chapter2.22
やや足早に去って行った雲秋を見送るユキ。
(しゃべり過ぎたって感じかな? ……もう少し聞ければよかったな)
霞夏は雲秋と入れ替わるようにユキのいる社務所へ近づいてくる。
「あれ? 雲秋も一緒に見えたんだが……?」
「あ、はい。 ちょうど今……トレーニングみたいで」
バツが悪そうにしていた雲秋を想い、ユキなりに気を遣ったつもりでそう言う。
「そうか。 ……あいつは頑張り屋だからな」
少し間を開けて、ユキが凭れる同じ壁に胸の前で軽く腕を組んだ姿勢で背中を預ける霞夏。
似たようなことを言う。
事実、この姉弟は根本的によく似ている。
そんなことを考えるユキは、自分で感じているよりもこの姉弟に好感をもっているのだろう。
今までのユキならば、余人が首を突っ込むべきではないと言い訳しながら、結局は自分のこと以外に時間や注意を払うのを惜しんでいたかもしれない。
ユキ自身、特別考え方の変化を意識したわけではないが、どうにも引っかかるのだ。
自分と似た境遇にあり、年齢も近い霞夏。
同時に感じるアンバランスとも思える張り詰めた印象はどことはなく、先輩である早瀬 健一郎にも似た危うさを感じさせる。
優しすぎる心に癒える事無く残る、大きすぎる傷口。
早瀬はその心を癒すことを、自ら拒んでいるようにも思える。
年齢や性別によるところもあるのだろうが、支えてくれる家族がいる霞夏は早瀬のようにその身を滅ぼしかねない苦悩には至っていないように感じる。
できるならば、霞夏にはそうはならずにいてほしい。
霞夏に少なからず親近感を覚えるユキは、そう思ってしまうのだ。
「君は朝早いんだろう? 何時に出るつもりだ?」
「決めてはいませんけど、夜明け前には。……できればその前に海春さんにお礼を――」
ユキが最後まで言い終わる前に霞夏が口を挟む。
「母ならもう休んだよ。君を見送るためだ」
「ええ? そんな!」
あまりにも申し訳なく焦るユキだったが、事もなげに切り返す霞夏。
「今更言っても遅い。止めても無駄だ。母はそういう人なんだ」
壁から背を離し、霞夏に向き直るユキ。
「いや、そうは言っても……」
ユキは納得できない様子で口にするが、霞夏の言葉に遮られる。
「あー、君は疲れて眠っている母を起こして礼を言い、自分だけすっきりして母の気持ちを無にするんだ。そうなんだ」
若干早口で滑舌よく、霞夏は壁に凭れたままで少し意地悪そうなジト目でやや仰向き、口をへの字に曲げて見せる。
霞夏の意外にも茶目っ気のある表情と対応に、何か言おうとしたユキは結局は諦めてしまう。
「……わ、わかりました。……海春さんにはちゃんとお礼を言ってしっかり見送られながら出発しますよ……」
結局は負けを認めるようにそう言うのだった。
「わかればよろしい」
言いながら軽く目を瞑る霞夏。
やりこめられた形ではあるが、その表情は昼間よりも幾分やわらかく、少なからず霞夏はユキに対し警戒を解いているのがわかる。
それを自分でも意識したのか、霞夏はハッとなったように壁から背を離し、自宅へ戻る素振りを見せる。
「そ、それじゃな。君も休んでくれ」
何故か紅潮している気がする顔を背けるように歩き出そうとするのだが、聞きそびれたことがあるのを思い出して立ち止まる。
「……ああ、そうだ。さ、さっき言っていただろ、見ておきたいところがあるって。……どこだったんだ?」
「事故現場です」
少しの間の後、はっきりと答えるユキ。
ユキに対して背を向けかけていた霞夏は立ち止まり、やはり少しの間の後はっきりと答える。
「そうか」
「町の正面から出て、山沿いに約20㎞。ほぼ真東だ」
「ありがとうございます。日付が変わったらすぐに出発します」
「うん」
短い受け答えの後、霞夏は振り向くこともなく自宅へ歩いて行った。
その背を見送ってユキもまた、夕日が沈み切るのを待つことなく霞夏の歩いて行った方へ向けて歩き始めた。
(霞夏さんに、何か言ってやれないのかな……俺)
元来口は上手い方ではないユキは、別れの近づいた霞夏に何も言えない自分を不甲斐なく思う。
背に注がれる夕日は暖かい。
足元から前方へ伸び、随分先にある自分の影の頭をゆっくり追いかけながら、あまり悩んだことのないことで頭を使い、モヤモヤした気持ちになる。
背負う夕日はなんだか暖か過ぎて、微かに重い。
そう感じながら、お節介という単語を思い浮かべていた。




