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08

 夕食後、宿舎の自室で眠ろうとするユキは目を閉じ、眉間にしわを寄せている。

風呂での一件を思い出しているのだ。


 後から聞いた話では、一葉はユキが作業の合間に三人のために風呂を用意していることを知っていた。しかし、三人の作業は捗ったため、今日は早めの帰還となった。

 事務所で三人が入浴せずに帰ると聞いた一葉がニヤニヤしながら出て行ったのを見て、危険を察知した一鉄も宿舎に向かった、という事らしい。


 話しは分かった。一体自分をどうしたいのかは別として。

しかし二人とも靴を隠して息を潜めていることに納得できない。

 眉間のしわは更に深くなる。


 ドアを少し開けた状態で脱衣所にタオル一でハプニングが起こるまで待っている一葉も一葉だが、一鉄に至ってはそれを知りながら廊下の奥の洗濯機と壁の隙間で気配を絶ってまでユキの行動を見張っていたのだ。


(大体何だよ、あの闇って。どうやってるんだよ)


 三咲親子に全力で絡まれたユキは嵐が過ぎ去ってようやくこっそりと入浴をし、食事中も悪態をつきあう二人に怯えながら落ち着きなく過ごし、そそくさと自室に逃げ込んだのだ。


 全く恐ろしい親子だ。

ふと普段の二人の姿を徒然に思い出す。

 

 一鉄は酒が入ると一葉を姫と呼んで憚らない。娘を溺愛しているのを、隠さないのだ。あの人なら、危機に陥った時には本当に身を挺して娘を庇うだろう。

 一葉はどれだけ口で悪態をついても、一鉄にはやはり、絶対の信頼をおいている。

 他の人間の心配を口にはしても、一鉄に対しては口にしない。本当に心配していないはずがないのは見ていればわかる。それが彼女の信頼の仕方なのだろう。


 絶対的な絆のもとに、他人からどう見られようとも、互いを自分のやり方で愛している。

 素敵な親子なのだ。



 心には深々と降る大粒の雪のように羨望の想いが募ってゆく。

(……またか)

小さな溜息と共に、一人で育てた冷静な自分が呟く。

 こんな感情は無駄なものだ。自分の力でどうにかできるものではないのに。

 寒さに目覚めて外を見て一面の雪景色に成す術もない。

 そのくらいに、自分の力ではどうにもできない事なのだ。


 ユキは部屋の机の引き出しの奥にしまい込んだ小箱を思い出す。

 取りに行ったりはしない。思い出すだけ。

 ユキは寝返りのように横になり、少し身を縮めるようにひざを折る。

 小箱の中にはユキの父が母に送った結婚指輪が入っている。幼い日に形見として 父から渡されたものだ。昔はそれを拠り所にして泣いた日もあった。

 今はもう、そんなことはしない。

 自分の力でどうにかできることをしていこうと決めたからだ。


 ユキの大人びた考え方や振る舞いは、こうしてできたものかもしれない。

 一人の少年が自分で選んだ自己防衛の形とも言える。



 鼻から思い切り息を吸い込み、思考を曇らせ、ゆっくりと口から息を吐く。


 今まで散々やってきた。無理に思考をそらしても無駄なのだ。

 考えないように、感じないように。今日はもう眠ろう。





 数日の時が過ぎ、ユキはいくつかの現場で野嶽との観測作業を行った。

 少しはこの森林地帯にも慣れてきたと感じる。


 今日は渓流地帯での訓練を兼ねた観測作業になる。ユキは水辺の観測経験が少ない事と、まだ使用したことのない機材を使うためだ。

 アンカーキャノンという機材で、川や崖などの対岸にワイヤーを張り、応急的な渡しを作るための機材だ。ロケットランチャーのような砲身で尖頭状アンカーを火薬で打ち出すため、それを使う状況も機材自体も普段使う装備と比較にならないほど危険だ。


 一葉の手伝いと事前の野嶽のレクチャーで一通り扱い方は理解しているつもりだ。

 巻き取り機付きのワイヤードラムから先端を取り、砲身後部の穴から通しアンカーに接続する。後は火薬の入ったカートリッジを取り付け砲身を担いで撃ち出し、専用器具で砲身を固定し、巻き取り機を操作してテンションをかける。という使い方だ。


 まずは着弾予定の場所を定める。緊急で他に選択肢がないとき以外は樹木に打ち込むのは避けたい。むやみに傷つけたくないというのも理由の一つだが、ある程度の巨木でもない限りは岩盤に撃ちこんだ方が信頼感も高い。


