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「早瀬さん、俺の遭難信号が止まったところを目指してください!」

 狐は木々を抜け、小さな草原を突っ切り、再び樹木の多い森に入って行く。


 一度深呼吸をし、次に一葉に声をかけるユキ。

「一葉さん! そっちはどうですか?」

「あんたは無事なの?」

「はい! 一葉さん、お願いがあります!」

 残り僅かな弾薬で応戦中だった一葉はユキの突然の言葉に驚く。

「何だよ、こんな時にさ!」

 ユキは一葉に三咲組の車両から、どうにかしてアンカーキャノンをその場まで運んでもらえるよう頼む。

「は? あんなもんどうすんだよ?」

 拍子抜けしたように聞き返されるが、疾走する狐を追うユキはまともに説明する余裕もない。

「お願いします!」

 僅かに考え込んだようだが、弾薬が尽きれば梯子を降りて応戦するしかない一葉は小さな溜息を一つ漏らし、ユキの言葉に応じる。

「何考えてんのかわかんないけど、わかったよ!」

「ありがとうございます!」


 再び狐を追う事に集中するユキ。

 通常装備のバックパックが無いせいなのか、身体は軽く疲れも感じない。

 

 森を抜け、月に照らされた崖に突き当たると、そこには数頭の鹿が待ち構えていたように佇む。

 ユキを見た数頭の鹿の内、まだ若い一頭が狐と交代するように崖に向かい駆け出す。傾斜の緩い段差を使い、先導して崖を駆け上がって行く。

(よろしく!)

 口に出している余裕はないが、先行する鹿に対して素直にそう思うユキは、鹿の後を追い、同じ段差を利用して斜面を駆け上がるユキ。


 崖を登り切った鹿は方向を変え、崖上を走る。疑うことなく後を追うユキ。


 更に小さな崖を鹿と共に駆け上がったところで、水の流れる音が耳に入ってきており、大きな岩が点在する丘陵地にある樹木の疎らな林に出る。林には岩場に挟まれ幅の広い川が流れており、中洲を挟んで二股に分かれている。川の向こうには目指す崖がそびえ、その頂上に根を張る一本の樹木が見える。

 進行方向の藪からは鼬が躍り出て素早い動きで斜面を走り、一本の樹木に絡みつくように駈け上って行く。


 ユキの背中の中心は火が付いたように熱く、スーツの中は汗だくになっている。

 呼吸は苦しいが、不思議なほどに疲労感はなく、代わりに今まで感じた事のない高揚感に包まれる。

 それまで脳の命令で誘導されていた身体は思考を追い抜き、動物たちに導かれるまま、本能に従って自由自在に動き始める。


 ユキが枝を掴み、幹を蹴って一気に樹木を駆け上るころ、鼬は枝を渡り隣の樹木へ移動していた。普段なら無謀と判断するはずの行動だが、ユキは迷うことなく枝を蹴り鼬を追う。鼬と共に数本の樹木を枝伝いに渡り、川に向かって伸びる、大きく湾曲した樹木から川の中州に降り立った。


(俺、こんなことできたんだ)

 誰かに与えられた特別な能力など何もない。

 日々の鍛練と気の遠くなるような反復。経験から得た知恵。

 仲間の支えと野嶽の教えから、自分自身の力で掴み取った能力で進んで行く。

 

 既に運動制御を放棄し冷静になった頭と、ますます熱くなり五感が研ぎ澄まされていく身体。


 向こう岸には三頭の野犬がユキを見つめ、早く来いと言いたげに、吠える事もなく待ち構える。

 野犬のいる対岸まで、考えるよりも早く水を蹴って走る。対岸までは岩も多く水位も浅かった。岸にたどり着いたユキを見た野犬達は、一斉に崖を登り始める。よく見なければ見つけられないような足場を伝い、段差でユキを待ち、更に登って行く。

 崖を登りながら、視界の遥か後方にに雨谷の装甲車であろうヘッドライトが揺れているのが見える。

(すごい! 完全に追い抜いてる!)

 ニナの力で動物たちを介して誘導されるユキは、地形的に動物以外は知り得ないルートで最短距離を移動している。

 結果、大幅なショートカットと時間短縮を成し得ているのだ。


 更に勢いをつけ、崖の岩場を駆け上がるユキ。

 崖を登りきると野犬達がユキの周りを取り囲み、そのうちの一頭が大きく吠える。

 ついて来いと言わんばかりに駆け出した一頭を追うと、残る二頭もその後を追う。

 野犬は目的地の崖めがけ疾走しているが、今ユキと野犬がいる崖と目的地の崖の間には、小さいが深い谷が口を開けている。

 野犬は一向に速度を落とさず、全力で崖の淵めがけ疾走していく。

 覚悟を決めたユキは、同じく全力で岩場を駆け抜け、崖の淵を目指す。


 岩を蹴り、野犬が谷を飛ぶ。ユキもまた微塵も迷うことなく、着地点さえ確認することなく崖の淵を力強く踏み切り崖を飛び出した。



 白銀に輝く月明かりを全身で浴びるように、両腕を後方いっぱいに開くユキ。

 背後からは残った二頭の、共鳴るように折り重なる遠吠え。

 谷を飛び越えるユキの間近を、かすめるように鳶が舞う。


 ユキの目には、眼下に広がる森と、月の光を照り返す荒々しい岩山、谷の底を流れる川が一瞬止まって見える。状況も忘れ、胸いっぱいに空気を吸い込む。

――(やっぱり、綺麗だ)



 目前には先に対岸に渡った野犬がユキの着地を待つ。

 両足で岩肌を掴むようにしっかりと着地するユキ。

 共に谷を飛び越えた鳶は見上げればすぐそこの目的地――崖の頂上に生える一本の樹木の枝にとまり、翼を広げてユキの到着を迎えた。


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