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閑話 宴 前篇

❕ 若干のストーリー補正はありますが、本編は進行しないパートです。

読まずとも問題なくお話は進行していきますが、終盤手前のお遊びにお付き合いしていただけたら嬉しいです。

 場所は三咲組敷地内、三咲家リビング。

テーブルを囲む三咲組の面々と、榊神社からは鐘観と結花、そして稲葉とニナ。

 テーブルの上には見渡す限り一葉の手料理が並ぶ。

 能登は既に悲しそうに微笑んでいるが、全く気にならない様子で一葉は得意顔でビール片手に司会を務める。


「えー、本日はみなさんお疲れ様でした! ユキと結花の無事帰還! ニナの救出! ついでにユキの野営訓練合格を祝しまして――」


『かんぱーい』

(ついで!)グラスを持ち一瞬硬直するユキ。


 状況は一葉の音頭の通り、そういう事である。

 森林地帯から生還を果たしたユキ、結花、ニナの三人は早瀬と稲葉に保護され、稲葉の車で新国道を使い、危険地帯を迂回する形で新市街地に入り、三咲組に戻ってきた。

 一鉄と鐘観、一葉、野嶽は榊神社にいたのでそちらに向かおうとしたのだが、ニナを榊の御神木に近づけることでの影響を考え、三咲組での集合となったのだ。

 一鉄と野嶽らが戻った後は、ユキは着替えだけを済ませた状態で報告に忙しかった。

 野営訓練を優先し、ニナ捜索を行っている事の詳細を聞かされていなかったユキは驚くばかりだったが、無事の帰還を喜ぶ仲間たちにも揉みくちゃにされる事で疑問はうやむやの状態だった。


 ニナは森林地帯を抜ける前に気を失ったきり三咲組に戻るまで目を覚まさなかったが、極度の人見知りであったらしく、目を覚ましてからも結花の元から離れなかった。

 本人からも詳しい事情を聞こうと試みたが、本人も消耗し混乱していることから藍沢からの連絡を待ち、落ち着いてから聞こうという事になったのだ。二日後に藍沢からの連絡がある事を聞いたニナは安心したようで、ようやく緊張を解きつつあった。

 そして廃墟地帯で遭遇した暴徒たちと軍が繋がっているという事もユキを驚かせた。

(こんな事してていいのかな……?)

 ユキは思うのだが、整えられる宴の席と仲間たちの安心した顔を見て何も言えなくなってしまった。

「今は楽しめ! 心配事は皆で取り組むもんだ」

 田羽多はユキにそう言い、良く戻ってきたなと労う。

 負傷し、手当ての跡も痛々しい野嶽は怪我をおしての参加だが、ユキを見て満足げに一度頷いただけで何も語らなかった。

 野嶽の言葉が無ければ生存を諦め、ニナはもちろん結花も救えなかったと思うユキは野嶽に礼を言いたかったのだが、何も語ろうとしない野嶽に気持ちを伝えることができずにいた。

 そうしているうちに、支度が整ったと呼ばれ事務所から三咲家リビングに移動した面々は、一鉄の表情で事の重大さを悟る。


 ついで扱いにされたユキはさておいても、テーブルの上のスプリガンすら裸足で逃げ出すオーパーツの数々によって、場の空気は地下空洞を凌駕すほど淀んでいる。

 一人、状況を理解できないニナだけは、きょとんをした表情で結花の隣に座っている。


 昼間垣間見たのとは全く違うギラつきを見せる早瀬の目は、田羽多を見据えている。

「……田羽多さん、約束が違うじゃないですか」

「一葉ちゃんが榊で作ってきたんだよ! 俺は知らなかったんだ!」

小声でやり取りする早瀬と田羽多。


 負傷している野嶽は入院を勧められている身という事もあり、テーブルは囲まずにゆったりと座れる一人掛けの席にいた。

 そして今まで見たことが無いほど済まなそうな表情で皆を見ている。

「……皆、済まないな。俺は体がアレだしな。障るとアレだからな……」

(こんな野嶽さん見たことない!)

