41
「さすがは軍人ってところか……」
弾薬を補充しながら田羽多は口にするが、決して賞賛の言葉ではないのが声のトーンで分かる。
装甲車は自走砲の集中攻撃により破壊され、ばら撒かれるように飛び出してきた暴徒や元軍人も兵士たちの攻撃で次々に倒れて行った。
自走砲の炸裂の余波で倒れた者も少なくはなく、こちらに攻撃を仕掛けてきた者も、重装備で待ち構える軍人が相手ではひとたまりもなかった。
「隠れている者! 命が惜しいなら離反して投降するなり逃げるなりしなさい! 抵抗すれば、射殺する!」
拡声器で訴え続ける菱川の声に反応し、瓦礫や廃墟に身を潜めていた者が悲鳴を上げながら逃走する姿もあったが、尚も数台分のエンジン音と共に特攻してくる一団もあった。
数台の廃棄車両には運転者が見え、蛇行しながら検問めがけ猛スピードで迫る。
その背後には更に装甲車が続いており、武装した暴徒も装甲車から次々に降り、検問を守る兵士達に銃撃を仕掛けてきた。
(おかしい。いくら雨谷が恐ろしかったとしても、ここまで命がけで攻撃を仕掛けて来るなんて)
菱川は拡声器のマイクを握りしめる。
「波状攻撃だ! 迎え撃て!」
菱川の号令で軍の応戦が始まるが、無人の時と違い標的が無軌道に動いているため自走砲の弾幕を抜け一台は自走砲に車体を激突させ自爆、その爆炎と煙に紛れ、銃撃を免れた別の一台が検問に迫る。
「逃げろ! 危ない!」
銃弾を菱川の銃座に補充していた田羽多は、菱川を銃座から引きずり降ろし検問を守るように配置されていた軍車両の陰へ飛び込むが、直後に検問に接触した車は爆発、炎上を起こす。衝撃が二人を襲い、身動きが取れなくなるが、田羽多のおかげで菱川は無事だった。しかし田羽多は呻き声を上げ動けない。
「田羽多さん! しっかりしてください!」
覆いかぶさるようにして爆発から菱川を守った田羽多は大きな外傷は見当たらないが、衝撃によってショック状態に陥っている。
「瑠依! 瑠依大丈夫なの!」
菱川のヘルメットから無線を通じ一葉の叫び声が聞こえる。
それには答えず、無線を使い大声で田羽多の救護と兵のへの指示をする菱川。
(田羽多さん……ごめんなさい!)
指揮を執る菱川は前線に戻らねばならない。激しく自責しながらも田羽多を残し、軍車両を乗り越え前線へと戻って行く。
応戦する兵士を援護しながら、無線で再度田羽多の救護を指示する菱川。
「俺が行きます!」
田羽多が菱川を守った爆発は、検問の外にいたユキが振り向いた瞬間の出来事だった。弾薬を補充するため門外にいたユキは突然の爆発と兵士たちの叫びに、一瞬何が起こったかわからず立ち尽くした。
弾薬がそこを尽きかけていたとはいえ、戦況は優勢と思っていた矢先、突然の爆発。
敵の攻撃は激しさを増して、銃撃の音は絶えず響き渡っている。
田羽多救護のために外を伺いながらも検問を抜けたユキは作戦開始からの状況の変化に恐怖する。
硝煙に紛れ、確かな血の匂いと焼け焦げるような匂い。
いくつかの燃え続ける車両と、敵味方問わず点在する動くことのない人間。
尚も相手を殺すために、互いに打ち出され続ける鉛の弾丸と悲鳴、絶叫。
(なんだよこれ……!)
唇と膝が意識と無関係に震えだす。
「ユキ! そんなところで止まるな!」
一葉の鋭い叫びに、平手打ちを食らったように我に返るユキ。
菱川からの無線通り、田羽多は軍車両の陰に倒れていた。
「田羽多さん! しっかりしてください!」
片目を瞑って浅い呼吸を繰り返し、汗だくで顔色も酷く悪い。見たところ外傷はないようだが、呻き声を上げるだけで意識も混濁しているらしく、呼びかけには答えない。
検問の外に連れ出すため、肩を貸すように抱え、無線で田羽多を保護した報告をしながら軍車両から周囲を伺うが、新たな爆発と叫びが響き渡る。
上方から狙撃する一葉は、どこから攻撃されているのか探ろうとするが、自走砲やその周辺から立ち上る黒煙で狙う事ができない。岩肌に伏せて積まれた土嚢の隙間から必死で標的を探す。
恐らく数百mは離れた場所から打ち出される迫撃砲を破壊するのは、狙撃ライフルを持つ自分の役目だと一葉は分かっているのだ。視界を注意深く探り、スコープを覗きようやく見当をつける。倒壊しかけた小さなビルの陰に止められたトラックに強引に固定されているらしい迫撃砲で執拗に自走砲を狙っている。
「いい加減にしろ!」
煙に巻かれながらもどうにか狙いを定め打ち出された弾丸は、トラックに直撃はしなかったがビルの壁を打ち砕きいた。耐久年数を大幅に超えたビルの外壁は大きく砕け散り、砲手と迫撃砲に降り注ぐ。
次の瞬間、迫撃砲はあらぬ方向に射出され、目印の鉄塔の根元に着弾し、鉄塔は軋みを上げる。
鉄塔の周囲には兵士に応戦する暴徒が身を潜めており、榴弾の破片で何人もの犠牲が出た。
(もうやめてよ!)
一葉はそれでも狙撃の手を緩めるわけにはいかない。排莢し、次弾を打ち込む。
既に砲手も運転手も逃げているらしく人影は見当たらないが、二度と使い物にならないよう、トラックに何度も打ち込む。着弾の度にトラックは衝撃で揺れ動く。距離があり、ビルの陰に隠れているためはっきり見えないが、迫撃砲は意味をなさない方向を向き、トラックもルーフが捲れ上がっている。少なくても、もう射出は不可能なはずだ。
(もう嫌だよ)
スコープを覗く一葉は涙で視界が曇るのを感じる。
その視界の向こうには、再び特攻を仕掛けて来る数台の車両をとらえていた。




