chapter2.09
「急に脅かしてごめん。こちらに敵意はない」
「はい。そうみたいで安心しました」
内心落ち込みつつもサーヴェイアに言葉をかけた霞夏は、予想外の礼儀正しい対応に意外な気分になる。
鷹飼でありながら自分の相棒をしっかり制御できず、危険な目に遭わせたのだ。
しかも無線を使わずいきなり大声で声をかけたという失態まで晒した、大した齢の差もない女性サーヴェイアであることは姿を見て話した今なら充分分かっているだろう。
いきなり怒鳴りつけられてもおかしくない場面だと思っていた。
若くして才能や実力のある人間は、生意気だったり横柄なものかと思い込んでいた霞夏は、自分の相手に対する認識を改め、再び声をかけた。
「檜森 志矢?」
「はい。西方第一地区から来ました」
少し聞きなれない言葉に僅かに戸惑う霞夏。
この時代、それが必要な職業についている者以外は、街を跨いで移動することはあまりない。
それ故自分が住んでいる町が何地区かということは意識せずに生活しているのだが、そういった区分は一応あるのだ。
西方だけで現在三つの街があり、三咲組が所在を置く西方だけでなく島でも一番大きな街を第一地区、そこから南西にある南方自治区との境にあたる街を第二、霞夏の住む北方自治区との境を第三とそれぞれ区分される。
更に第一地区からほど近く、南東方向には新たな街を築くべく整地を進める地域があるが、まだ町として機能していないため区分されてはいない。
しかし、その区分というものをを口にする機会は一般的にはあまりない。
西方に住んでいればせいぜい、北の街、東の街……という感じだろう。
「ああ、うん。私は第三地区の宮司 霞夏」
「宮司さん? もしかして、宮司神社の、ですか?」
「そう。お墓に参りに来るって聞いていた」
「はい! ひょっとして迎えに来てくれたんですか?」
「う……」
霞夏は一瞬困ってしまうが、ユキの無線越しにも喜色を感じる声色についつい答えてしまう。
「あ、ああ。まぁ、そう……かな?」
「助かりました。わざわざ、ありがとうございます!」
(参ったな……)
妙なことになったうえ、思わずついた嘘で感謝までされている。
ユキの素直すぎる言動に調子を狂わせる霞夏。
霞夏は危険地域での他者との接触に慣れていない。
霞夏の住む西方第三地区は、西方行政区北端の山間部にあり、小さな街ではあるが中心部から山沿いに、西に広がる海へ向かい長く伸びる。
街の西側は入江になっており、漁業を営む人々もいる。
周囲は険しい山々に囲まれているが、農業も盛んで果樹栽培も行われている。
一次産業によって小さいながら街そのものは恵み多いと言えるが、山々に囲まれているが故に近隣には廃墟地帯が存在していない。
それはサーヴェイアにとって一つの活躍の場を失う原因とも言える。
危険地域に阻まれ、街と街の流通は困難であり、これ以上田畑を広げても消費しきれないのが現状。
いくら収穫できたとしても一番近い街以外に輸送できないのだ。海産物が高級食材なのもこれが理由である。
結果として第三地区は周囲の山間部の観測を終えると、田畑と入江の整備を行った後は、あまりサーヴェイアの活動は盛んでない地域となってしまった。
第三地区に三咲組のような民間の観測企業は存在せず、霞夏をはじめ数名しかいないサーヴェイアは全員が役場に所属している。
しかも特別な仕事がない限り、霞夏以外のサーヴェイアは一番近い北方の街へ出向しているため、日常霞夏は単独で地図作成のための観測を細々と続けていた。
霞夏が一人この街に残るのは、若輩ながら危険地域での活動経験がある程度あり、自治隊員としてハンターも兼務しているのが理由である。
しかし単独行動が日常化し、霞夏が危険地域で第三者との単純な連携すら二の足を踏む原因でもあるのだ。