 一葉以外の全員が似たようなことを考えていたに違いない。


「さあ! 皆遠慮しないで食べて食べて!」

 一葉に悪気は一切ない。その笑顔が物語っている。

 何故か全員が一鉄を見る。一鉄は遠い目で視線を壁から遥か外に貫通させながら、ここではない何処かを見ている。

 たまりかねた稲葉が口を開く。

「ど、どうしたんだよ野郎ども! ノリが悪いぜ? せっかくの一葉ちゃんの手作りだろうが、幸せを噛みしめながらいいだけやぁ!」

 稲葉は唐揚げっぽい何かを摘み上げ、口に放り込んだ。


 それはもう、男らしかった。愛の力を感じる。

稲葉は一瞬止まる。

 しかし、再び動き出す。メガネの下の目を血走らせ、次々に唐揚げっぽい何かを頬張る。


その姿はまさに餓狼――今彼は一匹の餓狼と化している。


 七個目の唐揚げっぽい何かを口にした稲葉は再びその動きを止める。喜怒哀楽を凝縮したように表情を次々に変え、そして呑み込み、賢者のごとき達観した表情で その場にいる人間たちの顔を見る。

 その場にいるニナ以外の全員が、感嘆の吐息を漏らす。

「おお! コタローいい食べっぷりだねぇ! そのコロッケ自信作だったんだよ。皆もほら!」

(コロッケ!)

 コロッケというの揚げ物である。当然だが、揚げる工程の前に『整形』という工程がある。対して唐揚げという物は一般的に不定貫である鶏肉をある程度等分に切り分け、味付けしたものに衣をつけて揚げる。

 何故だ。何故見間違える。

「形だけじゃあないんだぜ」

 疑問を持った全員の思考を見透かしたような稲葉の言葉に絶句する。

「稲葉さん。俺、今はじめてあなたを尊敬しているかもしれません」

 ユキが稲葉の雄姿を讃える。


「ほーら。どうしたんだよ皆! 冷めないうちにどんどん食べてよ!」

 一葉に促され、野嶽を除く全員が箸を手に生唾を呑み込み、古強者である鐘観すらも少し震えているように感じる。


 ユキは見た事のない形状の食材の煮つけに手を出してみる。

 山菜か何かだろうか、三又に分かれた穂先と逆側に伸びる一本の茎、と思ったユキの思惑を一葉の一言が粉砕する。

「お! ユッキーそのエビフライも自信作だよ。活きのいい海老があったからさ」

 ユキは無言で箸に挟まれたそれを凝視する。

(海老……!)

 煮つけだと思っていたそれが一般的には卵と小麦粉でできた衣にパン粉を付けて揚げたものだというのならば、まず形状がおかしい。ユキは頭の中から海老と自らの箸に挟まれた物体と符合する生物を見つけ出す。しかし頭に浮かんだのはサソリである。

 サソリと言えば実際には見たことはないが、両手がハサミになっていて尾には毒針を持つと言われている、悪意の塊のような姿の甲殻類のふりをした蜘蛛の一種だったはずだ。

「ユキ、海老を使ったと言っているなら、少なくてもそれば海老だ。うちの冷蔵庫には確かにあったんだ。今晩刺身で食おうと思ってた海老がな!」

 小声で教えてくれる鐘観。

 この時代、内陸部で刺身で食べれるような海老などは高級食材だ。それをあえて揚げてしまうという暴挙は、破壊と創造を思わせカリスマ性さえ感じる。

(なんてことを……!)

 海老への鎮魂の意を込めてそれを口にするユキ。

 辛さと苦みを感じる。というかそれ以外感じない。

(何処にある? エビフライに辛さと苦み! 何処から出た? この煮汁!)

 ユキはよく考え真面目な分、こういった場面こそ弱点だろう。

 舌に広がる味覚と言う名の阿鼻叫喚に、記憶の中にあるエビフライとの符号点を更に求めて旅に出る。

 田羽多は今日も水がぶ飲みでユキを憐みの目で見る。


 何も知らないニナは、おぼつかない箸遣いでテーブルという名の大海原に無邪気さの観測点を打ち込もうとしていた。

 それを無言で凪の海に押し留める結花。結花は自分が独占している皿をニナに分け与える。

 それはサラダと言う名の非戦闘海域だった。

(その手があったか!)

