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三咲組事務所
戻ってきた一鉄達は慌ただしい。
鬼気迫る表情で武器庫から銃器を取り出す一鉄。
鐘観は自治隊員を集め、高所作業用のはしご車の手配をし、早瀬と稲葉は既にスーツを着込み装備の確認を行う。
駐屯地からは三咲組からほど近い検問に多くの兵士が集まってきており、自走砲まで搬入されている。
状況の説明は一葉から聞いたユキ達だったが、役目は特に言い渡されず、慌ただしく動く仲間たちの邪魔にならぬよう事務所の窓際のテーブル席に座っていた。
そんな中で鍵を受け取った時の事を思い出すユキ。
(少なくても、社長は自分の死も覚悟している)
そう思うと、役を与えられない自分に苛立って仕方なかった。
信頼する人たちがそうすべきと思ってやっている事。と思いつつ、この一大事に頼られないこと自体に自分はまだ半人前だと思い知らされる。
戦いの準備が始まっている。
一昔前はこんな光景が度々あったと結花は不安そうに話すが、初めてあ目の当たりにするユキとニナは事務所のテーブル席で時折敷地を通り抜けて行く軍車両を落ち着かない表情で眺めていた。
事務所奥の扉が開き、ヘルメットを手にスーツに身を包んだ一葉と菱川が現れた。
身体に密着する軍やサーヴェイアのスーツを女性が身に付けると、体のラインは当然露わになり、ただでさえスタイルの良い一葉を一層際立たせる。
菱川は一葉とはまた違い、鍛えられた肉体を主張する。軍服姿意外見た事のないユキにとっては充分目のやり場に困らせる。菱川のスーツは指揮官だからなのか、通常の黒地に緑のラインの軍用スーツと違い、白と赤のラインが入る特別なもので、菱川の持つ雰囲気と見合い、とても似合っている。
「久しぶりに着たら、苦しいもんだなぁ」
一葉が言うと、二人が扉から出てきた時から目を輝かせて見つめていた稲葉が滑り込むように近づく。
「か、一葉ちゃん! 俺がバルブ調整してあげるよー! 情熱的に!」
スーツには体の数か所にバルブがあり、空気量を変動させることで水没時の浮力調整やスーツ内の気密性を調節できる。
一葉に向かって伸びる稲葉の手を上から叩き落とす菱川。
「稲葉さんは相変わらず稲葉さんですね。軽蔑します」
「瑠依ちゃんも相変わらずお堅いなぁ。じ、じゃあ、るいちゃんが俺のバルブを――」
「お断りです。処刑しますよ」
チラリと早瀬の方に目をやりほら、と指差す。
早瀬は一葉と菱川に背を向けるように立ち位置をずらし、予備弾を弾倉に込めている。
「ほら! ほらあれですよ! 紳士の対応! 見習ってください!」
「俺にあんなムッツリなことできるわけないだろ! どうせあれだ! 鏡越しかなんかで見てんだよ!」
そう言って早瀬の背中を指さす稲葉を見て一葉が笑いながら言う。
「コタロー、そんな気持ち悪い事よく思いつくよな」
「一葉ちゃんまで! 気持ち悪くない! 健全なんだ俺は!」
目のやり場に困って窓の外を見ていたユキにも飛び火する。
「ほら! ユキは窓に映る二人を見てるんだぜ! なぁ! お前は味方だろ? 若い男の子だもんな! な!」
「やめてください。ユキ君は真面目ないい子です。あなたとは違います」
菱川が蔑みの眼差しで稲葉を見ながらユキを庇うが、ユキはそんな事よりも、隣のニナと正面の結花からの疑いの眼差しに気づかないふりをするのに忙しかった。
ひとしきりユキにプレッシャーをかけたニナは、未だブツブツ言っている稲葉に対してボソッと呟く。
「コタロー、きもちわるいです」
「小さい子に変な事教えないで!」
嘆く稲葉に早瀬が背中越しに言った。
「お前が言うなよ……ロミオ」
一葉と菱川がスーツの上からボディーアーマーを装着し終わる頃、田羽多と能登が事務所に入ってくる。
「はしご車、到着しましたよ」
慌ただしくガレージと事務所を行き来していた鐘観が戻り、無線で藤田と連絡を取り合っていた一鉄が通信を終え全員に向き直る。
「皆、もう全員が知っている事だが聞いてくれ」
