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「田羽多さん。もう大丈夫ですからね」

 ユキは自らの震える手を意識しながらも、何とか田羽多を落ち着かせようと声をかけ、検問外の衛生兵に田羽多を託す。


「誰か応答できるか!」

 無線機からは一鉄の声が聞こえる。ユキは慌てて腰から無線機を掴みとり応答する。

「おお、ユキか! 皆は無事か?」

 ユキの声に安心しながらも畳みかけるように聴かれたユキは、心配はかけたくないと思いつつも、正確に状況を伝える。

 田羽多を気に掛けつつも、救護されたことを知ると少し安堵したような口調で続ける一鉄。


「そうか……わかった」

 感情を押し殺した呻きのように呟く一鉄。

「そっちは、奇襲班はどうですか?」

「ああ、俺たちは雨谷達の拠点のほぼ真上に到着した。しかし、装甲車を発見した早瀬が、 離脱しちまった。様子を見に行くだけだと言っていたが、その後無線にも応答しない。そっちに連絡はないか?」

「いえ……。ありません」

「そうか。あいつは敵と見定めた相手がいると見境が無くなることがある。相手に対してじゃなく、自分の身を顧みない事にな。悪いが気にかけてやってくれ」

 無線を聞いていたであろう一葉から割り込みが入る。

「親父! 無茶しないでよ」

 口調はいつも通りだが、はっきりと憂色が見て取れる一葉の声。

「一葉ちゃん! 俺がついてる。お父さんに、無茶はさせないよ!」

 務めて明るく伝える稲葉もまた、口調はいつも通りだが一言づつ丁寧に発する言葉に、少しでも一葉を安心させてやろうという優しさを感じる。

「あんたもだからね。皆も! 怪我なんかしないでよ!」

「ああ! 自分の心配だけしてろ。一葉」

 本来ならばお互いに、絶対に危険に晒したくないであろう親子は、西方自治区の危機に 己の身を裂くような思いで参加しているのだ。短い会話にもそれが痛いほどに感じられる。


 ユキは三咲組に応答を呼びかけ、野嶽に早瀬との連絡を取るように頼む。

 田羽多は薬剤を投与されたのか、呼吸も落ち着いてきたようだ。


 補充のための弾薬箱を覗くユキは残り少なくなった弾薬と、検問の外で未だに聞こえる銃撃と爆発に、背中をゆっくり冷たいものが登ってくる感覚を覚える。

(いつまで続くんだよ!)

 残り僅かな弾薬を補充するため弾薬を掴む。


 ユキは恐ろしかった。敵も同じ人間のはずだ。それが爆薬と銃弾で、仲間を、軍人たちを、殺そうとして攻撃してくる。

 そんな事のために、自分たちも死んでいく。

(西方自治区を支配したい? そんなことしてどうするんだよ?)


 互いを思いやる一鉄と一葉。それに尽くそうとする稲葉。娘と仲間を守ろうとする鐘観。

 街と部下たちを守るために心を鬼にする菱川と、待っている家族がいながら身を顧みず菱川を救おうとした田羽多。



 信じられない。意味も理由も理解もできない。

 相手の命を奪うために自分を死に晒す。

 相手から親を奪い、子を奪い、友を奪い、くだらない欲望のために他人の未来を奪おうとする。


 己の欲望以外は何も見ず、他の手段を択ぼうともしない理不尽な暴力。

 ユキの恐怖は苛立ちに、苛立ちはいつしか怒りに変わっていた。

(早く終わらせないと……!)




 野嶽は早瀬に無線での通信を送り続けたが、応答は帰ってこなかった。

 戦況を心配し、結花とニナは寄り添い、外からの音に身を竦めていた。

 スーツを着込んだ能登は、自分が守ると言わんばかりに事務所入り口に椅子を置き、座り込んでいた。いざとなれば結花とニナは逃がすこともできるかもしれないが、負傷のため体に密着するスーツを着ることができない野嶽を守るためだ。


 応答のない早瀬に対し、再度通信を試みようとした時、無線の横に置いていたレシーバーに反応があった。早瀬からの遭難救助信号だ。

 野嶽は早瀬ではなく、ユキに無線を送った。

「ユキ! よく聞け。早瀬の遭難信号を受信した!」


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