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chapter2.26

 薄く白煙をなびかせ、葬列の影をひとつ、またひとつと追い抜いて行く霞夏かなとユキ。


 肩から左腕に移り退屈そうにしていた弥七やしちを手先まで移動させた霞夏は反動をつけて一気に左手を振り上げる。

 上空まで一気に羽ばたいた弥七は風を読んで方角を変え、旋回して東へ飛んだ。



 林を抜け、草の少ない岩場に出るようだ。

 僅かに先を行く霞夏の歩幅が狭くなり、その一歩が重みを増したように思うユキ。


(……着いたんだな)


 木々が途切れ、開けた視界には山崩れのせいか、その事後処理のため伐採されたのか樹木のない一帯が広がっているのが映る。

 樹木がないと言っても平坦ではなく、巨大な岩やボロボロになって朽ちた倒木と土砂が作る小さな山が点在しているのが見える。

 大災害以前は盆地であったとの記録を読んだことがあったユキだが、そんな面影は見当たらず、地殻変動で隆起した地盤は既に大災害以前から在った山地と繋がり、今は険しい大山岳地帯となっている。



 やがて立ち止まった霞夏はユキの方を向き直ることもなく、左手の山肌に視線を送る。

 霞夏に倣って同じ方向に目をやるユキ。


 まだ薄暗い空からの光で浮かび上がる山肌。


(そう、想像してたのは、こんな感じだったかもな)


 見上げる分にはそれ程とは思えなくとも、実際に登ろうとするには充分に険しいといえる角度の傾斜の山肌は、巨大な獣の爪に掻き毟られたのかと思えるほど無残に、無遠慮に削り取られていた。

 山の中腹、東側の斜面は広範囲に渡って木が一本もなく、崩壊を免れた斜面とはっきりと明暗を分けていた。

 十年の時が流れた今でさえ、である。


 この斜面を、周囲に点在する岩や倒木が土砂と共に、時速数十㎞とも言われる速度で雪崩降りてきたのだ。

 事故の規模と恐ろしさは、想像だけで測り知ることはできそうにない。


 周囲を巡回し終えた弥七が、着地地点を探すように頭上を廻る。

 霞夏は一度口笛を吹くと左腕を平行に伸ばし、それを見た弥七は嬉しそうに一度鳴いて着地の動作に移る。

 ユキは見事な連携に目を奪われつつ、横目で山の斜面を眺める。 



 想像と違ったこともある。

 網目状の構造物が樹木の生えない斜面に張り巡らされ、等間隔でグラウンドアンカーが打ち込まれている。

 斜面の崩壊が広がるのを防ぐためだろう。 

 構造物の網目から逞しい草花が覗き、一見緑に覆われてはいるが、自然の力をもってしても簡単には回復できないほどの山崩れだったのだ。

 斜面に残ったまま朽ちた倒木らしきものも見つけられる。


 十年前のあの日、突然の事故発生に成す術もなく呑み込まれたユキと霞夏の父達を含めた数十人。

 きっとここでは、自分では想像もできないほどの凄惨な光景が広がっていたのだろう。

 下から見上げるだけではどれほどの土砂が流れたのか計り知る事もできないほどの崩壊規模だった。

 死神の鎌でも、容易く刈り取れはしないだろう。


「作業にあたっていた中には、私達の父のようにベテランサーヴェイアもいた。予兆も、無くはなかっただろう。……しかし、それを上回る局所的な大雨が降ったんだそうだ」

 ユキの方を見ないまま、霞夏が続ける。

「地質調査がしっかりできていれば、崩れる可能性が高い土地だとわかっていたはずだ……」


――表土○㎝以上で勾配×度以上の土地に△㎜の雨が降った時――

 養成所でそんな授業を受けた記憶もある。


 霞夏の言っていることは正しい。

 今後、同じ悲劇を繰り返さないため反省し、研究される。

 いつだって失敗と犠牲の上に成功と進歩がある。


 分かっていても、その尊い『犠牲』があまりに身近なとき、楽には頷けないのだ。



 頷けないから、ユキと霞夏は遠い目でただ斜面を見上げた。

 ただ、二人ともあまりに長い間懸命に見上げ続けてきたため、何だか首が疲れてきた。

 互いにそれに気付いたのか、二人は年齢相応の笑顔で互いを労うような笑顔を交わした。

 黙って霞夏の肩で大人しくしていた弥七は、そんな二人の雰囲気に少し面白くないような声を上げる。



 背後からは白む空から少しづつ、朝日が差し込み始めていた。


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