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夕刻が迫る三咲組
装備を整えた三咲組の面々と稲葉、菱川が到着した自治隊と共に三咲組を出て行く。
最後尾にいたユキが事務所から出ようとした時、一人テーブル席に残るニナがユキに声をかける。
「ユキ、あなたは約束を守る人みたいです」
「まぁ、した約束なら、守る努力はするよ」
「ユキは私を博士に会わせてくれるって言いましたよ」
「……言ったね」
「なら、わかってますよね」
「大丈夫。皆で帰ってくるよ」
ニナの頭をポンポンと叩き事務所を出るユキ。
皆が乗り込む車の横には父を心配する結花の姿が見える。
前線に向かわない事を気にしているのか、済まなそうな顔をしている能登にニナと結花の事を頼み車へ向かう。
最後に乗り込むため近づくユキの左肩の保護具に何かを勝手に結びつける結花。
結ばれたのはお守りだった。
「結花、気持ちは嬉しいけど、ここはちょっと邪魔にな――」
「うちのお守りだよ。スゲーんだぞこれ! 絶対このお守りが間一髪で弾を受けたりとかする!」
鐘観はそんな結花を目を細めて眺めている。
「面倒くさい事言わないからさ、ちゃんと帰ってきてよね」
癖のある少しかすれた声で小さくユキに告げる。
「うん。ありがとう。すぐ戻るよ」
悄然とする結花の側に寄り、肩を抱いてやる野嶽を目を合わせユキ。
「行ってきます」
「ああ、頼んだぞ」
深く頷き、応える野嶽の目は優しく力強い。
別の車に乗る一鉄はその場にいる全員に聞こえる大声で伝える。
「お前たち! 全員で戻って、今夜も宴会だ! 美味いもん食おうぜ!」
昨日の夕食を思い出し、全員が鬨の声で答える。
一葉も一緒に声を上げているが、多分他の皆とは少し違う事を考えている気がする。
ユキは、もしかして一鉄の人望はこうして上がっていくのかなと思う。
軍車両が門付近を固め、検問外に自走砲が配置されたそこは見慣れた検問ではなく、既に砦と言って差支えがない状態だった。検問内側には簡易的な救護施設も設置されており、それが必要なことが間もなく起ころうとしている事実をしっかりと認識できずにいる。
普段は何とも思う事が無かった目印の鉄塔は冷たく、酷く高く感じられる。
それぞれに配置につく仲間たち。早瀬と稲葉はもうはしご車を登り始めている。
ユキは初めて装備したボディーアーマーと、予備で支給された着馴らされていないスーツに少し動きにくさを覚える。
森林地帯の移動のため機動力が必要な奇襲班だけは装備していないが、それ以外の面々は全員が装備している。奇襲班は機動力重視のため軽装で通常装備のバックパックを持たず、保護具付きのホルスターやゴーグルタイプの暗視スコープ、その他は最低限の登山用具が入った小型のバックパックしか持っていないのだが、はしごを登る早瀬の左腕には、やはりインパクトハンマーが鈍く輝くのを見たユキは、廃墟地帯で見た早瀬に持った感情を思い出す。
鐘観はユキの左肩に結ばれたお守りを見て言う。
「当たり前だが、それは弾を受け止めたりはしねぇ。自分の身は自分で守るんだ。わかってると思うが、結花の為にも、危ない事はしてくれるなよ」
「わかってます。鐘観さんもですよ。意外と結花はすぐ泣きますからね」
ガハハと笑ってスーツとヘルメットに身を包んだ自治隊員と共にはしご車に向かって行く。
少し離れたところでは一鉄と一葉が話している。
「一葉、無茶するんじゃねぇぞ。狙撃は位置がバレたら――」
「大丈夫だよ、親父。親父の方が危ないんだから、気を付けてね」
心なしか一葉はいつもよりも口調が優しい。
軽く一葉を抱きしめユキの元へ歩いてくる。
何か言われるかと思ったが、一鉄は何も言わずユキの背中をポンと叩いて、はしご車に向かった。素っ気なくも感じるが、一鉄の信頼の表し方はこんな感じだったと思いあたり、嬉しく感じた。
はしご車を登り切った奇襲班からの無線。作戦開始だ。
菱川は配置を確認し、自らも検問入り口付近の機銃に座る。
装備を整えた菱川は、赤と白のラインの入るスーツ、ヘルメットも兵士と形状が異なり、腰には先の太い木刀の形をしたカーボンスチールを装備している。
武器を積んだ車両から出てきた一葉はかなり大きな銃器を持っている。
驚いているユキに向かいヘルメットの前面に手を当て、投げキッスをして梯子を上って行く。一葉の持ち場は検問と隣接する段差を持って切り立った崖の中腹である。
「一ちゃんは狙撃が得意なのさ」
ユキを察して田羽多が説明してくれる。
「狙撃って、あの銃大きすぎませんか?」
「でかいさぁ、対戦車ライフルだもの」
ひょいひょいと梯子をのぼる一葉だが、重さが15㎏もあると聞き驚くユキ。
菱川といい一葉といい、女性陣の勇ましさに自信を無くすユキと田羽多。
「俺、もうちょっと鍛えないとだめですね……」
「俺もだな……」




