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chapter2.21

 夕日が差し込む宮司家の食卓を囲む宮司家の三人とユキ。

 宮司家には霞夏かな雲秋もときの叔父にあたる人物がいるのだが、この地域では名の知れた鷹飼であり、今日はハンターとして自治活動で北方地区に遠征に出ている。



「遠慮しないでたくさん食べてって言いたいけれど、そういうわけにもいかないでしょうから無理しないでね」

 食卓に料理を運びながらユキに声をかける海春みはる


 危険地帯を旅してきたユキは、一日の行動に消費されるよりも遥かに少ない栄養しか摂取していないため、現在は絶食状態のようなものだ。

 行動食しか摂取しなかった日数と同じだけの日数を、休眠状態に近い内蔵に負担をかけない物で回復させていかなければならないのだが、ユキは明日からはまた折り返しの旅を始めるため、本来ならば食事自体控えるべきなのだ。


 用意されていたのは、重湯に近い粥や僅かに野菜が入ったスープ、すりおろした果物等、ユキの身体に負担をかけないものばかりだった。

 食卓には、それらを囲んで宮司家の面々とユキがいるのだが、当たり前のように各々が取り分けている。

「……あの、気持ちは嬉しいですが、そこまで気を遣われるのは心苦しいんですが……」


「あまり食べずに長旅をするとね、感覚が鋭くなってくるでしょう? 頭では食べないことに慣れているつもりでも、身体は食べ物を欲しがって苦しくなるのよ」

 確かに、ユキの嗅覚は食卓のすりおろされた果物が酸味が強めの林檎であることがはっきり分かるほど鋭敏になっている。

 いくら理性的な性格といっても、この状態で周囲が通常の食事をしていたら耐えられる気がしない。


「父がいた頃にはよくあったことですから」

 居た堪れない表情のユキを気遣い、雲秋が言葉をかける。


「君が帰ったらたくさん食べるから気にするな」

 言ったあとで、すました顔でいただきますと続け食事を始める霞夏。

 一見冷たく感じるが、変に気を遣われるよりはそんな対応の方がありがたく感じる。


 雲秋にせがまれ、道中の出来事をいくつか話しながら食事をする。

 細かく刻まれ、じっくり煮込まれた野菜が僅かに入ったスープは食欲を抑えられるよう、具材は咀嚼の必要もないほど柔らかく、出汁の味は殆どしない。

 

「こっちは今朝分けてもらった早生わせの林檎だ。 今の君には丁度いいと思うぞ」

 早熟の品種に多いとされる酸味は疲労回復に効果的と言われている。

 霞夏に勧められ、スプーンで口に運べば華やかな芳香と共に 爽やかな甘みと酸味が口に広がる。

 ただの質素な食事ではなく、よく考えられたメニューであることに感心するユキ。


 そんなユキの考えを見透かしたように、微笑んで言う海春。

「ベテラン主婦ですからね」

 サーヴェイアを夫に持つベテラン主婦ならでは、と言う訳かと納得するユキだった。 


「急がないで、ゆっくり時間をかけて食べるのよ」

 言われずとも分かっていることではあるが、優しい視線で見守られながらかけられる言葉に俯いて小さな返事を返すばかりだった。



 身体の状態もあり、あまり量を食べることはできなかったが、保存と栄養補給のためだけの食事だけを数日続けていたユキにとっては温かく、充分に満たされる時間だった。

 食事を終えたユキは再び小高い丘の上に建つ境内に出て小さな社務所の壁にもたれる。

 

 初めて訪れた土地で今日の旅を終え、西にある港の向こうの水平線に沈みゆく太陽を見送ろうとしていた。

 水平線に近づいた太陽は滴るように海に溶け始め、鮮やかな橙色の残照に焦がされた空に浮かぶ薄い雲と水平線は無彩色で飾り付けられていく。


 見知らぬ土地で見る夕日も、遠く離れた第一地区で野嶽のだけと観測を終えて車中から眺める夕日も、遠い日に親子で、家族で眺めていたかもしれない夕日も変わりはしない。

 ユキはしばし、その日々の当たり前の中に在り続ける普遍と奇跡の営みの美しさに見とれる。


「明日も晴れですかね」

 不意に声をかけられ、振り向くと雲秋が眩しそうに右手で軽く目を被いながら境内に出てきていた。

 首にタオルを掛け、トレーニングウェアに身を包んでいる。

 恐らく格闘技を嗜んでいるのだろう雲秋は入浴前のトレーニングだろうか。

 そう思いつつユキは答える。


「どうだろうね……」

 昔から言われていることの一つだろう『夕日を見られた翌日は晴天』。

 理由はごく単純であり、この国の天気は概ね西から東へ変わってゆく。そのため夕焼けが綺麗に見えたなら向こう数時間天候は安定しているということだ。

 水平線に厚い雲は見当たらない。とはいえ見える範囲のことであり夜明けの天候を保証するものではない。

 

 そんなことを思いながら思案顔で水平線を眺めるユキだったが、相当な悪天候でもない限り予定の変更はない。

 どうやら少なくともその心配はないようだと思いながら雲秋に質問を返す。

「よく鍛えてるみたいだね。 雲秋は格闘技をやってるの?」

「あ、分かりますか? 僕は自治隊員なんですが、軍の人たちに教えてもらってて……」

 少し照れた表情ながら、楽しそうに語る雲秋。

 昼間のゆったりした衣服ではなく、サーヴェイアがスーツの下に身につけるインナーのように身体に張り付くようなトレーニングウェアから伺える肉体は予想通り、細身ながら鍛え上げられ贅肉が見当たらない。

 長い四肢は丹念に鍛え上げられ、足腰も逞しい。


 ユキはひとしきり雲秋の話を聞き、改めて関心する。

「姉さんに負けられませんからね」

「一緒にトレーニングしたりするの?」

「いいえ。 姉さんは僕みたいな戦闘訓練は受けてませんから。 自治隊員のときも弥七を使っての害獣駆除と観測助手がほとんどでしたからね。 今は自治隊の方は窓口になっているだけで、活動はサーヴェイアだけですし」

「そうか……」


 そう言いつつユキは気になっていることがある。

 二人の父とは知らないまでも、大竹おおたけ 空太あらたが三咲組に所属していたことは以前から聞いていたが、昼間雲秋が口にした霞夏も三咲組に世話になっていたという言葉と、霞夏の車内での口ぶりは、何だか自棄な調子で引っかかるのだ。

 しかし、雲秋に聞いていいものかと考えあぐねていると、雲秋が夕日に目を細めながら静かに口を開く。

「姉さんはすごいんです。 あまり見せたがらないけど、努力を惜しまない。 今は……ちょっと迷ってるんです」

 

 雲秋の言葉が何を意味するのかと思いを巡らすユキだったが、弥七の夕食の世話を済ませた霞夏が境内の奥からこちらに向かってくる姿に気がついた雲秋は少し困ったような笑顔と軽い会釈を残し、そそくさと退散していった。


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