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三咲組に無線で呼びかけながら、ユキの後ろを数名の兵士と共に追いかける一葉は、年齢の割に冷静で大人しい部類に入るであろうユキが、喉が切れるような叫び声を上げながら走る姿を見て驚く。本人は叫んでいることに気が付いているのかは分からないが、こんなユキは見たことがなかった。
一葉も必死だったが、取り乱すユキの姿を見たせいか、走りながら無線に集中する。
雨谷を追うユキは銃を抜き背後から発砲するが、ただでさえ扱いなれない銃を走りながらでは狙いが定まらず、歯がゆいほどに弾丸は逸れる。その事実が余計にユキを焦らせ、先を走る雨谷に届くはずのない左手をいっぱいに伸ばし、ただ走るしかできない。
疲労か焦りか膝が震え、バランスを崩し前のめりに転倒するが、足を止める事はなく地面に手をついてでも前進し続ける。
前を走る雨谷は三咲組の明かりを見つけたのか、悪魔の喉から漏れ出たような笑い声を上げながら光に向かって行く。
雨谷は明かりの漏れる三咲組に近づくと室内を確認すらせず短機関銃を乱射する。
兵士たちの情報から、この三咲組が軍に協力するサーヴェイアの拠点だと知っている雨谷は、ここで車と武器を手に入れ一人で西方から脱出しようと考えているのだ。
窓や入り口のガラスは飛び散るように砕け、雨谷は嬌声をあげドアを蹴り破って中へ侵入する。
震える手で銃を向ける能登に何の躊躇いも見せずに銃弾を浴びせ、一鉄の席にどっしりと座ったままの野嶽に銃口を向けながら能登をテーブル席に蹴り倒す。
まるで怯えることなく自分を睨みつける野嶽を見て雨谷は、包帯だらけの逞しい肉体に見覚えがあると感じる。
「死にぞこないのサーヴェイア……爺さんあの時の野郎か!」
愉快そうに口角を吊り上げ、喉の奥で乾いた笑いを漏らす。
「狩り甲斐のあるタフガイだと思ってたのによ、ジジイだったかよ!」
「お前は思った以上の外道らしいな」
途端に殺意に満ちた眼つきで野嶽の目の前の一鉄の机の上に発砲する。
「時間がねぇ。車を寄越せ! 鍵だ!」
「どこに逃げるつもりだ? 生憎何処かのチンピラのおかげで車は出払っ――」
野嶽の言葉を遮り発砲する雨谷。
弾丸は野嶽の右肩を貫き、鮮血が飛び散る。
「時間稼ぎか? さっさと――」
「野嶽さん!」
能登は決死の覚悟の体当たりで雨谷を部屋の中央に突き飛ばし、野嶽は即座に立ち上がりガレージ側のドアに移動させておいた冷蔵庫をガレージに蹴り落とす。
途端、雨谷の身体は天井に向け、跳ねるように逆さ吊りになる。
一葉から連絡を受けた野嶽が天井の梁を利用し、ザイルを冷蔵庫に縛りつけて即席で作った罠だったが、興奮状態だった雨谷の目には映っていなかったらしい。
吊り上げられる際に短機関銃を落とした雨谷は、宙吊りで狂気じみた叫びをあげる。
能登が雨谷の落とした短機関銃に飛びつくように確保し、野嶽も苦痛に顔を歪め負傷した肩に手をやる。
誰も見ていなかった雨谷の口角が再び静かに上がり、獲物を狙う昆虫のように静かに、無感情な目で右手を動かし、腰の拳銃を抜く。
事務所に銃声が轟き、床にボタボタと流れ落ちる血液。
苦痛の叫びを上げ、銃を落としたのは雨谷だった。
入り口には膝をつき、まだ硝煙の残る銃を両手で構えるユキ。
宙吊りのまま、声を上げ暴れる雨谷の落とした銃を拾い上げる野嶽。
暴れる雨谷の口に銃口をねじり込む。
「逃げたところでお前には監獄しか居場所はないぞ。……この世かあの世か知らんがな」
語勢を荒げることなく、重く響く野嶽の声。
再び事務所には銃声が轟く。
糸を一気に切断された操り人形のように力なくぶら下がる雨谷。
誰もが沈黙する事務所の床の穴から薄く登る硝煙。
床に穴を空けたのは雨谷の口にある銃ではなく、野嶽が逆の手に持ち雨谷の頭の横で発砲した弾丸だった。
「ユキ、いい仕事だったな」
顔に深く刻まれた皺に好意的な笑みを乗せ、ユキに声をかける野嶽。
僅かに笑いの混じった溜息のような吐息を漏らしながら、その場に前のめりで崩れ落ちるユキと能登。
直後に軍を引きつれ、事務所に雪崩れ込んでくる一葉達。
一葉がいろいろなことを叫んでいるのを聞きながら、気が遠くなって目を閉じるユキ。
「そうですか! 本当に良かった。我々も拘束した一味を連行しますので、すぐに身柄を受け取りに向かわせます!」
無線を終えた菱川は、奇襲班が制圧した拠点に兵を回し、残る者に残党哨戒と負傷者の救護を指示し、隣に立つ早瀬を見る。
早瀬は片腕で拘束された山口の足を持ち、引きずりながら歩いている。
「お前、何なんだよ……任務も軍籍も投げて逃げた奴が……」
黙っている早瀬の代わりに口を開く菱川。
「いい加減にしろ。寸止めされて失禁した奴が今更何を言う」
「あんな武器がなかったら俺がこいつに負けるわけな――」
「お前は本当に勘違いしてるようだな。お前は早瀬さんと何か競って勝った事でもあるのか? どんな気持ちで軍を去ったかも考えず、自分の気分のいいように思い込んでいるだけじゃないのか?」
引きずられる山口は、何か言おうとしては口を噤む。
「言っておくがな、早瀬さんは私よりも優秀だ。お前みたいな下衆が敵うわけがない」
言いながら早瀬の腕に自分の腕を絡ませる菱川。
「隊長、お似合いですよ」
「な、何を言い出すんだ!」
一人の兵士が冷やかしに声をかけるが、照れた菱川は空いた手でカーボンスチールを持ち、手近な壁を粉砕する。
打ち砕かれた破片を浴びた兵士が、小さな悲鳴を上げて竦みあがっている。
背後から近づくエンジン音。
敵の拠点から奪った車で戻ってきた奇襲班が通りかかり、早瀬と腕を組む菱川を見て、稲葉が身を乗り出して喚く。
「なーんだよ瑠依ちゃん、健さんとばっかイチャイチャしちゃってー!」
面白くなさそうな声で言った稲葉に、はしゃいだ女子のような声色で答える菱川。
「もう! 稲葉さんまで何言ってるんですかぁ! 処刑しますよ!」
再びカーボンスチールを振り上げる菱川。
「稲葉! それ以上、何も言うな……!」
稲葉を窘めた早瀬の表情は引きつり、目には怯えの色が見えた。




