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 騒がしい一夜を過ごしたユキは、酷く懐かしく感じる自室のベッドで目を覚ます。

 左肩が少し痛むが、野嶽に比べればかすり傷。と言い聞かせ自分でポンポンと叩く。


 暫く危険地帯には入ることができないので仕事も休業。

しかし、のんびりと過ごすような状況ではなく、目覚めからずっと落ち着かない。

 机の上に置いた昨夜受け取った二本の鍵を一度掴み、母の形見の指輪が入っている机の引き出しの奥へとしまい込む。


 まだ瞼が少し腫れている様な違和感を感じ、鏡で見てみる。

 すっきりするために冷たい水で念入りに顔を洗い、着替えを済ませ、いつも通りの時間に部屋を後にしてガレージへ向かうユキ。

 この時間ならほぼ全員が揃い、観測機材を車に積み込む先輩たちや、スケジュールを申し送る一葉の声が聞こえるはずの三咲組はとても静かだった。


 ガレージの片隅には昨日ユキが置いたドライスーツが掛けてある。

(これは、もう使えないな)

 左肩は傷の手当のために結花が切り開いたため大きな穴が開いて、野犬に噛みつかれた左腕もボロボロになっており、着ているときは気が付かなかったが他にも裂け目や穴が開いていた。

 サーヴェイアのスーツやヘルメットは国土観測庁を通じて購入するが、多機能であるため非常に高価な物なので申し訳なくなる。


 ガレージから事務所の窓を伺うが、人の気配は無く静まり返っている。

 心配ないと言い渡されてはいるが、やはり落ち着かないユキは気を取り直して事務所に向かう。


 事務所入る入口は外から直接入る正面玄関とガレージから入る通用口があるが、落ち着かない気分のユキは散歩がてら一度表に出て深呼吸をする。

 ガレージの外に出ると、昨夜止められていた田羽多の車と稲葉の車が無くなっている。

 田羽多達は帰宅し、一鉄達はもう軍へ話をしに向かっているのだろう。

 気が付けば榊神社のトラックも無いようだ。

(鐘観さんと結花も帰ったんだな)

 遅く起きたわけではないが、既に三咲組には自分一人しかいないのだなと思うと昨日の森での緊張感と夜の騒がしさを思い出し、落差に拍子抜けしてしまう。

 気を取り直し電話番でもしているかと思い、当然施錠されている事務所のドアの鍵を開けようとしたところでニナを思い出す。

(そう言えばニナはどうしたんだろう?)


 鍵を開け、事務所に入るとブラインドが下ろされ薄暗い室内のソファーには結花とニナが抱き合って眠っていた。

(なんでこんなところに? 結花帰ったんじゃなかったのか?)

 結花は一葉から借りたであろうパジャマ、ニナは昨日着せられ、能登が狂喜乱舞した着ぐるみ姿のままだった。

 

 昨日は結局、ユキはあのまま自室に戻ってしまったので、その後の事はよくわからないのだった。


 どうしたものかと思うユキだが、二人の安らかな寝顔に見入ってしまうユキ。

(無事に帰ってこれて良かった)


 そう言えば結花は初めて会った時も寝ていたなと思い出し、起こさぬようにとその場を離れ、テーブル席の椅子に座る。


 横に据え付けられている本棚に、この時代では貴重な世界地図を見つけたユキは手に取り、ニナが口にした国を探してペラペラとめくる。

(もうちょっと勉強しなきゃダメかな……夏休みが明けたらもう少し出席しよう)




 ニナ救出、ユキと結花の生還を果たしたものの、廃墟地帯に数十名の暴徒化した勢力と言う最大の懸念材料を残した状況の中、西方駐屯軍司令 藤田の元を訪れた一鉄、鐘観、一葉、早瀬、稲葉の五人。


