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chapter2.32

「うっわ。なんだあのおっかなそうな人」

 相変わらず少し離れたところから一葉かずは達を眺めていた霞夏かな葦利あしかがを見て思わず口に出す。


 三咲組に籍を置いていた頃はそこまで派手ではなかったのだが、現在の姿を見ても何の反応も示さない一葉達。

 いい歳をして恥ずかしげもなく晒す悪趣味な虚勢は滑稽でしかなく、年端もいかない霞夏にそう思わせるのがせいぜいであろう。


(……やっぱり手伝った方が良かったかな)

 そう思いつつも、念願だった野嶽との観測が叶わなかったこと、再会してからずっと優しかった一葉が、仕事となった途端厳しい態度に変わったことに納得できずに、つい反抗的な態度が出てしまった。

 やや後悔する霞夏の視界にオリーブドラブの頑丈そうな大型車二台が映る。

 軍の車両らしいその車内からは数名の兵士らしきスーツ姿と共に指揮官だろうか、見慣れない配色のスーツを纏った人影が降りてきた。


(そういや、軍も同行するとか言ってたっけ。こんなに人数いるなら、私なんかすることないのに)

 尚も心でぼやく霞夏は降りてきた指揮官らしきスーツの人物が、一人の兵士らしき人物を一鉄に紹介するのを退屈そうに眺めていた。




「おう。あんたが藤田ふじたのお墨付きってヤツだな。まぁ今日はよろしく頼むわ」

「……初めまして。紹介してもらってなんですが、観測の経験はありません。あまり役に立てるとは――」

「一鉄さん! 早瀬さんは! 非常に! 有能な方でして! 観測の警護も何度もされています! 廃墟地帯での活動でしたら! 即戦力になれることを! 私が保証いたします!」

 紹介をすませた早瀬の言葉に被せるように割って入って来る菱川ひしかわ

 軍属でもなく、充分見知った間柄である一鉄に対し、敬礼したままの菱川は一言づつ区切って大声で話すのだ。


 そんな妙な態度の菱川にヘルメットの中で苦笑いをしながら黙って聞く一鉄は思うところがある。

 早瀬に何があったかは藤田から聞いている。

 紹介したい人間がいると言いに来たときから、菱川が何らかの特別な感情を早瀬に抱いているのはわかりきっていたが、甘ったるい感情だけでこんなことをするような小娘でないことはよくわかっているつもりだ。

 一鉄はどうであるかは別として、何れにせよ本人が決めることだ。一日様子をみて、本人が考えたうえで決めてくれればいいと思うのだった。


 菱川は早瀬がこの件を受ける意思がないことなど百も承知だ。

 あれほどのことがあって退役した早瀬に、再びスーツに身を包み危険地帯で活動する仕事を斡旋しようとしているのだ。酷なことをしている自覚もある。


「よろしくお願いしまっス!」

 しかし、それでも菱川は早瀬に希望を失ってほしくはないのだ。例えこんなことをする自分が疎ましがられても、三咲組でならばいつか再び早瀬が生きる意味を見つけられると思うのだ。


 一際大きな声を張り上げ、しかも口調は体育会系であった。言いながら何故か敬礼をした姿勢のまま、更に身体を『く』の字に曲げている。

 もう礼節も何もあったものではなく、隣に立つ早瀬もさすがにたじろぐ勢いだ。

 そんな菱川を、コンテナを降ろし終えて腰に手を置いて様子を見ていた一葉がゲラゲラと笑う。 

 もちろん滑稽さを笑っているのではない。肩ひじ張って軍人などやっていても、自分よりも遥かに乙女な菱川の不器用さを可愛く感じてしまうのだ。

 


 早瀬はもちろん今日一日手伝いをしたうえで、この話は断るつもりでいる。人手不足であるらしい先方に変な期待を持たせたくはないのだが、藤田の顔を潰したくはないし菱川がこの調子では早々に断りを入れるのも具合が良くない。

 どうしたものかと逡巡する早瀬に助け舟を出す一鉄。

「別にいきなり観測してくれと言うつもりはねぇし、今日は俺たちも専門業者の応援だ。折角だから機材運びやら動いてもらうつもりではいるが、どうするか即答しろと言われてるわけでもないんだろ?」

 気を遣わせたなと思う早瀬は促されるように首を縦に振る。

「なら、お互い作業以外では気楽にいこうぜ。うちの社員を紹介しておこう」

 ポンと肩を叩き、一葉と田羽多のところへ連れ出す一鉄は、思いついたように菱川に再び向き直る。

「ああ、ついでだ。霞夏をあんたにも紹介しておこう。おーい! 霞夏!」

 霞夏に手を振りながら呼び、菱川も連れだって歩き出す。


 呼ばれた霞夏は、何だか一葉達の近くに戻りにくくなってしまっていたため渡りに船だった。

 早瀬とは違い、一鉄に気を回されたことに気付くこともないまま灰色の街で小走りに駆け出す。



 ひとしきり挨拶と自己紹介が終わり、現場では葦利工業の社員達が様々な機材と重機を操り調査を開始していた。

 菱川は他の旧市街地の見回りで一度現場を後にし、残る数名の軍人は現場周辺の見回りにあたっている。


 現場には一鉄が一人残り、葦利工業の作業を伺っている。

 一葉と田羽多、早瀬は資材と廃材を運ぶためのコンテナを所定の場所に運搬する作業にあたり、霞夏はその見学のため同行させた。

 細かな作業内容は専門でないうえ、調査の結果で左右されるのでよくわからないが、一応今後の動きを把握しておくため話を聞こうと思うのだが、葦利本人に聞いても徒労になるだろう。


 誰に聞くのが適当かとそれぞれの動きを見ていると、一人の男が目に止まった。

 その男は他の同僚に指示を出しているわけではないようだが、皆が彼を通して次の作業に移るようだ。

 やや小太りなその男は重機を操作するわけではなく、発電機と様々な専門機器を備えた特殊な車両で計測と記録をしながら分析まで行っているらしく、同僚たちはその結果を聞いて作業を行っているのだろう。

 ヘルメットはサーヴェイアのものと違い側面に幾つもプラグを繋いで多数の機器をクラスター接続して制御しているようだ。

 明らかに有能。もともと技術者を大切にする経営がなされていたため優秀な人材も多かったと聞くが、素人目にもなかなかのものだ。

(あいつがこの現場の中核だろうな。いいのがいるじゃねぇか)


 感心しつつ、ちらと葦利に目をやるが、少し離れたところで簡易デッキチェアに悠々と座り、やたらニヤニヤとしている。理由は不明だが、随分と上機嫌なようだった。

 やはりあいつに何か言っても無駄だろうと見切りをつけた一鉄は先ほどの男に近づく。


 近づいたおかげで聞こえてきた同僚たちの対応から、彼は特段上役というわけでもない様子が見て取れた。

 貴重な人材だと思うのだが、社長があれでは正当な評価がなされているかも怪しいものだと思う一鉄。

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