chapter2.28
軽く目を伏せたまま、少しづつ確認するように記憶を呼び戻し、少し離れた岩に腰かけるユキに語る霞夏。
それは、霞夏にとって自分に対する甘えを出さないための戒めのようなものだった。
単純に言えば、霞夏は自分にとってマイナスな話を始めようとしている。
できるなら自分が在りたかった環境に身を置く、自分よりも年下の後進。
そんな相手に、自分の恥ずべき過去を語ろうとしている。
それでも霞夏は、公平であろうとする。
こういった状況の時、自分寄りの言い方をするのは人の常だ。
――自分は間違っていない。
――自分は同情されるべき側だ。
――自分は、可愛そうな人間なのだ。
霞夏はもう分かっている。
それこそが甘えなのだ。
できる限り、私情を挟まずにと言葉を選び話し始める霞夏。
事の発端は――二年前。
当時の三咲組はまだ現役であった社長の一鉄、その娘であり同じく現役の一葉、既に屈指のプロフェッショナルとして名を馳せていた野嶽、各地の危険地帯で観測経験のあるベテラン田羽多――錚々たる顔ぶれではあるが、観測依頼は絶えず常に人手は不足していた。
現在と同じく、非常勤としてサポートに入る稲葉は目のハンディがあるため連日の投入は一鉄に止められていたこともあり、充分に仕事をこなせているとは言えない状況だった。
一鉄の性格故、元来利益の追及を第一には据えていないため、できる範囲で地域住民にとって有益となる観測を優先して行っていたが人員不足は否めなく、信用のおける人づてで人員を募っていた。
西方駐屯軍司令・藤田と側近の菱川から一人、うってつけの人物ということで紹介を受けることになってはいるが、まだ実際には会ってはいない。
以前から三咲組へ入社を希望する者は少なくはなかったが、野嶽だけでなく一鉄も現役であった時代の三咲組の業務に継続的に順応できる人員は稀だった。
同じ危険地帯、同じサーヴェイアといえど経験は能力に格差を作り出す。
要するに軍の保護や自治隊の補助を受け、ただ観測を経験してきただけの人間と、軍・自治隊と肩を並べ、何度も暴徒や自然の驚異から街を守ってきた三咲組の面々とでは掻い潜ってきた修羅場の数が違う。
それ故限界キャパシティの桁が違うのだ。
本人たちが特別なことをしているつもりはなくとも、付いてこられないものは続出した。
数日で音を上げる者、よく意味の分からない言い訳を残して退職する者、気が付いたら荷物を纏めていなくなっている者……。
後を絶たない入社希望と退職に一鉄は辟易し、三咲組は公に人員を公募することがなくなった。
今では三咲組といえば入社するのも難しい少数精鋭志向の企業という噂までたっており、所属経験があるというだけで武勇伝のように語る輩までいるのだが、実際の理由はたったそれだけのことである。
そんな折に飛び込んできた霞夏の研修依頼に、空太との面識がない田羽多以外の三咲組の面々は嬉しい反面、若干の不安が過った。
しかし父の死を乗り越え、遠く離れた土地で経験を積み、16歳に成長して再び三咲組を訪れた霞夏の姿に嬉しさよりも勝るものはなく、特に幼い頃に姉妹のように育った一葉と結花は霞夏を揉みくちゃにして喜んだものだ。
油断は即、死にも繋がる危険地帯での仕事。
一鉄は浮足立った雰囲気を感じながらも、再開を喜び合う娘たちの顔を見て言うべき言葉をいくつか呑み込んでしまったのだった。
北方に近い第三地区の森林地帯で地図作成のために観測を行う予定の霞夏。
若輩ではあるが自治隊員としての活動も含め経験はあるため、単独行動も視野に入れた行動研修。
担当範囲としても研修を行うのは野嶽であり、霞夏本人も強くそれを希望していた。
しかし当時三咲組は軍からの要請を受け、緊急性のある調査の応援に参加することになっていた。
三咲組が所在を置く西方第一地区の南西に位置する廃墟地帯。
西方には大災害前大きな都市があったため廃墟地帯は多いのだが、大半は放棄されている。
北、東、南もそうだが、島の外周は海面上昇によって一度は海に沈み、水が引いた現在でも大災害で世界各地を襲った地殻変動によって人が住めるような状態ではなく、そこもその一つである。
人口の増えつつある第一地区の拡張のため、第四地区として以前から軍と自治体によって整地が進められていたのだが、地質調査の段階で銅の鉱床が発見されたというのだ。
新たな資源の発見は非常に重要である。
発見したのは南方にある観測機器の製造とメンテナンスを生業とする葦利工業であり、社長は三咲組に少なからず所縁のある人物だった。
とはいえ、決して良い印象の相手ではなく、一鉄にとっては面倒でしかない。
藤田からの紹介の人物と、夕食時もややはしゃぎ過ぎている霞夏。
いくつかの懸念を抱え、一鉄はすっきりしない気分だった。




