chapter2.25
山沿いを大よそ20㎞、ほぼ真東に。
霞夏から聞いていた通り、密度の高くなってきた森の木々を縫って進む二人と一羽。
弥七は霞夏の肩に移り、やや機嫌がよさそうだった。
深くなってきた深夜の森には、夜行性の動物たちの声が響くのだが、弥七が一声上げれば波が引くように音が消えていく。
――森の王・熊鷹。
その同伴を得ているというだけで取り巻く危険は文字通り激減する。
弥七を伴う霞夏のやや後方を歩くユキは、その威光に感嘆しつつ目的地へと進んで行く。
空には徐々に雲が広がり、星の瞬きも少ない。
ライトの強い光に慣れていない様子の弥七に気を遣ってか、ユキと霞夏はヘルメットのバイザーを上げ、暗視ゴーグルを使用している。
西からは微かな追い風。
それを背に受けながら山裾を沿うように移動する一行。
左手に見えている森の木々が疎らな地点では険しい岩肌が垣間見えた。
慣れない暗視ゴーグルの視界の隅に岩肌を見るユキは、自然と強張った表情になる。
数十人規模の犠牲を出した山崩れは、まさしくこの岩肌の一部で起こった事故なのだ。
先行する霞夏にとっても、気安く足を向けたい場所ではないはずだ。
今更ながら付きあわせてしまったことに心苦しく思うユキ。
スーツに纏わりつく空気を感じる。
鼻から吸い込む空気の重さと、肘や膝裏にべた付く感覚を意識したユキは足元に意識を残しながら空を観察する。
(大雨の兆候はない……けど、もう少しで雨が来るな……)
夜明けに間に合うようにと無意識にペースを上げるユキだったが、やや先を進む霞夏もまた無言でそれに合わせた。
木々を縫い進む二人はそれぞれの想いを抱きつつ、無言で進む。
彼方、前方の空が微かに白んできたのを感じる。
徐々に木々の密度は低くなり、足元の下草も少なくなってきたようだ。
時間と距離からして、もうすぐ目的地だ。
言葉ではなく、感覚でそれを理解しているユキ。
霞夏もまた、わざわざ言うまでもないこと、とユキにそれを告げることもない。
次第に明度を増してくる前方からの光に、湿度の増した空気が薄い霧となってユキの視界に見せる情景。
正面からの白い光は木々によって幾重にも縦に割られ、後方に伸び霞んで映る樹木の影は、二人の行く方向へ共に進む寂しげな人の波にも感じられた。
――葬列。
右手でゆっくりと暗視ゴーグルを外しながら、バイザーを上げたまま前方を見るユキ。
自然現象とその瞬間の条件で創りだされただけの、ただの風景。
自分の目に映っているのは、そんな儚いものだと分かってはいるが、ユキの目にはそんなふうに映っていた。
黙して会話することのない、自らのために吸っては吐き出すだけの二人分の呼吸が、移動による疲労で少しづつ乱れている。
温度が上昇した体内で温められて吐き出された空気は、冷えたままの朝の外気に触れて薄い白煙となって風に流れ、消えていく。




