chapter2.08
周囲の動物たちの反応にさすがに危険を覚えた霞夏は、身を隠すのを諦め鷹を制止するため声をかけようと手を上げた。
サーヴェイアと睨み合いをして緊張もピークだった鷹は、人間を遥かに超える視野の片隅に捕えていた霞夏の挙動を合図にしたように枝を蹴った。
開いたままの翼を小さく折りたたむようにすぼめ、音を立てて風を切り、体重を利用してサーヴェイアに飛び掛かる。
身構えていたサーヴェイアはその動きにしっかり反応し、自分に向かって来る鷹に対して低い姿勢で次の行動に備える。
「弥七!」
緊張に包まれていた林の木々に反響する、霞夏の少し低めに響く張りのある声。
瞬間、弥七と呼ばれた鷹はすぼめていた翼を立て、目の前の空気を巨大な掌で掴み取るように広げて空中で急ブレーキをかけ、大きく軌道を逸らし崖の方角へ向かう。
サーヴェイアもまた、鷹とは逆方向に既に飛び退いていたが、体制は崩れたままで立ち上がれてはいない。
立膝の姿勢に身体を起こし崖の方角、樹木の陰から突然姿を現した霞夏を交互に見るサーヴェイア。
はっきり確認していないが、当然銃を所持している相手であることを踏まえ、霞夏はサーヴェイアに対して両手を軽く上げて見せ、敵意はないことを伝える。
「ごめん! 悪気はない!」
再び林に霞夏の張りのある声が響く。
谷からの上昇気流に乗り、帆翔しながら戻ってくる弥七。
霞夏はサーヴェイアが銃を抜く動作をしていないのを確認しながらゆっくりと左腕を平行に伸ばす。
弥七はそれを見て風を切って旋回し翼を広げると、当然のように霞夏の毛皮で補強された左腕に着地する。
立膝のままこちらを見て動かないサーヴェイアに、気が収まらないという様子で尚睨みつける弥七。
サーヴェイアと霞夏の距離は20mほどだ。
鷹がその気になれば、有って無いような間合い。緊張は続く。
「これは私の相棒の弥七。急に脅かして悪――」
弥七は威嚇の声をあげ、頭を上下に振る。
すっかり興奮して言うことを聞かない弥七に言葉を遮られ、霞夏は怒ったように右手でヘルメットのバイザーを開け、叱りつける。
「弥七! いい加減にしろ!」
相棒に怒鳴りつけられ、勇ましく上げていた威嚇の声は力なく吹いた笛のように尻つぼみになり、人間でいえば肩を落とすように翼を下に向けて小さく開いた。
ようやく大人しくなった弥七に更に目で怒りを伝える霞夏。
睨まれた弥七は嘴を開いたまま、誰が見てもはっきり分かるほどしょんぼりしている。
やっとまともに話ができると思いサーヴェイアに向き直ると、サーヴェイアもようやく息を吐き出したように一気に全身の力を抜いて立膝から尻餅をついて座り込む。
霞夏が声をかけようとすると、サーヴェイアは被っている自分のヘルメットの右耳辺りを人差し指でコンコンと叩いて見せる。
無線を使えと言っているのだ。
(あ、あ、そうか)
慌てて右手でヘルメットの無線を共通チャンネルに切り替える霞夏。
軍やサーヴェイアの装備であるヘルメットには、無線が内蔵されている。
電源を入れてチャンネルを合わせておけば音声に反応するようになっているので、両手が塞がっていても会話ができる。
腰に装備している免許が必要な長距離通信できるものと違い、免許を必要としない短距離通信用で、簡単な操作で使用可能なデジタル簡易無線だ。
チームで行動する際はチーム内で使用チャンネルを合わせ、不特定の集団行動や危険地域で行動中に軍、自治隊員と出会った時などは共通チャンネルで会話するのが定石だ。
霞夏の街には殆どの場合、チーム行動するほどの人数で行う作業はなく、すっかり忘れていたことに恥ずかしく、少し顔が赤くなるのがわかる。
しかし、それ以前の問題として霞夏にとっては慣れ親しんだ庭のようなこの林は、危険地域なのだ。
周りにどんな危険が潜んでいるかわからない。気安く肉声や音を発して周りを刺激していい場所ではない。
そのことに対しても配慮の足りない自分を情けなく感じる霞夏。




