男に手渡しながら言う。


能登のとちゃん悪いけどよ、機材の調子が悪いんだ。見てくれるか?」

 忙しいであろうその男は、少し困ったようだが結局は受け入れる。

「ああ、後で見るので、そこに置いておいてください」


 仕事を押し付けたうえ、記録媒体を手渡した同僚は別な機材を持ってさっさと行ってしまった。

(おいおい、ちったぁ手伝ってやれよ)


 声をかけ難くなってしまった一鉄は同僚の男が置いて行ったトラックの荷台にある機材を何となく見る。

 加重計の他いくつかのゲージがついた、油圧で地盤の固さを測定する機材だったはずだ。

 電子制御式らしく、二つの箱型機材が何本ものケーブルで接続され、さらに油圧シリンダーが付いた機材につながっている。

(これじゃぁ、俺にはお手上げだ。一葉なら手伝えるかもしれねぇが……)


「あ、あの。何か……?」

 いつの間にかヘルメットからプラグを抜き、バイザーを開けた先ほどの男が一鉄のすぐ後ろに立っていた。

 作業に区切りをつけ、置いていかれたこの機材の修理を行うつもりのようだ。手には随分年季の入った工具箱を持っている。


 身長は中背で小太りな体型を、他の作業にあたる同僚と同じく所々に橙色のラインがはしる黄色と黒のスーツに包んでいる。

 このスーツは自治隊員に認められたスーツであり、主に危険地帯に於いて許可を受けて土木作業に従事する業種が着用する。

 当然害獣駆除などの際、自治隊に所属するハンターも場合によってはこういったスーツを装備することもあり、共に修羅場を潜り抜けてきたさかき 鐘観しょうかんが非常時に身に付けるのもこれである。


「いや、すまん。今うちの社員がやっている作業が終わったら何をするべきかと思ってな。あんたに聞くのが一番いいと思ったんだが、忙しそうだったんでな」

「ああ、それはすみませんでした」

 同僚から能登と呼ばれていた男は葦利のいる方に視線を向けるが、呆れたように僅かに目を伏せ、すぐに一鉄に向き直る。

「調査中だった鉱床は、間違いなくあるようです。さっきうちの社長に報告したときに無線で伝達を頼んでおいたんですが……まだ耳に入っていなかったみたいですね」


 それを聞いて葦利の上機嫌の理由はそれか、と思い当たる一鉄。


「鉱床があるのはわかりましたが、規模等がはっきりしていません。これ以上はかなり大掛かりな作業になるでしょうから、行政区に報告して場合によっては整地の予定も変わるかもしれません。」

「なるほど。何れにしてもその件にはこれ以上手が出せないってことだな。なら邪魔になる瓦礫の撤去が先決か」

 応援業者に連絡が届かず煩わせたことにすまなそうにする能登だが、一鉄は軍からの要請を受けて共同で行う企業に葦利の名を見たときから、ある程度憂慮を抱えるのは予想済みだった。


「いや、構わん。あいつは鉱床を自分の会社が発見したことで利権でも得られるんじゃないかと気が気じゃないだろう。他への連絡は俺がやっておこう」

「そんな、うちのミスですから――」

 言いかける能登を遮り一鉄が続ける。

「お前さんは忙しいだろ。気にするな」

 能登は一鉄が応援業者の代表者だと認識しているらしく心苦しそうにしているが、当の一鉄は何も気にしている様子もなく次の予定を聞き、その場を後にする.

「時間を取らせて悪かったな、邪魔しちまった」

 頭を下げる能登にニカッと笑みを見せる一鉄。




 現在第四地区予定地にはこの現場以外にも作業をしている者がいるため、大規模な工事現場の様相を呈している。

 巡回する軍車両から正午を知らせるサイレンがなる。昼休憩というわけだ。


 午前の作業を終え現場にいる者はそれぞれに車両に戻るなどして昼食をとることになる。

 早瀬は田羽多の指示で運搬用の車両に多少の資材運びはしたものの、大した作業でもなかった。

 それよりもやはり巡回する軍車両に護衛される立場の自分や、若い新人女性サーヴェイアまで同行している状況への違和感の方が強かった。


 少し話しただけだが、社長は確かに噂に聞くだけの人物でありそうな気はする。

 娘だという女性サーヴェイアも若いが頭が切れ、仕事に甘えは一切感じない。現場を仕切る田羽多という男もいかにもベテランという様子で手抜かりがない。

(多分良い職場なんだろうが、やはり俺には場違いだ)

