表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/105

最終話 都市と秘境のサーヴェイア

「そっか、帰ってきたんだね。……おかえり、ユキ」

 榊家境内では御神木が月光に照らされ、穏やかな夏の夜風にその葉を揺らしている。

 結花は境内の自宅でユキからの電話を受けていた。

「怪我してない? そう、良かったよ」

 西方行政区で二番目に大きい森林地帯と北方行政区の中間地点にある山の麓、ユキはそこにある父親の墓を訪れるため旅立ち、出発から六日目の夜、無事帰ってきた知らせだった。

 久しぶりに聞くユキの声は、変わってはいないはずなのに、何だか少し違っているようにも感じる。

 そう思う理由がどちらにあるのかはわからないが、結花は無事にユキが帰ってきたこと、そしてユキが少しでも重荷を降ろすことができたのならば、そんな嬉しい事はないと思うのだ。

「あ、そうだ。明日で夏休みも終わりだけど、宿題大丈夫?」

 ユキは答えない。

「おいおい、もしかして忘れてたのかい?」

 今や西方行政区はおろか、森林地帯に関しては島でも屈指のベテランである野嶽に認められるほどのサーヴェイアとなったユキだが、学校のこととなるとまるでやる気がないようだ。

「もー、今からじゃ間に合わないよ」

 既に諦めたように笑っているユキ。自由登校となっているユキや結花にとって、登校や宿題は学校側としてもおまけのようなもので、やってこなかったからといってお咎めがあるわけでもない。それでなくても今年の夏はいろいろなことがあったのだ。気持ちは分からなくはないのだが、先ほどから今一つ会話が噛み合わない理由を、結花は見当がついている。


「ユッキー、もしかしてさぁ」

 ん?と疑問を口にするユキに呆れたように返す結花。

「私が同じ学校に通ってるの、本当に気づいてないのかな?」

 ユキは絶句している。

 野嶽と行動中、雨の日に迎えに行った日、初めましてなどと挨拶していたから、まさかとは思っていたのだが。

(多分学校で『安定の寝キャラ』扱いされてるのも知らないんだろうな……)

 結花はユキが編入になる前から鐘観から聞いており、何度か挨拶しようとしていたのだが、ユキは登校自体あまりせず、来ても殆ど寝ているため、話をしたのはあの雨の日からだったのだ。

「同じ齢で大して離れてないところに住んでるんだから、ちょっと考えれば分かると思うんだけどね……」

(真面目なのに、仕事以外では頭使わないんだなぁ)

「うん。まぁいいよ。休み明けからはビシビシいくからね!」

 受話器の向こうでは狼狽えまくっているユキ。

(やっぱり、好い反応するなぁ)


 次に会うのは学校でね。と会話を終え、受話器を置く結花。

 夏も終わりに近づき、榊神社では夏祭りの準備が始まっている。毎年三咲組や稲葉にも手伝ってもらい、小規模ながら榊神社と結花にとっても大切なイベントである。

(今年は、楽しくなりそうだな)




 翌日、夏も終わりが近いはずだが、相変わらず照り付ける強い日差を照り返す、険しい岩山をフリークライミングで登る人影がある。

 ルートを見定め、適切な場所を選び、岩盤を縫ってハーケンを打ち込む。

 ザイルを掛け、岩を掴み登る。


 落ち着いた動作で着実に頂上に近づいている人物は全身にドライスーツを着込み、背や腰には様々な装備を取り付け、頭部には特殊な形状のヘルメットを被り、遮光用のバイザーを降ろしている。

 景色には似つかわしくない物々しさの人物は、遂に頂上に腕を掛け、一気に体を引き上げ、最後のハーケンを抜き取る。

 頂上に立つ人物はバックパックを降ろし、ヘルメットを脱ぐ。

 脱いだヘルメットをバックパックの傍らに置き、日差しを跳ね返す汗を拭いながら呼吸を整える。

 少し長めの黒髪に、顔つきの割に幼さを感じさせない黒い瞳の少年、ユキである。


 夏季休暇も最終日の今日、ユキは以前野嶽と共に来た切り立った崖に一人で赴いていた。

 急ぎの依頼ではなかったが、無線中継器の設置を行うために来た。と言うのは建前で、夏季休暇が終わる前に一人で一度ここに来てみたかったと言うのが本音だった。

(結花にも一葉さんにも、登校しろって言われてるしな)


 ユキの夏季休暇が終わってしまうと寂しそうにしていたニナも、仲間たちともすっかり打ち解け、意外にも稲葉とも仲良くなっていた。

 不思議な力を持つ、外国の少女。森で出会った時は寂しそうに感じたその表情も、いつの間にか柔らかい笑顔を見せてくれるようになっった。


 そしてユキが結花と発見した地下への入り口は、あの一件以来いつくか発見され、今まで山岳地帯に阻まれ、殆ど出入りすることができなかった廃墟地域への入り口となりそうなのだ。

 雨谷の一件で更に地域と軍からの信頼も一層厚くなった三咲組には、国からの新たな大口依頼が舞い込み、退院間近の先輩たちも意気込み活気づいている。


(忙しくなるな)


 天に向かい腕を伸ばしながら、深く息を吸い込む。

 崖からは真下に広がる森林地帯と、その向こうに倒壊したビル群が広がる。

 森林地帯と廃墟地帯の両方が見えるこの場所を、ユキはいつの間にか気に入っていた。

 

 眼下には鬱蒼と生い茂る緑。

 無数の重なりで日の光に答え、吹く風にさざ波のように揺らめく生命力の緑。

 頭上には遮るものなくどこまでも高く、彼方まで広がる海原のような空。

 大きく折り重なる積雲は雄大に、全ての音を吸い込んでしまいそうな広さの空に揺蕩う。


 遥か遠くまで望むその景色を見ながらユキは、軽い興奮と胸が静かに高鳴るのを感じる。


 日の光に目を細めるユキの心は、すごくわくわくしていた。



閲覧ありがとうございました。

本エピソードはここで完結となります。

拙い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。


別エピソードや、ニナにスポットを当てた短編?の投稿予定があります。

すぐに投稿とはなりませんが、よろしければそちらにもお付き合いいただければと思います。


読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