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chapter2.24

「無事の帰還を!」


 検問を守る夜警の兵士にまで見送られ苦笑いのユキは、大人5人ほどで満員になる小さなリフトに通され、第三地区の正面から出ようとしていた。


 地上まで十数m、ゆっくりと降りるリフトの震動を感じるユキ。

 こうしたリフトは第一地区にはない。

 街の規模が大きいため大型の軍車両の往来も激しい第一地区は検問だけだが、地形的な都合もあり第三地区は地上の検問を受けた後、このリフトに乗り込んでようやく街への立ち入りができる。

 さらに車両は人間とは別に検査を受け、人間が使用する物とは別に設置された車両専用のリフトとスロープを使い街の外壁側の駐車場へ兵士によって移動されるのだそうだ。

 外から入って来る者への徹底的な警戒。この街の平和と長閑さはこれにより維持されているのだと納得するユキ。


 南側から街に入り、拍子抜けするほどの簡単な検査しかされなかったユキだったが、それがいかに兵士・住民から霞夏への信頼の厚さが伺えるかと思わずにいられない。

 たった十数mではあるが、このリフト以外の手段となるとまず街に行き着くのは地形的に見て相当な困難といえるだろう。

 山間部に位置するこの第三地区は、最大限に地の利を活かし外部からの侵入を困難にさせているのだ。



 リフトが地上に到着し、二重に重なる金網が左右と上下に開く。

 ユキは一人リフトから降りると、外壁の兵士が投光器で明かりを落としてくれる。

 気を遣ってのことだろうが、ここからはサーヴェイアの領分である。

 眩しいだけの背後に視線を送らず、手を横に振って見せると投光器の照明は音を立てて消え失せ、辺りは本来あるべき暗さへと沈んでいく。


 

 日付変更から数十分が経過しようとしている。

 時間的な余裕は無いに等しい。

 

ゆっくりと確認するように、冷めた宵闇の空気を吸い込み、小さく開いた口から時間をかけて吐き出す。

 その集中力により引き絞られるように急速に最適化されていくユキの思考。

 それまでの散漫な感情から、人間を寄せ付けない秘境で生き抜くための、鍛えられた一人のサーヴェイアの表情になる。

 迷い、気遣い、狼狽える少年のそれから、幼さを感じさせない瞳へと切り替わる。


 ユキが山沿いに東に向けての第一歩を踏み出したその時、鋭い風切音が頭の左上の空気を切り裂いていく。 ユキの頭上をかすめた幅広の翼を持つ鳥は急上昇した後、自分の力強く飛翔する様を見せつけるように舞い急降下する。


 地表近くまで落下するように降下し、そうしてからは翼を広げてゆっくりと帆翔しながら着地点を目指す。

 幅広の翼を持つ鳥――熊鷹・弥七やしちの目指す着地点は他でもない、相棒である女性サーヴェイアの左腕である。



「思ったより遅かったな」

 

 見事着地した相棒へ、信頼の視線を送りながら唇から出た言葉は無線に乗り、ヘルメットを通じてユキの鼓膜を刺激する。

 ユキの前方、林の木々に紛れ、軽装ドライスーツに身を包んだ霞夏の姿がぼんやりと浮かぶ。



 霞夏は無反応にも思えるユキの反応に、若干のバツの悪さを感じる。

 僅かな間の後、ヘルメットの無線からは予想を上回る反応で驚いたらしいユキの声が聞こえる。

 


「え? ええ? か、霞夏さん? 何やってんですか! 寝てると思ってたのに!」

「そ、そう? 自分では割とお約束の展開かなとか、思ったんだが……」



 思う以上の反応が返ってくると、調子が狂うものだと霞夏は思う。


 昨日の朝は一目見てやろうと出向いたものの、弥七の勇み足で結局わざわざ迎えに来たと勘違いさせたうえ、身に覚えのない感謝までされている。

 そのせいもあって霞夏はユキに対して、僅かに罪悪感を感じたままでいる。


 養成所上がりの新人を採用するなど聞いたことがない三咲組に何となく入り、運が良くて野嶽のだけに師事を受け、何かの偶然で認められるなんてことがあるわけがない。

 決して愛想のいい方ではないが、実直で礼儀正しいこの少年は日々鍛錬を重ね、己の実力としているのがわかる。

 世辞も愛嬌も一切役に立たない自然に身を置くものとして、人に対して不器用さを伺わせるこの少年は好感すら感じるのだ。

 要するに何のこともなく、いろいろ考え込んでいたが実際本人と接してみれば、良いヤツじゃないかと気に入ったといったところだ。


 そして勝手な嫉妬や思い込みで、遥々旅をしてきた少年を素直に迎え入れてやろうとしなかったことに対して、悔やむ自分を終わらせたい。

 あの事故によって掛け替えのない人を失った者として、母や弟ではできないことをしてやろうと思ったのだ。


 だから霞夏は、帰りに事故現場に立ち寄るというユキを案内するためにここにいる。

 ユキの言葉を聞き、霞夏自身が決めてそうした。


 このまま別れるのはあまりに忍びない。

 気に入った後進に何かしてやりたいと思うのは、先輩としてのプライドなのかもしれない。


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