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chapter2.01

前回の直後からお話が続きます。

↑間違いでした……50話の直後、最終話との間の数日間のお話になります。

既に読んでいただいた方、すみませんでした。


一応、今回から読んでいただいても分かるようにしているつもりです。

相変わらずの文章ですが、楽しんでいただけるよう頑張ります。

 雲の少ない夜の空。

 天には瞬く星々に囲まれた下弦の月が鋭い輝きで森を刺すように輝く。

 

 夏の終わりが近く、風のあまり吹かない夜。

 色彩を失った森には梟の喉を鳴らす声が、深く染み込むように響いている。

 合間を縫って、鈴の音を放つ虫たちの伴奏。

 

 夜の黒を、一本の光の筋が上下に揺れながら切り裂いている。

 少し小柄な一人の旅人が、ライトを肩の固定具に携えて、その旋律に合わせるように一定のペースで行進する。

 ライトの光を目にした木々に潜む小動物が、音も立てずに移動していった。


 月光の銀、照らされた白と作り出す影の黒。

 視界には広葉樹の無限に茂る木の葉、それを支える枝は空を掴み取るように広がる。

 力強い脈動すら感じられそうな木々の幹と、それら全てを支える大地が広がっている。



 僅かに樹木の密度が低くなった平原に、朽ちた倒木。

 その周囲には長く伸びた草に囲まれるように、苔生した岩が大地から剥き出し、風で折れ吹き寄せられたらしい枝が散在している。

 木々を縫って変わらぬ歩幅で進んできた旅人は、ようやくその歩みを止め注意深く辺りを見渡す。  

 苔には動物の足跡は見当たらない。

 旅人は右太腿に固定された長方形のハードケースからマチェットを引き抜き、邪魔になりそうな藪を斬り払う。 


 

(……いい場所だ)

 旅人は安全そうな今夜の宿にありついたことに安堵しながら荷を降ろす。

 木々の葉から注ぐ月明かりが、旅人を照らし出す。

 旅人は、その景色の中に在って、ひどく異質な出で立ちだった。


 全身を包む黒のドライスーツには橙色のライン。

 身体の要所には保護具が取り付けられ、腰には無線機や銃まで装備されている。

 頭部には特殊な形状のヘルメットを被り、降ろされた荷は同じく保護具を備えた大型のバックパック。

 一息つくようにゆっくりと肩を上下させた旅人はサーヴェイア 檜森ひもり 志矢ゆきや――ユキだった。




 サーヴェイアとは観測する者。

 あらゆる自然災害が牙を剥き世界を襲った大災害。

 山は火を噴き、60mを超える海面上昇――

 痛烈な打撃を受け、人類は半数を割るまでに激減し、産業は衰退した。

 人間の世界は壊滅的な被害を受け、世の終末と声高に叫ばれた時代があった。

 


 しかし生き残った人類もまた、自然と等しく逞しかった。

 忽ち文明を奪われても、飢えと渇きに苛まれようと尚、守るものがある限り立ち上がり、手を取り合う。

 そして水路を引き、田を興し、住居を作る。

 自らの手で、新たな街を作り上げた、誰もが開拓者だった時代。 


 決して絶望などしない。

 長い長い時間の中で、どんな困難にも楔を打ち込み後の礎となり、後の世代はその犠牲の上に立ち更なる飛躍のための楔を打ち込む。

 

 

 


 そして大災害から数世代―― 

 近隣の国々も落ち着きを取り戻し、今は世界的な復興の流れの中にある。

 

 大災害から一世紀以上経った現在も、復興不可能となり放棄された旧都市部は未だ整地がおぼつかず、倒壊したビル群は文明の亡骸として横たわる巨大な廃墟と化し、それら人類の英知をゆっくりと、しかし決して止まることなく呑み込んでいく自然の力と野生動物に還され、人間を寄せ付けない秘境と化した大森林。

 それらを危険地域と定め、その姿を調査・観測し、新たな地図を作るために国土観測庁が設立され、各地で活躍するのが、彼らサーヴェイアなのだ。


 検問もしくは境界線で隔てられ、一般には立ち入ることすら禁じられた危険地域に出入りを許されるのは、国からの正式な許可を受ける組織・団体のみである。


 主要な廃墟地帯入り口には検問所が設置され、廃墟地帯への出入りを管理し許可なく侵入した者を取り締まるため、警備と治安維持に努める駐屯軍。

 森林地帯の害獣駆除を行うハンターや、土木作業、観測作業の支援など危険地域で作業する者が所属する自治隊。

 そして危険地域全域で活動するサーヴェイアは測量をはじめとする調査・観測により、それらの組織・団体に情報を提供する役割を担う。


 列島を形成するこの国の、一つの大きな島。

 産業を分配する形で東西南北、四つの行政区があり、ユキが所属するのは西方行政区で正式な許可を受ける民間企業 三咲組みさきぐみ

 

 だが、今回のユキの行動は、仕事ではない。


 西方行政区にある三咲組を旅立ち、父の墓のある北方行政区との境に位置する小さな町を目指し、やや北東に進路を保って進み続けた三日目の夜だ。

 ベテランである野嶽のだけに師事を受け、森林地帯ではある程度の経験を持つユキだったが、初めて踏み入る未開の地で油断は全くできない。

 西方の衛星画像は頭に入っているが、その範囲は既に踏破していた。

 三咲組で写しをもらった北方までの数枚の衛星俯瞰図と経験を頼りに地形を読み、一日の十数時間を移動に割いてここまで来たのだ。


 一つの忘れることのできない記憶としてユキの脳裏に焼き付いた検問での攻防は、まだほんの数日前。

 暴徒の残党との接触も可能性もあったため、西方と北方の境界にあたる目的地まで可能な限り迂回を避け、なおかつ地形的に険しく、訓練を受けた者以外が近づくことは難しいルートを選び進んだユキ。

 初日は残党哨戒にあたる軍車両や、その支援のために巡回するハンターの一団と何度か接触があったが、選んだルートが過酷であるためか二日目以降は人間の姿を見かけることはなかった。


 ユキはヘルメットのバイザーを開け、夜の空気を胸に吸い込む。

 昼の暑さからは予想し難い気温差に、疲労で熱を持った身体からの熱気がヘルメットから抜けて外気に溶けていくのがわかる。

 

 現在地は行動経験のある西方の観測地点から遥かに北。

 東に十数キロ進んで行けば、新国道が崖下に見えることだろう。 

 目的地までの距離も、あと僅か。

 ここは西方の広大な森林地帯の真っ只中、当然未開の地である。

 

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