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05

 一時間余り結花の運転する車で過ごし、外は雨も止んだようだ。

 危険地域外だが、山道で道幅も狭い道のりだった。

 

 ユキは榊農園に到着して驚いた。農園とはいうが、その入り口は神社だったからだ。

 車から降りてすぐに木苺の入った収集袋を両手で頭の上に持ち上げ、小躍りしながら駆けだした結花は途中で少し振り返り、

「あ、二人とも風呂湧いてるから。勝手に入ってねー!」

 社の奥に見える住宅らしき建物に向かって行く。もう結構遠くにいるのだが、またこちらを振り返り、大きな声で野嶽に礼を言いながら収集袋を掲げて見せる。

「おっちゃん、ありがとね!」

 彼女の少し癖のある声は寝起きのせいではなかったようだ。


 車が止められた社の門にはには「榊神社」と書かれている。

 神社というものを間近に見たことがなかったユキだが、想像よりも簡素な造りでそれほど古さも感じない。再建されたものなのだろう。綺麗に手入れされたさほど大きくはない敷地に佇む社は、それでも静寂と、早朝のの竹林のような澄んだ空気を湛えている。このあたりの地形のせいなのだろうか、風も穏やかに流れているように感じる。


 感じ入っていたユキは野嶽の声でハッとする。


「いろいろ聞きたいだろうが、まずは一ちゃんを安心させてやらんとな」とユキを促した。

 それぞれ装備を持ち野嶽の後に続き、行き着いたのは門をくぐり抜けた先にある小さな建物だった。

 先ほど結花が入って行ったものとは別に、敷地の中に小さな建物が点在している。

 鍵はかかっておらず、野嶽は無造作に扉を開け、無人の室内に入る。

 室内にはいくつかの机が並べられている事務所のようだった。そのうち一つの机に乗せられている電話の受話器を取り、三咲組に連絡を取っている。

 無線ではないので相手の声は聞こえないが、野嶽の応対で受話器の向こうは一葉だと感じる。心配をかけてしまっただろうか、と思いつつユキは部屋を見渡す。

 無線機と電話の近くの壁には年に数回配布される衛星からの俯瞰画像が張ってある。

 衛星画像は危険地帯に出入りする業種には必ず配布されるもので、三咲組にもあるので何度も目にしている。ここはどうやら、自治隊の通信室に使われている部屋のようだ。

 他には特に何もない部屋だったが、電話の置いてある机には小さな空き瓶に、青い花が一輪飾ってあるのが目に留まる。

 近くに咲いているのだろうか、綺麗なアヤメだった。


 連絡を終えた野嶽が、今日はここに泊めてもらい、明日早朝から観測再開すると告げる。

 今日は予定の観測を一部断念している。明日車を回収してからよりも、こちら側から行動した方が早いという判断だろう。車は今日のうちに社長が回収してくれるそうだ。


 それにしても、野嶽は榊の誰にも了解を取らずに泊まることを決め、結花は一葉と同じく野嶽を「おっちゃん」呼ばわりで勝手に風呂に入れとは、相当な馴染みなのだろう。


 榊家の住宅内にある風呂はユキが住み込む宿舎のものよりも広く、大人が3人ほどは入れる大きさで湯加減もちょうどよく、長距離移動で疲れた二人は生き返る気持ちだった。

 さすがの野嶽も顔が緩む。


 風呂から上がると、にぎやかな声が大きな居間に響いていた。

 初対面の男性が5人、食事を運ぶ結花を合わせ6人が楽しげに談笑している。

 坊主頭で恰幅の良い初老の大柄な男性、その他の4人の年代はバラバラだが、皆よく日に焼けている。大柄な男性がこちらに気が付き、ユキと目が合う。


 声をかけられる前にユキから切り出す。初対面というのはどうしても緊張するのだが、迎えを出してもらい、家主よりも先に風呂を借り、挙句泊めてもらうという事に恐縮していたのだ。自己紹介をし、「お世話になります」と頭を下げた。