一鉄の説明と菱川の補足で伝えられたのは、最近西方の廃墟地帯で騒ぎを起こしていた東方から逃げ延びた凶悪犯 雨谷 篤仁が暴徒や一部の軍人を取り込み、今夜三咲組からも近い検問に襲撃をかけるであろう事。
それに対し自治隊と三咲組は協力して作戦に参加する事を伝えた。
「作戦は基本的に防衛戦だ。砲台が設置されている駐屯地を直接落とせるほど、奴らに戦力はない。間違いなくこの検問に仕掛けて来る。それを守る軍に協力して応戦しろ」
一鉄が言い終わると、続いてメンバーを発表する菱川。
「防衛は軍で行い、私が陣頭指揮を執りますますが、補佐と連絡役として田羽多さん、お願いできますか?」
「任せてくれよ」
「ありがとうございます。前線に出ることはありませんので、後方支援をお願いします」
「ああ、できる事なら何でもする」
「続いて、検問外壁と繋がる岩山にはしご車を付け、崖上から一葉さんに狙撃をお願いします」
「了解!」
自信満々の一葉らしい表情と声で答える。
続いて一鉄から全員に対して落ち着いた声で伝えられる。
「それとは別に、だ。奴らの拠点がはっきりしているからには、こちらからも打って出る。 仮に検問を破壊されでもしたら、それこそ西方の危機だからな」
「拠点が移動してる可能性はないのか?」
疑問を口にした稲葉には早瀬が答える。
「こちらの体制が整う前にケリを付けたいはずだ。バレているのは承知の上で、今更拠点を移している暇はないさ」
「さすがです! 早瀬さん!」
明らかに面白くない顔を見せる稲葉。
軽い咳払いの後、気を取り直して続ける菱川。
「そちらは奇襲班になります。廃墟地帯を車両で移動してくるはずの暴徒は検問で私たちが。奇襲班は爆薬を持ち、森林地帯から敵拠点を目指し、拠点を破壊してもらうことになるのですが……」
言いにくそうに口ごもる菱川に代わって一鉄が口を開く。
「森林地帯は軍よりも、機動力に勝る俺たちサーヴェイアの領分だ。早瀬、稲葉、そして俺だ」
「あんた等には遠く及ばねぇだろうが、後方支援として爆薬を俺と自治隊二名で運ぶぜ」
(俺が呼ばれない……)焦るユキ。
「父ちゃん、サーヴェイアにくっついて山なんて行けんの?」
父を心配してか、浮かない顔で言葉を挟む結花。
「うるせぇ! 雨谷達の拠点ってのはな、お前たちが地下に降りた地点から西に目と鼻の先だったんだよ! あの山口って野郎、俺たちをおちょくってやがったんだ! ゆるさねぇぜ!」
「早瀬、稲葉と俺で先行してハンターでも移動できるルートを探す。何とかなるだろう」
「それと昨日の件で遭難信号が役に立った。ヘルメットの無線は距離の問題もあるしな。 荷物になるかもしれんが、万一の時のために全員がレシーバーを持ってくれ」
「雨谷らが森林地帯からくるとは考えられませんか?」
能登が疑問をぶつける。
「無理だな、あそこはユキと結花が転落した崖に阻まれている。こちらからは崖を降りれば行けるが、を訓練を受けていない奴が集団で通れはしないだろう」
声に反応し全員が入り口に視線を向ける中、言いながら事務所に入ってくる野嶽。
「光! お前は入院しろって言っただろうが!」
野嶽に向かい、大声を出す一鉄。
「俺は留守番しに来ただけだ。皆出払って、何かあったらどうするんだ?」
ニナの頭を撫でる野嶽。
本来、他のところに結花とニナを移動させるべきだったのだが、二人が頑として拒否したため、仕方なくここで待つことを許されている。
「それは能登とユキの仕事だ!」
「能登に無理強いはできないだろうが鉄よ、ユキはもう一人前だ」
鍵を渡した以上、一鉄もそれは否定できない。
テーブル席から立ち上がるユキを心配そうに見上げる結花とニナ。
(昨日は何も言えなかったけど、俺だって誰も死なせたくない!)
意を込めて一鉄の目を正面から見返すユキ。
「鉄、ここは検問から近い。万が一の時、藤田に連絡を入れられる人間が必要じゃないのか?」
否定しようとして口を開けた一鉄だが、ユキの表情を見て言葉を呑み、しばし考え込む。
「……わかった。ただしユキ! お前は田羽多と一緒に検問の支援に回れ」
「着替えてきます!」
インナーに着替えるため宿舎の自室に走って行くユキの後姿を見送る仲間たち。




