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04

 午後になり三咲組事務所では、昼食を済ませた一葉と一鉄が窓の外の雨を見ていた。


「山の方は結構荒れてるかもね」と一葉。今のところ連絡はない。

 片や一鉄は気にしていないようで、雨具を身に着け出かけるようだ。


「あれ?どこ行くのさ?」

 一葉が聞くと、水路の方を見に行くと答え、車の鍵を取り出していた。


「道草食うんじゃねぇぞ」

「何かあったらすぐ連絡よこせよ」

一葉の言葉には答えず、一鉄は神妙な表情でそう言い残しガレージに向かって行った。


 一葉は男性同士のこういった性質は理解に苦しむ。

 一体どんな経験をすればこれほどの信頼関係を作ることができるのだろう。

 しかしそれは頼もしく、羨ましくも感じるのだ。


 ふと一鉄の机に目をやると、午前中から取り組んでいたはずの書類の整理がほぼ手つかずであることに気づく。


「あんの、タヌキ親父がぁぁ~!」と一葉の声は虚しく社内に響いていた。


 外からは走り去る一鉄の乗る車のエンジン音。困ったことに、これも珍しくはないのだが。



 野嶽とユキは森に入り、なだらかな斜面を徒歩で移動していた。ある程度の観測を終え、先ほど登ってきた崖のある山岳地帯とは反対側の森林地帯に入り、麓を目指しているのだ。

 思ったよりも激しく降る雨は滑落をはじめとして、岩場の危険を高める。無理をする必要は全くない。車までの距離が離れてしまうが、ユキは野嶽がこんな時どうするのか覚えておこうと考えていた。


(今日は野営だろうか?)装備にはこんな時のために携帯食料もある。


 この季節なら雨風さえ凌げる場所を見つければ、野営も可能だろう。

ただ、野生動物には注意しなければならない。危険な動物の行動範囲を侵さず、刺激しないように、場所を選んで人間の存在を認識してもらえば一晩くらいの野営はどうにかなる。野生動物と折り合いをつけるのは、豊富な知識と経験が必要なのだ。もちろん危険なものもいるが、彼らの領域から離れた場所で火を焚き交代で眠れば、彼らもわざわざ襲うほどのリスクは冒さない。


 この辺りはまだ観測が進んでおらず、一層の注意が必要だ。野嶽は一定のペースで黙々と進む。ユキも注意深く追随した。

 森に入る前に装備が濡れ、いつもよりも重く感じるが、ユキは雨の日の森林地帯を歩くのは嫌いではない。

 深い森を雨の日に歩くと、雨はすぐには地面を濡らさない。葉や枝がある程度の雨を遮ってくれるのだ。そして木に落ちた雨の一部は幹を流れ落ち、そのまま地面に浸透していくため大雨でも歩きやすのだ。

 廃墟地帯よりも森林地帯での単独行動を得意とする野嶽から教えてもらったことの一つだ。


 木々が疎らになり、森の出口が近いのを感じる。雨足は相変わらずだったが、日が落ちるまでにはまだ時間がある。

 森を抜ける直前になり、野嶽の歩みが遅くなった。進む方向を変え、右手の藪に入るようだ。何かを見つけたらしい。


 藪は密集した低木へ続いており、そこに向かう野嶽から、


「ユキ、わかるか?こいつはいい」

 嬉しそうに声をかける。珍しい事だ。


 野嶽が低木の葉をユキに向かい見せている。ユキには見覚えのある葉の形。木苺が自生しているのだ。


 観測行動中にこういった発見をした際、記録を残し情報を提供するのもサーヴェイアの仕事の一つではあるが、今回はそれほど密生しているわけでもない。

 もちろん記録は取って報告するが、これくらいの木苺を収穫するために未開の森林地帯に来たがるものはいないだろう。

「よーし、取ってこい!」

 報告をしても一葉にそう言われるのがせいぜいだろう。

 しかし、野嶽は記録をユキに任せて小型の収集袋に木苺を収穫している。

 指示されたわけではないが、ユキもそれに倣う。


(野嶽さん、そんなに木苺が好きだったんだな……)

 手早く収集を続ける野嶽の姿を見てそう思うユキだった。


 収穫を終えた野嶽とユキはさらに麓を目指して移動する。

 少し開けた草原地帯で足を止めた野嶽が「少し休憩だ」と言い装備を降ろした。

 もう結構な距離を降りてきているはずだが、と思いつつユキは来た方向を見返してみる。


 野嶽から野営点を探す気配は感じられない。


 ユキは適当な大きさの石を見つけ腰を下ろす。野嶽は装備から無線機を取り出していた。

 ヘルメットにも無線の機能はあるが距離は短く、同行者と通信するのが目的だ。

 