 黙って聞いていた大柄な男性はそんなユキを見て、


「気にするな。鉄ちゃんとこのモンはうちンとこのモンも同じよ!」

と野太くかすれた声で豪快に答えてくれる。

「礼儀正しいんだな。気に入った!」


 言った鐘観の目は一瞬凄みのある光を見せた。

 他の4人も笑顔で自己紹介してくれた。ユキは緊張をほどきほっとする。


 声と存在感で確信していたが、大柄な男性はさかき 鐘観しょうかん、この榊神社の神職であり、結花の父。一鉄を「鉄ちゃん」、野嶽を「光ちゃん」と呼び、かなり昔からの付き合いのようだ。

 元々この地に生まれ育って寺を継ぎ、敷地の裏で榊農園を営み、周辺地域の自治活動もしているそうだ。


 4人の男性は皆住み込みで榊農園の運営を任されている人たちで、もう長い付き合いだそうだ。あくまでも農園の作業員であり、榊神社の職員ではないという。

 名前を嘉島かじま方川たいかわ畔木くろき小山内おさないという。

 ユキは知り合いが一気に増えてしまい、名前を覚えるのに苦心する。この他に通いで手伝いに来ている人も数名いるらしい。


 結花は鐘観と共に神社の運営と自治活動をしており、農園の方は手伝う程度だという。

 長い付き合いだからなのだろうか、実際には家族というのは鐘観と結花だけなのだが、一家団欒のようなつながりを感じる。

 酒が入っているからなのか、強面であるはずの鐘観は終始笑顔だ。


 食事が終わり、住み込みの4人は挨拶をして帰ってゆく。食事の片づけは結花が一人でやっているのか、大変そうなのでユキも手伝うことにする。結花はその間も居間で酒を酌み交わし談笑する野嶽と鐘観の話に、台所から大声で突っ込みを入れたり悪態をついたりしていた。


 口の悪さで一葉と近いものを感じるが、結花のそれは無邪気さからくるもののようだ。

 二人は幼馴染で、姉妹のようなものだという。

 皿を洗い終わり、タオルで手を拭くユキ。

「やー、悪いねぇ。助かったよ」

 おどけた調子で近づく結花の手には、綺麗に洗われ一層瑞々しい木苺が荒っぽく盛られた木製の器が抱えられている。


「ほぅら、特別に分けてやろう」と言いながら口に一つ放り込まれる。

 終始悪ふざけな口調と相まって、耳にくすぐったく残る声だ。


 噛み潰すと野生的な酸っぱさに引き立てられた甘味を感じつつ、ユキは思い出した。

 自分も木苺を収穫していたのだ。一葉へのお土産にでもしようと思っていたのだが、帰りは明日の夕方になるだろう。

 ここで結花にあげてしまった方がが良いと思い手渡したのだが、

「何でさっき一緒にくれないかなー」と言いつつ嬉しそうに、

「ま、貰っておいてあげよう」

 収集袋をサッと取り上げる。基本的に誰にでも礼儀を心がけるユキだが、食事の時の団欒と結花の持つ雰囲気で緊張が無くなったのか、「忘れてたんだよ」とぶっきらぼうに答えてみる。

 ノリが伝わったらしく、結花は声のトーンを上げ

「悪かったよ、怒んなよユッキー」

 笑いながらユキの口に木苺を放り込む。自分の口にも一つ放り込み噛み潰しながら、

「あんがとねー」と振り返りながら軽く手を振って台所へ去って行く。


 よほど周囲に恵まれているのか天然なのか、結花は屈託とは無縁のタイプらしい。

 口の木苺を噛みながら居間に戻るユキは、歳の近い友人ができた事が嬉しかった。

 疲れのせいか、社の静けさのせいなのか、遠くに山鳥のなく声を聴きながら、今日の出来事を思い出す間もなくユキは深く眠りについた。



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