chapter2.04
朝の林の木々の影を渡り歩くように、足早に移動する人影がある。
一本の太い樹木に近づきながら足の運びを緩め、左手側の空に目を向ける。
空に雲は殆どなく、東の水平線と別れた太陽が今日も南へ向けての移動を開始していた。
人影の視線は左手側から自分の遥か上空に移される。
視線の先には葉の茂る枝の隙間から、羽ばたくことなく悠然と滑空していく幅広の翼をもつ鳥が南へ向かう姿と、その鳥が持つ獰猛な爪と嘴を畏れたように飛び去っていく他の鳥たちの姿が映る。
その姿を確認した人影は樹木の幹から身を離し、再び移動を開始する。
樹木の密度は更に低くなり、朝の陽ざしに身を晒した人影は、頭部に特殊な形状のヘルメットを被り、黒地に橙のラインの走るドライスーツに身を包んでいた。
サーヴェイア……であることは間違いないのだが、平均的なサーヴェイアとはいくつかの相違点が見られる。
特に目を引くのは左腕だろう。
黒と灰色の色彩をもつ毛皮で左肩から手首が隠れるほどまで覆い、金具付きの太い皮ひもで数か所を固定している。
毛皮の下には補強された分厚い皮手袋が垣間見え、右手に装備しているスーツのグローブとアクティブセンサーとはアンバランスでもある。
スーツは標準とされている物と比べ、保護具や多くの補強を取り外しており、その姿を見た者は着用者が女性であることをはっきりと認識することができるだろう。
その身体は細身ながらよく鍛え上げられ、引き締まった輪郭を主張していた。
彼女は軽装ドライスーツの上から左右の裾丈の異なる黒麻のショートパンツを着用しているが、補強を取り除いたことで体のラインがわかりすぎることを気にしているのかどうかは分からない。
堅牢そうな造りのサスペンダータイプのホルスターには小さな拳銃。同じく堅牢な金具の付いた太めの安全帯が装備された腰には無線機と雑嚢、そして大きめの山刀が取り付けられている。
背には小型のバックパックしか持っておらず、この付近を拠点とするサーヴェイアであることが見て取れる。
彼女は宮司 霞夏。
西方と北方の境界線とも言える山岳地帯の裾野にある、小さな街に住むサーヴェイアである。
その街で、母の実家である小さな神社を守る宮司家の敷地の裏手には、10年前に街の東にそびえる大きな山で起こった大規模な山崩れの犠牲者達が眠る墓がある。
通常、神社に墓はないものだ。
しかしその墓には他でもない、霞夏の父親も眠っている。
霞夏の父は事故が起こった10年前、三咲組に所属するサーヴェイアであり、新国道開通のための大事業に参加し、事故で命を落とした一人だった。
父と知り合い結婚した霞夏の母は、父の出身である三咲組がある街で暮らし、そこで生まれた二人の子を大切に育てた。
姉の霞夏と弟の雲秋。
兄弟はその街で幼い日々を過ごしたが事故の後、母親は霞夏と弟を連れ実家のあるこの街へ戻ったのだ。
霞夏は当時、父だけでなく全ての犠牲者を実家である宮司神社で供養すると言う母を信じられないと思ったものだが、今ならばその深い慈悲を尊敬もしている。
この街に移り住んだ霞夏は成長し、15歳になる頃には学校に通いながらもハンターとして危険地域に出入りするようになった。
若すぎると母に反対もされたのだが、小さな街には自治隊員もサーヴェイアも少なく、父の背中を見て育った霞夏はいつか危険地域で活動する仕事に就きたいと考えるようになっていたのだ。
母がいない間神社を守っていた叔父が少しは名の知れたハンターだったため、手ほどきを受け自然とその道へ進んだ。
才能があったのか、危険地域での活動は霞夏をいきいきとさせた。
彼女にとって仕事は危険なだけではなく、鍛えられた人間だけがその能力を活かせる特別な空間のように感じていたのだ。
サーヴェイアが少ないこの街で自治隊員として観測の助手に駆り出されるうちに、サーヴェイアへの転向を思い立ち、恐る恐る母に相談した。
愛する夫の命を奪ったサーヴェイアという仕事と危険地帯。母にとってはそういうのもだろうと思っていたからだ。
予想外に、母は反対しなかった。
その理由は、今もまだわかってはいない。
母の承諾を得た霞夏は一番近い北方の街の養成施設に通うのだが、免許等はハンターと重複したものもあり、助手をしていたことから機材の扱いも最低限の訓練で簡単に身に付いた。
サーヴェイアの少ない地元自治隊からの後押しと助手としての支援実績により、殆どのカリキュラムを免除され半年でサーヴェイアとなったのだ。
晴れてサーヴェイアとなった霞夏は、本人の希望と父が所属していた縁で三咲組に研修と言う形で滞在することになった。
父親の所属していた三咲組に、成長した霞夏が父と同じサーヴェイアとして再会を果たしたのだ。
三咲組の面々としても嬉しくないはずはない。特に一葉は幼い頃に見知った霞夏を揉みくちゃにしてとても喜んだ。
しかしその時のことを思い出すと、霞夏の気分は酷く落ち込むのだ。