 対面して座る藤田とその後ろに控える菱川。


 堅物で通っている菱川は凛々しい目鼻立ちに短めの髪が良く似合う、姿勢も折り目も正しい女性である。

 同じ年齢である一葉とは正反対にも見える彼女だが銃検査で三咲組を訪れた際にすぐに打ち解け、菱川としては数少ない本音で話せる飲み友達であり親友でもある。


 早朝から押しかけ、今後の動向を探り作戦を練る七名。

 三咲組は民間企業ではあるが、この行政区での危機は昔から何度も経験し軍に協力してきた経緯があり、鐘観は自治隊を代表する形で同席している。


 藤田と菱川は隊から造反者を出してしまった事に並ならぬ動揺を見せてていたが、事はそれに留まらず、今やこの西方行政区そのものの危機に対する対応が必要だった。


「早瀬、今回の件は私の不徳が原因だ。本当に済まなかった」

 危険に晒されながらも貴重な真実を持ち帰った早瀬に対し、藤田と菱川に深く謝罪され恐縮する早瀬。

「いえ、あってはならない事ですが、指令達に責任はありません」

 早瀬は信じてはいたものの、藤田と菱川が無関係であった事に安堵していた。


 改めて口を開く藤田。

「本件に関わっていた兵士に関しては、軍本部へ送り軍法に則り厳正に処分される。金品に手を付けたものは当然、不名誉除隊となるだろう。そして我々も責を問われるだろうが、決定は甘んじて受け入れる覚悟だ」

 後ろに控える菱川も頷く。

「冗談じゃねえよ。あんたにそんな事で辞められちゃ、こっちが敵わねぇ」

 口を挟む鐘観と共に三咲組の四人も同意する。

「お気持ちは嬉しいですが、我々は組織ですから」

 毅然として言い切る菱川に黙る一同。

 稲葉が溜まりかねて口を開き、雨谷達の状況を聞く。


「うむ。その件は早瀬の見立てで間違いない裏が取れた。好材料と言えると思うが、本日未明に雨谷の元を離反してきた者が二名いてな」

 黙って聞いていた一葉が口を挟む。

「それが普通だよな。雨谷ってやつに肩入れしたって、軍が本腰入れれば狩られる側だからな」


「離反者もそう考えて逃げてきたようですが、雨谷はなかなかに食えない男のようで、離反者は元々五名いたそうなんですが……」

 菱川がそこまで言うと早瀬が続く。

「俺の知る限り三十名以上の大所帯になっていたはずだ。軍を裏切って暴徒に組みすればどうなるか、軍人なら余計にわかっている。必ず怖気づく人間がいるはずだ」

「ん? つまりどういうことだよ?」

「離反者を出さないようにするんじゃなく、見せしめに殺すことで残る人間に裏切れなくしたんだろう。軍人でなければその二名もここまで辿り着けなかっただろうな」

「胸糞悪い話だ」

 顔をしかめて吐き捨てる一鉄に菱川が続く。

「はい。ですが、早瀬さんのお考えの通りです。さすが早瀬さんです」

「よしてくれ。持ち上げてる状況でもないだろう」

 先ほどから視線、態度で菱川に優遇される早瀬が面白くない稲葉。



「しかし、おかげで雨谷らの詳しい戦力もわかった。離反者が出たことで内部も混乱したはずだ」


「で、あんたはどう見てるんだ?」

「今夜だ」

 それを聞いて口をつぐむ全員を見渡し、再び口を開く藤田。

「時間を空ければこちらの体制が整い、奴らにしてもまた離反者が出る。奴らは今夜来るだろう。今回の件での我々の処遇はさておき、この西方地区は我々の手で守る」


 その後詳しい作戦は藤田と菱川、一鉄、鐘観の四人で練られ、残るものは軍から銃器を借用するために部屋を出て行く。





「ユッキーって料理上手いんだね。ちょっと見直したかも」

「……見損なってたのかよ」

 ユキはなかなか帰ってこない一鉄達を待ちながら、落ち着かない気持ちのまま結花とニナと共に朝食を摂っていた。


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