閑話 鍵
❕ 前の閑話 宴の後の時間の話しです。
ちょっと暗いお話になってしまったので、苦手な方はスルーしていただいても、次話に差支えはありません。
よろしければお付き合いください。
廃墟地帯に流れる硝煙と戦いの気配のせいか、穏やかな夜の空気には虫の声一つ聞こえない。満ちかけた月の光と星が静かに瞬く中、検問にほど近い三咲組だけは笑い声が絶えない。
全員が、明日にも雨谷らが攻撃を仕掛けてくると分かっていながら、今夜の宴を楽しんでいた。
賑やかに過ごす一同を離れ、野嶽に目くばせされたユキは三咲家の住宅から外に出た。
そこには先に一鉄が待っており、静かに二人を迎える。
敷地に一つだけある投光器の明かりの元で顔を合わせた三人。
視線を敷地の外に向けると検問を照らすライトが煌々と光り、闇に切り取られたように検問を映し出している。
「ユキ、訓練はあんな形で中断したが、三咲組は今後お前を一人前として扱う」
厳格な表情でユキに伝える一鉄。
ユキは嬉しい感情はあるが、素直には喜べず反論する。
「それは嬉しいですが、訓練はやり直しで構いません。今は廃墟地帯の件もありますし――」
ユキの言葉を遮り野嶽が言う。
「本質は状況に対応して目的を達成することだ。森で寝泊まりする事じゃない。お前はあの状況下で、生きるために最大限の事を成し、結花も守り抜いた」
「それは分かってるつもりです。でもニナの捜索もしていたんですよね? どうしてそんなときにわざわざ訓練を?」
「俺もそう思ったんだがな。でも結局は光の言う通りにして良かったと思ってる」
一鉄が答え、野嶽が続く。
「今、藤田が軍本部と話し合いを進めているが、あの雨谷という男は近日中に必ず仕掛けてくるだろう」
「俺たちは、俺たちの親や先人が築いたこの街を守らなきゃならん」
「そのために命を落とすこともあり得るんだ。だから、お前に伝えてやれなくなっちまうかもしれない」
「……やめてくださいよ。それにこれ以上何を――」
言いかけたユキに大きさの違う二つの鍵を差し出す一鉄。
「大きいのは貸すだけだ。小さい方はお前のものだ」
鍵を受け取ったユキは困惑するが、野嶽が続けて言う。
「お前の父親は新国道開通のための大事業に参加していた。各行政区から多くの軍、自治隊、サーヴェイアも共同で行った事業だ。そこで起こった山崩れで、お前の父 檜森 壮志は命を落とした。他の大勢と一緒だった」
「……知ってます」
「俺と光はそこに居なかった。事業は大人数で交代制だったからな。俺たちが知らせを聞いて駆けつけた時には――」
「……もう、十年も前の事故じゃないですか」
押し殺した声で呟くユキに構わず続ける一鉄。
「遺体は運んでやれなかった。数が多すぎて損傷も激しかったからだ」
ユキは聞きたくなかったが、何年も心をかき乱されながら乗り越えたその記憶で声を荒げるのは嫌だった。ユキは俯いて無言で二人の話を聞き続ける。
「俺たちは崩れた山のある西方の森林地帯に墓を作った。ここから見える森林地帯の北の果てにある山の麓だ。詳しい場所は俺の机の中にメモを残した」
俯 いたままのユキに語り続ける一鉄と野嶽。
「墓の隣には小屋を作った。大きい方の鍵はその入り口の鍵だ。小さい方はその小屋の中にある引き出しのものだ」
二人に向かい顔を上げるユキ。
「お前の父の遺品が残してある。今のお前なら、一人でその北の果ての墓に行けるだろう」
耳から入ってきた情報に対し、思考は無言。ユキのよく考え込む、あくまでも自分なりの小賢しい考えは、目まぐるしく入り乱れ、気を抜けば今すぐ身悶えそうになるほど湧き出す感情に成す術もなく呑み込まれる。
母はもちろん父の事も、時として寂しく焦がれる事はあっても、もうどうしようもない事だと、とうの昔に気が付いている。不意に想いを馳せる出来事はあれど、いちいち塞ぎこむほど幼いままではいられなかった。自分の中で決着のついた出来事なのだ。
だから今、ユキを満たしていく感情は、それに対するものではない。
そんな自分のためを想い、守り、成長させてくれた事に対するものだった。
(こんな事を考えているなんて、全く知らなかった。頼んでもいない。得もしない。善人だから? 時間と労力の無駄とリスクが大き過ぎる)
「西方行政区の観測を希望している新人の中にお前の資料を見たときは驚いた。遺品を遺族に返してやることもままならなかった中、大事故で親を亡くした遺族がサーヴェイアを目指すなんて、そうある事じゃないからな。名前だけじゃ確証が持てなくて、俺も聞いて回ったよ」
(責任? 同情?)
「……すまないなユキ、俺がそれを聞いたのはごく最近だ」
「俺が光には言わなかったのさ。常にお前と行動する光に気を回させるのが嫌だったからだ。だがお前が成長し、俺が光にそれを伝えたとき、光はお前を自分の手で一人前にすると言ってくれた」
強がって無理に曲解しようとしても、そんな人たちでない事は、既に身に染みて分かっている。
「それで、こんなときに無理やり訓練を……?」
「こんな事しかしてやれなくてすまないな」
三咲組に入ってから今日までの様々な出来事と、厳しくも自分を導いてくれた野嶽、支えてくれた仲間たちを想い言葉も出ないユキ。
目の奥が熱くなり、気道が握り潰されるような嗚咽をかみ殺すユキ。
「烏滸がましいが、これが俺たちの親心ってやつだ」
「……泣かす気ですか」
強がり、吐き捨てるユキに一鉄と野嶽は歯を見せて笑い、ユキの背中を力強く叩いて三咲家の住宅に向かって歩き出す。
「こんなんで泣いてるようじゃ、まだまだ半人前だ!」
「ユキ、シャワーでも浴びてこい。まだだろう?」
ユキは鍵を握りしめ、住宅に向かう二人の背中に深く深く頭を下げる。
「ありがとう……ございます」
声は震え、呼吸はしゃくりあげている。
こみ上げて来る感情に処理が追いつかず、理由の見当たらない敗北感すら覚える。
頭を下げ顔は隠しているが、ユキの視界にある地面をボタボタと落ちる涙が穿つ。
こんな顔を見られたら、後でどんな事を言われるかわかったものではない。
二人はちらりと振り返り、満足した顔で遠ざかって行く。
敷地に光る投光器の明かりの中にユキは暫くそのまま佇み、三咲家には戻らずに宿舎の風呂へ向かった。
読んでいただいた方、お付き合いありがとうございました。
これ以降、本エピソードは終盤に入って行きます。
次話もご閲覧いただけると嬉しいです。