 自分が護衛してきた人間たちとは印象が違う三咲組の面々に少なからず好感は覚えるが、別に早瀬は良い職場を求めているわけではない。


 ただ、外敵に神経を尖らせ今まで見ることがなかった危険地帯での作業をする者達の苦労や、それぞれのプロフェッショナルがいるものだと感心はした。

 そんなことを考えながら休憩のため三咲組の車両にいた早瀬は、車窓越しにろくに休憩もとらずに作業を続けている人影をみつける。

(ああいう奴もいるのか。よくやるもんだ)


 少し小太りなその人影は工具を広げ、大型の機材を修理しているようだった。

 しかし機材の一部を取り付ける際、支えた状態でないと接続できないらしく苦心している。

 そうこうしているうちにスーツを着崩した色黒で大柄な男が近づいてきていた。早瀬は手伝ってやるものと思っていたのだが、派手な大男は全く手を出さずに修理をしている男に何やら話しかけていた。

 

「おーい能登。まだ終わらねぇのか? 午後から使うんだからちゃっちゃとやってくれよ。お前なら簡単だろ?」

「……難しくはないですが、一人ではちょっと」

「はぁ? 親父からお前は一流エンジニアだって言われてるぜ。こういう時のためにいるんだろお前は」



 先代から経営者がこの男に変わり、職場環境は変わってしまった。

 技術者たちの実力を認めようとせず、自分にへつらう人間以外を粗末に扱うこの男を見限って優秀な先輩たちは次々に会社を去っていった。

 南方生まれの能登は、廃墟地帯から廃材を乗せた市街地に入った車両が起こした事故で可愛がっていた齢の離れた妹を失って以来何もできなかった自分を責め、抜け殻のようになっていた。

 事故が起きたとき共に市街地に出ていた能登は難を免れ、妹は瓦礫の下敷きになって命を落としたのだ。駆けつけた人間たちと共に必死になって瓦礫を撤去した。

 しかし、切り傷と汗にまみれたその手が抱き上げたのは、既に息をしていない妹の亡骸だった。


 あの時、自分には他に何かできたのではないのか?

 自分に何か知識や技術があれば、もしかしたら息絶える前に助け出すことができたのではないか?

 

 そんなことができたかどうか、誰にも分らない。

 それでも能登は自分を責めずにいられなかったのだ。自分を頼り、懐いていた兄妹を目の前で失った経験は絶えず能登を苦しめた。

 南方では地形的に海に囲まれ、水没した旧市街地が多くぬかるみの多い廃墟地帯での作業は難航し、事故が絶えなかった。兼ねてから心を痛めていた先代社長は観測機材の製造とメンテナンスの傍ら、その技術を応用し自ら設計した機材を使い自治隊員として救助隊を設立し、その活躍により助かる命が増えた。

 

 それを耳にした能登はすぐに葦利工業に入社し、命を吹き返したように知識と技術を吸収した。

 性格的には内向的だが人一倍勤勉で、何よりも優しい能登は二十代半ばという後発ながら周囲が目を見張る勢いで実力をつけ数年後、気が付けば特に優秀と言われる技術者集団に名を連ねていた。


 この人間は駄目だ。そんなことは能登にも充分に分かっていることだ。

 しかし、技術者というのは往々にして性格的には不器用であるものだ。いくらでも他の人生を選択できるスキルを持っていても、その一歩を踏み出せる者は少ない。

 こんな時代にこの会社以外で、妹のような犠牲を出さないために自分が貢献できる場はないだろうと考え不満を飲み込み、何も考えずに無茶振りをしてくる二世経営者に従う能登もまた例外ではない。

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