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chapter2.13

 階段の終わり、宮司神社の境内には木材で作られた大きな鳥居が一基あり、周囲の樹木から延びる太い枝と支え合うように佇んでいた。

 真っ直ぐに伸びた太い樹木を磨き、丁寧に加工された柱の一方に触れ、上を見上げるユキは、二層の平行部にいくつか石が乗っていることに気付き不思議そうな顔をした。


「願掛けですよ。上手く乗ったら願いが叶うって言われているみたいです」


 周囲の木々と貫録ある鳥居とが作り出す雰囲気に感じ入っていたユキは、初めて聞く声にハッとなる。 

 そこには竹製の長い庭箒を持った細身の若い男性が穏やかな視線を向けていた。

 普段着らしき楽な服装だが、泰然たる佇まいとすらりとした長身の体格、上に羽織った薄手の淡い藤色の羽織が良く似合う。


「弟の雲秋もときだ。齢は君より一つ下だったかな」

 急に声をかけられ反応が遅れたユキに、霞夏かなが簡単に説明をする。

「初めまして、檜森ひもりさん」

「どうも、初めまして……」

 紹介された雲秋は右手を差し出し、挨拶されユキも応じるが一つ年下と言われても、さっぱりとした短髪、穏やかな表情と落ち着いた声、更に自分よりも長身の雲秋に少し気おくれしてしまう。

 何気なく握手を交わすユキは、雲秋の手が意外なほど武骨であることに、内心驚いた。


「姉さん、仕事のときは裏から出入りしてって言ってるだろ」

「う……、今日は、彼を案内してたからだよ。ほら、裏は坂が急だしさ」

 優しく窘めるようにそう言う弟にバツが悪そうに言い訳する姉。

 言葉少なく、落ち着いた女性と思っていた霞夏は、雲秋に注意され弱ったように表情を変える。

 ユキには敵意を隠さない弥七も、雲秋に対しては頭を低くして大人しくしている。


 危険地域に出入りする者はこの時代でそれほど珍しい存在というわけではないが、やはり装備も物々しく帯銃までしている。

 雲秋は自分の家の敷地が公共の場であることを理解し、日ごろから注意を促しているのだが、霞夏は雲秋の言い分が正しいと思ってはいるものの、ついつい気楽に正面から出入りしてしまう。 

 仲が良い姉弟のやり取りを何となくくすぐったい気分で眺めるユキ。


「わ、私は着替えて来るから。君は適当に座って休んでいてくれ」 

 ユキの視線に気付いた霞夏は、取り繕うように姿勢を正して再び不愛想な態度で言い残して歩いて行く。

 そそくさと去ろうとする霞夏に雲秋が声をかける。

「姉さん、母さんにも檜森さんが着いたこと伝えてよ」

「わ、分かってるよ」

 少し恥ずかしそうに、ムキになって答える霞夏。

 敷地の奥へ進んで行く霞夏を僅かに見送った後、雲秋はユキに向き直り苦笑いする。


「遥々、お疲れ様でした。荷物預かりますよ」

「ありがとう。でも、結構重いんだ」

 雲秋が気を利かせ、背後に回ってユキのバックパックを外そうとしてくれるのだが、背負う以外でバランスを保つのは難しい重量のため、ユキは遠慮しようとするのだが、雲秋にバックパックを外しやすいように抱えられ、申し訳なさそうにウエストベルトを外す。


「うわ、これは確かに……」

 雲秋に抱えてもらったまま、するりとショルダーベルトから抜け出しすぐに手を貸そうとするが、雲秋はユキが身体を離すと一度抱え直し、すぐ近くの拝殿に向かい歩き出した。

 重そうにしてはいるが、ふらついたりはしない。抱えるためにバックパックにしっかりと回された両手は、人差し指と中指の指節関節が発達し皮膚が肥厚していた。

 拳の発達は格闘技経験者の特徴、表面の硬そうなタコは彼がただの経験者ではなく、現役で鍛練を欠かさない証でもある。

 ゆったりとした服装で外からは分かりにくいが、細身に見えて姉に負けず鍛えているのだろう。

 それを見て心配なさそうだと感じたユキは手を貸そうとするのを止め、雲秋に続いて拝殿の正面横の縁側に腰掛ける。


 縁側にゆっくりとバックパックを降ろし、慣れた所作で羽織の裾を踏まないよう後ろへやりながらユキの隣に腰を下ろす雲秋。

「姉が不躾な態度ですみません。ああ見えて人見知りなんです」

「いや、そんなことはないよ。わざわざ迎えに来てくれるなんて思ってなかったし」

「それにしては随分こそこそ出て行きましたけどね……今日は三咲組からのお客で、特別だっただろうし」

 少し含み笑いを見せる雲秋に、ユキは不思議そうな顔をする。


 そんなユキを見て、雲秋は思い当たったように表情を変えて言う。

「あ……もしかして、父と姉が三咲組でお世話になっていたことは聞いていませんか?」

「え? そうだったんだ。初めて聞いたよ」

「ああ、それはすみません。意味の分からないこと言ってしまって」


 そこまで話をしたところで、縁側に座る二人の左手、拝殿の裏から二人の人物が姿を見せた。

 一人はスーツを半袖のシャツとワークパンツに着替え、首にタオルをかけた霞夏。

 もう一人は涼しげなカットソーにスカートを身に付けた、優しげな雰囲気を纏う女性だった。


「よく来てくれたわね、疲れているでしょう?」

 側に歩み寄り、優しく肩に触れられるユキは言葉を失ってしまう。

「母です」

 雲秋は紹介してくれるが、言われずとも、これはすぐにわかった。



 幼い頃に母を失った後、優しく接してくれる大人の女性もいたが、あくまでも施設に保護された子供たちの世話を仕事とする人たちである。

 初等部が終わる頃には将来を思い、自分の力で生活ができるようにと考えるユキは、あまり他人の力を借りようとしなかったし、三咲組でも榊家でも母という存在はなかった。

 それでも、たとえ自分に向けられたものでなくても、目の前の女性から無条件に感じる慈愛や温かさこそが母性というものなのだろうと、おぼろげにも理解できたのだ。



「初めまして……檜森ひもり 志矢ゆきやです。……あの、お世話に、なってます」

 にこにこと柔らかい表情を向ける女性に、何故かしどろもどろで自己紹介するユキ。

 女性はそれに対してゆっくりと頷き、優しく見つめながら挨拶を返す。

「はい。私はここでお世話をさせてもらっている 宮司 海春みはる。この二人の母よ。よろしくね志矢君」

 世話、と言うのはもちろん事故の犠牲者たちの墓のことなのだろうと思いながら、その好意的で柔らかな物腰に戸惑うユキだった。




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