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06

 翌日、野嶽と鐘観は遅くまで酒を飲んでいたので、うるさくて眠れないかもと思ったユキだったが、不思議なほど安らかに眠ることができた。


 すっきりした目覚めで早朝から行動を始めるユキ。スーツはブーツの底が乾ききっていないが、構わず着替えてしまう、少し遅れて起きた野嶽は顔を洗っている。

 機材と装備の確認のため、住宅のどこからか響く鐘観のものと思われるイビキを聞きながら扉を出て外に出る。お礼をしてから出かけたいのだが、そのために起こすわけにもいかないと考えながら車に向かう。薄く霧がかかった境内は相変わらず澄んだ空気を湛え、早朝の空気は頬に少し冷たいが、身の引き締まる気持ちだった。周囲の環境から、もっと聞こえてもいいはずの鳥の鳴き声も、静かに響く程度だった。


 昨日のトラックの荷台を使わせてもらい、自分の装備を取り出し状態を確認しながら雨のためにバックパックに収納した装備品を本来の場所に整える。

 ユキの準備が整う頃、ユキが出てきた住宅とは違う方向から身支度を終えた野嶽が歩いてくる。野嶽はここに来ると必ず奥に祭られている御神木を参っているそうだ。

 出発まではまだ余裕がある。野嶽が装備を整える間にユキも参ってくることを勧められ行くことにする。ユキとしては野嶽が手を合わせて拝むというのは意外な気もしたのだが、自然の中で活動することの多い事からご神木というものを見てみたいとも思ったからだ。


 野嶽は歩いてきた方向を指さし、行けばわかると言っていた。澄んだ空気を吸い込みながら奥へ向かい歩いて行くと、小さな社殿の裏手に一目でそれと分かる樹木が見えた。


 中低木か、あまり高さはないのだが、天に向かい広げられた掌のように上方が枝分かれしている。注ぐ朝日は樹木の周りだけ柔らかく感じ、樹木自体がほのかに輝いているようにさえ見える。その樹木は若々しくも見え、目に映る存在以上の威厳も感じる。

 本来ならば禍々しくも思えるはずの枝振りが、まったくそれを感じさせない。

 幹を縦に走るしわさえも整い、美しく思えるのだ。


 本当に不思議な樹木だと感じ入り、少し近づこうとしてから気がついた。

周りは簡素な柵でやんわりと仕切られており、先ほどから見ていたはずの幹には細い注連縄が付けられている。これに気が付かないとは、ユキは完全に見とれていたのだろう。


 作法はわからないのだが、柵の前に立ち御神木に向け姿勢を正し、手を合わせ目を瞑ろうとしたところで声をかけられた。結花の、あの声である。

「なってない!」

 昨日と違い、しっかり上までファスナーを閉じた七分丈のジャージ姿で大きな竹箒を持ち仁王立ちしている。


「まったく最近の子は神社の参り方も知らないとは困ったものだよ」

 言いながら箒を立て掛けてユキの隣に立った。

 口調は相変わらずの悪ふざけだが、横顔には凛とした緊張感がある。


「ニ拝二拍手一拝」

 一度言い、今度は所作一区切りづつ復唱しながら見せてくれる。慌てて姿勢をただし直し、後から続く。案の定拍手はズレるが、結花は表情を崩さず目を閉じている。

 少しの間の後合掌を解き、こちらをチラリと見るように首を傾げてにやりと笑って意地悪そうに言う。

「本当は、お賽銭もね」

 結花に言われ、ユキはしまったと思う。誰かに言われたわけではないが、 仕事中に金銭を必要とする場面などあるわけがない。

 当然ユキは持っていないのだ。そんなユキに向かい結花は、


「しっかたないなぁ、貸しておいてあげよう」


 結花は言いながら賽銭箱のある社に移動し、用意してあったかのようにジャージのポケットから小銭を取り出し軽く放って賽銭箱に入れ、手を合わせる。

 ユキに向き直り低い声で「ちゃんと返せよ」と言い残し箒を手に取って歩いて行った。

 掃除に戻るのだろう。ユキはその背中に向かい、少し大きな声でお礼を言った。

「榊さんと皆にもよろしく」と言うが、

「鐘ちゃんと結花でいいよー」と結花は面倒くさそうに返す。

 ユキは(特に鐘ちゃんの部分に)そんなわけにいくかと思うのだが、結花はユキが何か言う前に大きな声で手を振る。


「弁当!おっちゃんに渡したから。気を付けるんだよ!」


 何だかいちいち圧倒されてしまう。

 そろそろ出発時間だ。静かに佇むご神木を今一度目に焼き付け、野嶽が待つであろう車に向かうため踵を返すユキは、次にここを訪れた時のために、装備のどこに賽銭をもぐりこませておくか考えていた。


 観測再開のため、昨日結花が迎えに来てくれた地点までの道中、いかにも起きたばかりという感じの鐘観が運転をしてくれた。

 鐘観は橙色に黄色のラインが入った上着に作業ズボン姿である。公的に危険地域に出入りする者は、その目的に応じて決められた色の服を身に着けることになっている。


 軍は黒地に緑、工事作業は黒地に黄色、サーヴェイアを含めた観測作業は黒地に橙色。

 そして鐘観の着る橙地に黄色は自治組織関係者である。自治組織の関係者が危険地帯に入る用途は工事作業や観測作業の支援・害獣駆除に関する地域巡回のためなど、人の職業によって様々だが、その前身に各地の猟友会も含まれているため、実際に危険地域で出会う自治隊員は猟銃を携行したハンターが大半である。


 自治組織は国の管理のもと予算を組み運営される。拠点は新市街地にある役場であり、危険地域には出入りしない事務方と、害を及ぼす野生動物の駆除や土木作業など危険地域で活躍する各団体からなる複合組織で、自治議会の決定により各団体が公務として活動する。


 ユキは車の後部席に搭乗しているが、隣には猟銃が入っているであろう大きな革製ケースが置かれている。野嶽と談笑する鐘観の坊主頭を後部席から見つめながら、彼は住職でありながらハンターも務めているのだと気づく。

 一見すると坊主頭で強面の巨漢、しかし結花や農園の作業員たち、社長や野嶽をはじめとする三咲組の面々の様子と、それに対する鐘観の接し方からも懐の広さが伺える。

 昨日初めて会った人物だが、ユキは底の知れない人だと思いながら、改めて境内のご神木を思い出していた。


 昨日のポイントからもう少し山に入ったところまで送ってもらい、車を降り鐘観と別れた。

 去り際に近いうちにまた来いよ、とユキに声をかける。

 ユキも結花に頼むまでもなく、直接お礼を伝えることができた。


「怪我すんなよー!」


 言い残し走り去る車を見送りながら、見た目は全く似ていないが、やはり親子なのだと思い、顔を緩ませた。

 一鉄と一葉もそうだが、仲の良い親子というのは見ていて楽しくなるものだ。

 ユキは一瞬、自分の感情が淋しさに傾こうとしているのを感じ取り、すぐに切り替える。

考えないように、感じないように。今日も険しい山を行くのだ。集中しなければ。


 草木は濡れていたが、雨はすっかり上がっている。ぬかるみが気になったが、いつもよりも意識して顔を上げ、結花が昼食に用意してくれたおにぎりを楽しみに進んだ。


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