 大よその場所に検討をつけて砲身の照準器を覗き込み狙いを定め、安全装置を外す。

 周囲に警戒を促すため警笛を強く吹き、少しの間の後引き金を引いた。


 流れは数回反復練習しておいたので問題なくできたのだが、予想よりも反動が強かった。

 体制を崩しそうになるが、何とか持ちこたえアンカーの着弾を確認する。

 再び安全装置をかけ、火薬カートリッジを取り外し、あらかじめ岩に打ち付けておいた固定器具に接続しロックをかける。ワイヤーが絡まない位置にドラムを移動させ、ゆっくり巻き込みながらワイヤーを張っていく。


 すぐ横で作業を見守った野嶽は注意箇所をいくつか指摘してくれる。

 射出時は立膝の状態で撃った方が良い事と射出後の機材の移動はワイヤーの縺れに直結するので避ける事。そして何よりも、初めて扱う危険な機材は自分に手本を要求するべきだったと教えてくれる。


 迂闊だった。と後悔するユキ。確かにその通りだ。


 恐らく野嶽は手本を要求されなかった時点で、ユキが大きなミスにつながる行動を取ったり、必要な手順を忘れたら即座に怒鳴りつけてでも静止してくれただろう。

今 回は野嶽の保護のもと、失敗という経験を積ませてもらったようなものだ。

 何も言わずに自分から手本を見せることも、途中で注意して交代することもできただろうし、そちらの方が手間がかからない。

 失敗して反省した方が、経験につながるのだ。ユキは納得し、

「はい、すみませんでした」

と言うが、どちらかというと謝罪ではなく、感謝したい気持ちだった。


 いつの間にか、ユキは野嶽に絶大な信頼を寄せ居るようにっている自分に気づく。

 サーヴェイアになってからだけではない、それ以前からの経験で、野嶽は真剣に向き合う者に対して最大限の事をする人物だと分かったからだ。


 真剣に何かをしようとする時、認めるつもりがない人間の前でどんな努力をしても無駄になる。どんなに時間を費やそうと、どれだけ汗を流そうとも、である。


 だからユキは認められるのではなく、できるようになることを目標にしてきた。

はっきり言えば、どんな事であれ結果を出せる実力として身に付けてしまえば、誰かに認めてもらう必要はないのである。

「誰のおかげでできるようになった」

「自分が教えてやった」

 そんな事を言う人間がいるが、ユキはそういった人達は、根本的に論拠も目的もズレていると思う。

訓練施設の教官には、そんな手合いもいたのだ。


 多くの実績に裏打ちされた実力を持ち、日々その能力を自分のために使う野嶽は、失敗した者に対して、怪我さえしていなければあまり何も言ったりしない。

代わりに、求めなければ特にアドバイスもしてはくれない。

 難しい感情ではない。それが野嶽なりの、周囲に対する敬意なのだと思う。

 自分が横から口を挟まずとも、当人は自分の力でそれを乗り越える事ができるはずだという事だろう。師事を仰ぎに来た人間にはちゃんと対応してくれる。


 ただただ、許したり、与えたり。そんなものは優しさではない。


 あまり言葉にしないからこそ伝わってくる野嶽の教えは、試練を克服して生きようとするものだけに恵みを与える自然のようだ。

 一緒に汗を流すまで訓練施設の教官と同じ目で見ていたユキだったが、今はただ素直に尊敬している。


 ユキは野嶽に機材全てを初期状態に戻し、指導を受けながらの再挑戦を願い出る。

手 本ではない。今の失敗を活かすためにはその方が良いと自分で判断したのだ。


 野嶽は少し迷ったが、結局は応じた。

 野嶽が迷ったのは射出前の状態に戻すだけで30分ほどの時間と、火薬を一発分無駄にすることになるからだ。しかしそれをさせれば、30分と火薬一発分以上のものをユキが得ることになると判断し了解した。


 ユキは急ぎ過ぎないようにアンカーを引き戻し、機材をもとの状態に戻してゆく。

 野嶽は手伝うことはしない。

 自分の考えで成長しようとするユキを頼もしく、未来の姿を楽しみに想い見守った。



予約掲載2つ目。


川・湖・沿岸や海での観測を専門とする専用機材とダイバーを有する特殊なサーヴェイアというのも考えてはあるんですが、本編では今のところ登場の機会はありません。

いつかやってみたいとは思ってます。もちろん女性サーヴェイアで。

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