 サーヴェイアの仕事には、軍や自治体からの依頼でレピーターと呼ばれる無線中 継局を設置することもある。野嶽が取り出したのは、レピーターを利用する長距離通信が可能な無線端末だ。使用には免許が必要で、サーヴェイアには必須のものだ。ユキも訓練施設でいくつかの免許を取得しており、これもその一つである。


 聞こえる会話から、野嶽が通信しているのは三咲組ではないとわかる。

話では何度も聞いているが、ユキと野嶽が主に観測しているこの大森林地帯の近くには、古くからある個人運営の農園があり、その代表者が社長と野嶽とは長い付き合いだそうだ。

 会話の相手は恐らくその人物だろう。会話する野嶽は気さくに話し、

「よろしく頼む」

と通信を終え、すぐに別の場所と通信を始める。相手は三咲組のようだが距離と登ってきた崖のせいか、やはり感度はあまりよくないようだ。会話はできなくても、安全か危険なのかだけを伝える信号があり、それを送信すれば心配をかけずに済む。今回はこれ以上の事はできないが、この一帯の観測が済んだらレピーターを設置することになるだろう。


 通信を終えた野嶽は無線機を仕舞い込み、今後の予定を話してくれた。

 このままもう少し麓側へ移動し、先ほどの農園からの迎えの車と合流するそうだ。

休憩は終わりだ。二人はすぐに移動を開始する。

 野営の覚悟はしていたものの、ユキは今日も布団で眠れそうだと思うと、少し安心した。


 再び樹木の多いルートを選択し、森に入って行く。

 二人の足音と大粒の雨が葉を叩く音、それに混じる野鳥の鳴く声を頭上に意識しながら注意深く進み、二時間以上歩いたころ木は途切れ、岩場に出た。等間隔で打ち込まれた丸太の杭が見える。

 危険地域との境界線である。検問のない地域ではこれが目印になる。


 足元は坂になっており、坂の下にはくすんだ青の小型トラックが止まっている。

 ここが榊農園の迎えとの合流点だったようだ。野嶽はトラックに向かい、大きく手を振ったが、反応はない。向こうはどちらの方向から野嶽が来るかわからないので、当然といえば当然だが。二人が足元の坂を慎重に滑り降りトラックに近づいてみると、中には一人の少女が運転席で眠っていた。気づかなかったのはこれが理由だったようだ。


 紺色のジャージに作業ズボン、少し長めの黒髪は髪留めで後ろに纏められているようだ。

 覗き込むのは失礼な気がして一歩引いたが、一瞬見えた寝顔を見たユキは素直に綺麗だと感じた。それにしても境界線の外とは言え、よく無防備に眠れるものだと感心もする。

 野嶽はヘルメットのバイザーを開け、運転席の窓をコンコンと叩くが、気持ちよさそうに眠る女性は起きる気配がない。


「おーい結花、起きてくれー」


 再び窓を軽く叩きながら呼びかけると、ようやく目を開け、もそもそと上体を起こした。左手で目をこすりながら窓を開け、結花と呼ばれた少女は、


「あー、おっちゃん、やっと来たね。怪我してない?早く乗ってよ」

 少しかすれた癖のある声。

 ユキはそう思いながら、荷台に装備を置かせてもらうため、肩掛けを外していると車内からまた、声が聞こえる。


「あー!、やっぱまだ乗らないで! ほらタオル。拭いてから乗ってよね!」


 ごそごそ大きめのタオルを2枚引っ張り出してくれた。特徴のある声で話す賑やかな少女だった。


 車の中でもよく喋る印象だった。

 野嶽が簡単に紹介し、ユキも挨拶をしたのだが、それに関してはひとしきりジロジロと見つめるだけで反応が薄い。


「よろしく」

「ふーん。うん、よろしくね」


 彼女はさかき 結花ゆか

 これから向かう農園のオーナーの一人娘だそうだ。

 見た目の印象でユキよりも幼く見えたが、意外にも年齢は一緒だった。


 そんなことより、という感じでそわそわ野嶽を見ている。

 少しだけ声を低くし、野垣に何か促しているようだ。


「で、さぁ、おっちゃ~ん」

「わかってるわかってる」


 野嶽は笑いながら、小さなバッグを取り出す。

 先ほどの収集袋だ。少し開けて中に入っている木苺を結花に見せる

 結花はそれを運転しながら覗き込み、瑞々しく光る真っ赤な木苺を見て大喜びだ。


「おー! うーまそー!」

 結花の興味は初対面のユキよりもこちらにあったようだ。

 

 野垣が嬉しそうに収穫していたのは、これがあれば喜んで迎えに来る当てがあったからなのか、好物をもらった彼女がこんなに喜ぶのが見たかったからなのかはわからないが。


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