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「ユキ! どうして来たんだ!」
ようやく見つけた早瀬はやはり被弾しているらしく、苦しそうに叫ぶ。
「どうしてって、助けに来たんです!」
「こっちに来るな! 戻れ!」
「聞けません!」
ろくに狙いも定めず崖下から打ち込まれる銃弾は、規則性を感じず、返って危険を覚える。
崖下からはエンジンをふかす音が聞こえ、移動を始める気配を伺わせる。
途端に岩陰から身を躍らせ、反撃する早瀬。
「逃げるな! 俺を殺してみろ!」
「早瀬さん! もうやめてください!」
正面から己の身を銃撃に晒し、ヘルメットにまで被弾しても逃げようとしない早瀬の捨て身の応戦に驚愕するユキだったが、バックパックを掴み、強引に地面に引きずり倒す。
「邪魔するな!」
「もうやめてくれよ!」
早瀬に胸座を掴まれながら、早瀬以上の大声で返すユキ。
狂気交じりの笑い声を崖に響かせながら遠ざかって行くエンジン音。
舌打ちと共に、弾倉を交換しながら移動しようとする早瀬は、負傷の為かぎこちない動きで立ち上がる。
「お前は検問に戻れ!」
ユキを突き飛ばし、ふらつきながら歩き出す早瀬。
(俺は何もできないのかよ!)
突き飛ばされたユキはその場に仰向きで倒れる。
天を仰ぐユキの目には、森林地帯を照らす満ちかけた月が映る。
戦いが去れば夜の森は静まり返り、見つめれば音が聞こえそうなほど月が美しく輝いている。
「早瀬! ユキ! 仲間を信じろ! お前たちは一人で戦っているんじゃない!」
腰の無線機から聞こえる野嶽の声。
それには答えず、先ほどよりも確かな足取りで歩みを早める早瀬。
(……状況に絶望するな)
野嶽の言葉を反芻してみるユキ。
状況は酷いものだ。仲間も負傷し、戦況も良くない。
雨谷の装甲車が検問に到達すれば、弾薬の尽きかけた一葉や菱川、兵士達や田羽多が危険だ。
その向こうには三咲組で帰りを待つ野嶽、能登、そしてニナと結花。
月は尚もユキと森林地帯を照らす。
(綺麗だよな……)
白銀の月明かりに照らされ、木々の葉や幹、茂る草花は色彩を奪われつつも、昼間とは違う厳しさと幻想的な美しさを見せる。
森の奥からは一匹の狐が、心配そうにこちらを伺う姿が見える。
もちろんニナの隣にいた黄金の狐ではないが、この状況で姿を隠すことなく、静かにユキを見つめている。
(生き残るのは、生き抜くと決めた奴だ)
再び脳裏を木霊する野嶽の言葉。
(俺が諦めたら――)
ゆっくりと立ち上がり、ゴーグルを外し結花が結んだお守りを握り深呼吸をするユキ。
(まだだ。まだ俺にも何かできる!)
目を瞑り、その場で一度、軽くジャンプする。
昨日の疲れは感じない。肩に痛みはあるが、行動を制限されるほどではなさそうだ。
意を決したように、早瀬とは違う方向に駆け出すユキ。
腰の無線機を掴み、応答を求める。
「野嶽さん! ニナと代わってもらえますか?」
「ユキ! 私です」
ニナは分かっていたように、既に野嶽と交代していた。
「ニナ! 君がどんな力を持っているのか、俺には分からないけど」
森の木々を縫って走るユキの後ろを、先ほどの狐が追ってくる。
「お願いだ! 俺を最短距離で一葉さんのいる崖の頂上まで案内してくれ!」
理由は分からないが、確信はある。ニナにはそれができるはずだと思うのだ。
「……危険ですよ?」
「問題ないよ。頼む」
しばしの沈黙の後、ニナは続ける。
「わかりました。狐を追ってください」
ニナの言葉の後、急加速してユキを追い抜き先導する狐。
無線機を腰に戻し、ユキは狐を追う。月明かりに照らされる草原を、木々を縫って走りながら、遭難信号発信機を起動し、ヘルメットから早瀬に無線を送る。
「早瀬さん、移動しながらでいいから聞いてください」
「ユキ! お前は戻れと――」
「俺、廃墟地帯で助けてもらった時、早瀬さんが恐ろしかった」
その言葉を聞き、何も言えない早瀬にユキは続ける。
「でも今は、早瀬さんが自分のやり方で仲間を守ろうとしているんだってことくらい、分かってるつもりです!」
「……こんなときに何言ってるんだ」
負傷のせいか、ユキの言葉のせいか、苦しそうに答える早瀬。
「早瀬さんに何があったか、俺は分かりません! でも、俺は早瀬さんも死んでほしくないんです!」
押し黙り、何も答えない早瀬に、乱れた呼吸でユキが訴える。
「守りたいんです! 俺も! 今からだって、できるはずです!」
「……俺は、間に合わなかったんだ」
ヘルメットの無線からは早瀬の苦悩が伝わるような沈黙。
「一緒にやりましょう! 俺一人ではできないんです!」
答えを待つユキに早瀬が答える。
「何かする気なんだな?」
「早瀬さん、俺の遭難信号が止まったところを目指してください!」
狐は木々を抜け、小さな草原を突っ切り、再び樹木の多い森に入って行く。




