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 廃墟地帯のいたるところから煙が立ち上る。

 一鉄達が行動を開始してから大よそ三十分後、検問外壁から見える範囲で駐屯地から検問にかけ、数十本の白い煙の筋が沈む夕日と入れ替わるように一斉に天に向かって伸びていた。


 駐屯地本部の窓から悲しげな表情でそれを見つめる藤田。

 作戦が失敗に終わり、検問が破られれば雨谷達が次に目指すのはこの駐屯地本部だろう。

 ここを占拠し、西方一帯を手中に収めようと考えているはずだ。


(仮にその目論見が成功し、この西方行政区を支配したとしても、その後はどうする? 他の行政区に攻め入るか? それでこの島の行政区を全て手に入れたとして、その後は? 本国を相手にするか? 一体何人殺めるつもりだ? 本当にそんなことができると思っているのか?)


 軍本部が兵を投じれば一巻の終わりだ。この戦いの結果がどうあれど、雨谷とその一団は破滅へと歩みはじめた合図の狼煙でもあるのだ。

「倒すことや壊すことだけが強さと思っているんじゃ、俺たちに勝てやしねぇぞ。……命の重みを理解できないようじゃあな」

 藤田は作戦が失敗し、この駐屯地に敵が攻め込んできた際、自爆する用意ができている。

 西方行政区の市街地にまで、行かせるつもりは毛頭ない

どれだけあがいてみたところで、雨谷の思い通りにはならないだろう。


 敵味方は別として、これから命を落とすであろう全ての人間を想い藤田はやるせなく、堪らないほど哀れな気持ちになるのだ。


 狼煙らしき白煙が確認されてから、検問付近での攻防が続く。

 今夜仕掛けて来るという予想は恐ろしいほどに的中したが、暴徒が集団で雪崩れ込んでくるような事はなく、廃車をとりあえず走るだけ修理したような車に爆薬を乗せ、運転手は途中で飛び降り、無人で断続的に突っ込ませてくる。

 自走砲まで配備する軍にとっては全く問題にならない攻撃だが、爆薬を積んでいる以上、即座に排除せざるを得ない。


「こうなると返って不気味ですね……」

 兵士の一人が菱川に不安そうに零す。

「明らかにこちらの弾薬を消耗させにきている。雨谷の手にある軍車両は装甲車三台。どこで装甲車を出してくるかが問題ね」

 前線で指揮を執る菱川は、検問の外で銃座に座ったまま戦況を見据えていた。



 軍の自走砲と一葉の対戦車ライフルにより、車が爆発、炎上する。

「何台目だっつーの! 一体こんな数の車、どっから持ってきたのよっ!」

ライフルの薬室から排莢しながら、思わず口に出して悪態をつく一葉。

 予想よりも数が多すぎる。

 爆薬を積んでいたであろう車が次々に検問に特攻を仕掛けて来るのだ。しかもいずれも無人ときている。相手は、こちらが思っている以上に準備万端という事だろう。


 次の車が砂埃を上げて検問めがけ突っ込んでくる。

スコープを覗く一葉は検問からの投光器の光で、次の車も無人だと確認し、エンジンルームに照準を定め発砲する。

 アクセルを何らかの方法で固定して途中から運転手が車から飛び降りているのだろう。


 自走砲からの攻撃で車は爆発する。

 相手の目論見がこちらの弾薬を消耗させるのが目的だったとしても、車には爆薬が積まれている以上、攻撃せざるを得ない。

「せこいマネしやがって! つまんねぇ男!」

 言いながらも、合理的な作戦だと思うからこそ一葉は腹が立つのだ。



 次々と襲ってくる車に弾薬を削られていく事に、砲弾の補充を運びながらユキは焦りを感じる。

 見た目にはこちらが鉄壁の防御をしているように感じなくもないが、弾薬は山口に持ち出された事により、元々心もとない状態にある。


 こちらが離反者から情報を得たように、敵も兵士を抱き込む事ででこちらの戦力は把握できているはずだ。

 無人で特攻を仕掛けてくるのは廃車を修理でもしたのであろう車ばかりで、軍車両は未だ一台も見ていない。


「そろそろ、奴らも本腰を入れてくる頃です。皆さん、よろしく!」

 菱川から全員に通信が入る。


 直後倒壊したビルの陰から現れた装甲車は、武装した暴徒をまき散らすように検問に迫ってくる。




 森を進む奇襲班は入り組んだ崖の比較的傾斜の緩いルートを選び進む。

 目指す敵拠点までは直線距離なら5㎞程度だが、後を追随する自治隊員と鐘観ではサーヴェイアのように崖を登らせるわけにもいかず、なだらかな森林地帯を抜け迂回するルートを通っている。

 敵よりも早く行動を開始したおかげで順調な進行状況と言えるが、検問付近から 相次いで響いてくる爆発音に一鉄は気が気でない。

 緊急以外で無線呼びかけをするわけにもいかず、信じて進むほかなかった。

 稲葉は一鉄が足を止める度に話しかける。稲葉なりの気遣いのようだが、一葉を案じ集中しきれないのは同じだろう。行軍は自分との戦いでもあった。


 夕日は沈みかけ、風も少ない。木々が茂る森は更に風を遮り、湿度も高くなっていく。

 空には雲もなく、満月とまではいかないが、好い月が出ている。


 耳には廃墟地帯へ向かうのであろうエンジン音が僅かに聞こえ、崖が近づいていることを知らせる。

「あまり迂回しすぎても時間を浪費するだけだ。藪に入り、軌道修正するぞ」

 早めに拠点に到達すれば、それだけ戦いを早く終わらせることができるかもしれない。

 一鉄はそう考えていた。


 藪から木々の少ないルートを選び崖の方角に進むにつれ距離が近づき、夕日も沈み切ったせいだろう。検問方向での爆発による光や、銃撃戦の音が聞こえてくる。

 嫌でも意識せざる終えず、その度に奇襲班の面々は焦りを募らせた。


 藪を抜け、崖の淵に辿り着いた一鉄らは方位を確認し、崖沿いに西の拠点を目指す。

 早瀬は眼下の暗闇で何度も聞いた重く響くエンジン音に足を止める。

 崖下に停車していたであろう装甲車がエンジンを始動し、動き出したのだ。


 先ほどから何度も車両の移動するエンジン音は聞いているが、雨谷達には三台の装甲車を持っていたはずだ。作戦開始から一時間以上の時間が経過しているにもかかわらず、ここに潜んでいた装甲車に特別な意図を感じずにはいられない。

「……社長」

 早瀬は、理性で焦りを押さえつけ奇襲班を先行しているであろう一鉄を、背後から呼び止める。


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