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「雨谷です!」
反射的に振り向くユキの目には、不意打ちで銃弾を受け倒れる数名の兵士と、短機関銃を持ち薄ら笑いを浮かべる男が、検問に向かい走り去ろうとする姿が映る。
装甲車の激突から間もなく、誰もが注意を逸らしていたその時に、土埃に紛れ雨谷は残る人間を置き去りにして一人移動していたのだ。
ユキは菱川の叫びで背中にビリビリ刺激を感じるほどの気の高ぶりを覚える。
考えるよりも早く検問に向けて走り出すユキが感じているのは、もはや怒りではない。むしろ恐怖に近い感情を覚えている。
『凶悪犯が検問を突破した』のではなく、『自分のためなら犠牲も考えず人を殺せる人間が、守らなければならない人のところへ向かっている』と感じているのだ。
「ふざけんな!」
一葉が肉声での絶叫が検問に響き渡る。一葉は同時に発砲するが、発砲が精一杯で狙ってまではいない。
雨谷は殆ど動揺する事もなく、三咲組の明かりが遠くに見える検問外を、獲物を追い詰める猟犬のように走って行く。
燃える廃車をすり抜け、土嚢を飛び越え、全身の筋肉を振るわせて追いすがるユキ。
「皆、お願い! 早く逃げて!」
一葉も落下するような勢いではしご車を降りながら三咲組に無線を送る。
(ユキ! 頼むぞ!)
奇声を上げながら検問めがけ走る男の正面には早瀬が立ち塞がる。
銃で脛を正確にに撃ち抜く。バランスを崩して跪く男の顔面に右膝を叩き込み、髪を鷲掴みして地面に打ちつける。
目の前には軍のスーツを着込んだ軍人と猟銃を持った男が居る。
同じく検問まで走り抜けようとしていた二人はそれを見て慄き、猟銃を持った男が早瀬に向け構えようとしたその時、軽く数歩分を一瞬で踏み込む菱川と、サンドバッグをバットで強打したような音。菱川のカーボンスチールで胴を撃ち抜かれたのだ。肉体的損傷は弾丸の一発よりもはるかに大きい。猟銃の男は血を吐きながら壊れたように倒れ、菱川は何事もなかったように兵士に三咲組への増援と、残るものに一帯の哨戒を指示する。
残ったスーツの男は手を両手を挙げ上ずった声で訴える。
「俺は騙されたんだ! 投降する! 降参だ!」
正面から睨みつけ、抑えた声で菱川が言う。
「貴様、山口だな」
「そうだ! 俺ですよ隊長! 保護してくれ!」
焦りなのか恐怖なのか、大袈裟な身振りで訴える山口。
「保護? 拘束の間違いだな」
「俺は脅されていたんだよ! 仕方なかったんだ!」
「そんな言い訳が通用すると思っているのか?」
「通用も何もない! 本当の事だ!」
「……お前の仲間が大勢死んだんだぞ」
喚きながらサーヴェイアのスーツを見た山口は口汚く怒鳴る。
「俺は知らない! 雨谷の指示だ! 民間人は口出すな!」
「お前の仲間が、お前たちのせいで殺し合ったんだぞ!」
首をひねり、血走った目を剥き、正気を失ったような表情で早瀬を見る山口。
「誰かと思ったら早瀬かよ」
相手が早瀬だと気づいた山口は、不必要に体を揺すりながら薄ら笑いを浮かべる。
「尻尾巻いて軍から逃げたお前が、正義の味方気取りかぁ? 嫁さんと息子の墓でも守ってろ!」
自分のヘルメットのバイザーに唾液を飛ばしながら、尚も喚く山口。
早瀬は俯き、唇を噛みしめている。
「貴様! いい加減に――」
菱川が山口に言いかけた時、突然廃墟地帯の一角から銃声が響き、直後叫び声と共に銃撃戦が始まる。
軍に発見された残党が逃げ場を失い、交戦状態に入ったのだ。
二人の注意が逸れ、視線が自分から離れると、山口は銃を取り出し発砲する。
早瀬と菱川が被弾し、体勢を崩すと手薄になった検問に向け走り出すが、早瀬は見逃さず被弾しながらも応戦、山口も足に被弾し体勢を崩したが、前進を止める気配は無い。
しかし早瀬は被弾したのが嘘のように山口との距離を詰め、背中の保護具を掴み後方に投げ捨てるように追いやる。
もはや正気とは思えないような叫び声を上げながら右手に持つ銃を早瀬に向けようとするが、既に早瀬の左手は山口の右手首を掴んでいる。
早瀬は左手の腕力だけで山口の右腕を下から搾り上げ、銃を落とさせると右肘でヘルメット前面を強打する。山口のバイザーは砕け、勢いで後方に縺れながら後退するが、足元にあった鉄材を掴み上げると怒号と共に早瀬に殴り掛かる。
鉄がぶつかり合う音が響く。被弾した腕を庇いながら駆けつけた菱川が見たのは打撃を左腕の手甲で防がれ、曲がった鉄材を持って立ちすくむ山口だった。
「早瀬さん!」
これから起こりうる事態を思い、思わず声を上げるが、対峙する二人の耳にはその声も届かないかのように全く反応がない。
自分を見下ろす早瀬の目を見た山口は怯え、後ろに数歩下がるが、間髪入れずに頭頂から地面に向け早瀬の左腕で殴り降ろされヘルメットは陥没する。
更に後ろに下がりながら、バイザーが砕け更に変形したヘルメットを脱ぎ、早瀬に向かって投げつけるが、早瀬は避ける事もせず火薬の入っていないインパクトハンマーを一度空撃ちし、左腕を無造作に振り下ろす。
本来火薬で打ち出される鉄杭は中央の一本のみ射出状態で固定され、早瀬の左腕には、一本の野太い鉄杭を剥き出しにした重々しい手甲が、ただ鈍く光っている。