 刻んで洗っただけの野菜という常夏のリゾートアイランドめがけ出航するパイレーツの航路は、ポセイドンの槍によって絶たれる。


「ニナは何日も山の木の実しか食べてないんだよ」

 酷く同情を誘うトーンで呟くように言う結花。

 うっ、と詰まる一同にニナも止めの一言。

「おなかがすきました」


 伸ばされた箸は勢いを失い、サラダボールの手前にあった円をかたどった島に漂着する。

 疎らに薄い焼き目のついた円形の物体。上にはタコの足やイカの切り身のような物に紛れ、アスパラの穂先や肉の塊が乗っている。

(ピザ……? いや、お好み焼きじゃないのか?)

 箸を持つ面々はそれぞれに思惑を囁き合い、ピザカッターやソースを探す。

「あ、その餃子は味がついてるから、そのまま食べてね」

 一葉の一言で再び視線を円形の物体に戻す。

 よく見れば恐らくは、フライパンの中央から放射状に敷き詰められ、焼き加減を見誤ったのか、そのまま皿に移されようとしたがくっついて難航し、力づくで剥がされて今に至るという、調理する一葉の姿が目に浮かぶような一品。

(具が……! 具がおかしい!)

 一体化して多重構造となったアーキテクチャは理解できても、中に入っていたとされながらも姿を晒す内容物との整合性は見当たらない。


 このあたりから酒の入っているメンバーは心を捨て、一心不乱に料理を口に運ぶ。

「おおー! 調子出てきたじゃない皆!」

 テンションがおかしなことになり、妙な盛り上がりを見せる中、いつの間にかニナを挟んで一葉と結花が座る形になっている。一葉は既に少し顔が赤いようだが、 一鉄に似たのか一葉も酒豪のため、まだまだいけるという感じだ。

 一葉はニナの人形のような容姿がいたく気に召したらしく、しきりにかわいいかわしいと撫で繰り回すが、ニナも一葉にはされるままにしている。

 ニナを思う存分愛でながら一葉は結花と話している。

「巻き込んじゃって悪かったわね。無事に戻ってきてくれて安心したよ」

「いいんだよ。私もノリノリで行っちゃったし、私が崖から落ちたのが発端なんだし」

「大した怪我もなくて良かった」

「うん、ありがと。でもユキは肩に怪我しちゃったんだ。ずっと私を守ってくれてたから」

「本人も言ってたけど、大した事はないよ。それに応急処置もしてくれてたしね」

「ユキには本当に助けてもらっちゃったよ……」

「ん? なに? もしかして仲良くなっちゃった? 必要以上に?」

 急にニタニタと結花を見る一葉。

「何だよそれ。何にもないよ。ただね……」

「どうしたどうしたー?」

 結花は改まった口調で冗談めかせて言う。

「私、相当な大ピンチだったにもかかわらず、ユキの反応に不謹慎にも萌えてました」

「あー……そういうのは、おねぇちゃんよくわかんないな」


 膝を叩いて笑い合う二人だったが、さて。と呼吸を置いて結花はニナを連れて立ち上がる。

一姉かずねぇ、お風呂借りるよ。ニナをお風呂に入れてあげないと」

 ニナは気を失っていたため、食事前に手と顔を洗っただけで、森から出た時のままなのだ。

「ああ、悪いね。着替えは置いておくから、頼むね」


「うーん! ニナって本当にかわいいねー!」

 一葉はニナの頭を無造作に撫でまわし、着替えを取りに行くのかリビングを出て行く。


 人見知りのニナは結花に隠れるように寄り添って離れないが、一葉は全く遠慮なくニナに接するため、ニナも一葉に対しては警戒を解きつつあるようだ。

 そして初対面であるにも拘らず、野嶽にも警戒を解いていたように思う。

 ひょっとすると野生的な、この場での強者をかぎ分けての事なのかもしれないが、一葉には、触れられるのにも拒絶はしない。撫でられて乱れた髪のまま、結花とリビングを後にした。


 先ほどからニナを見つめ、能登が何やら興奮している気がするユキ。


読んでくださった方がいましたら、お付き合いありがとうございます。

後編も本日中の投稿を予定しています。

後編も相変わらずこんな内容ですが、よろしければご閲覧お願いします。

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