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 ユキの目覚めを喜ぶ結花。

 御神木のもと、それを見つめる牡鹿と狐に保護された正体不明の少女 ニナ。

 先ほども気だるそうに結花の名を呼んでいたが、少女はふっと体制を崩し、牡鹿にもたれかかる。

 姿勢を低くしてそれを支える牡鹿と、心配そうに傍らに駆け寄る狐。


 ユキはハッと我に返り、結花の上着を拾い、着るように促して手渡す。

「結花、いろいろ聞かせてほしいんだけど」

「うん。そうだね」


 ビル倒壊後、崩れる瓦礫の危険と暴徒を避けるため離れるように転がった後、川に落ちてしまったユキは気絶してしまった結花を助けるため泳ぎながら結花を抱え、バックパックの浮力で流れに乗っていたが、岩に激突して体勢を崩し流木で肩を負傷。

 バックパックも外れてしまうが、どうにか浅瀬まで辿り着き、河原に結花を引き上げたところで意識を失ってしまった。

 その後は結花が傷の手当をし、痛めた足をおして目の前だった森林地帯まで辿り着いた。

 森林地帯の深部にいざなわれ、ご神木のもとで動物たちに守られながら数日前からそこにいるという少女と出会い、今に至る。という事だった。


 結花は少女が数日間も一人でここにいたことに驚いたが、少女は動物たちが持ってくる木の実を食べて過ごしており、近くに湧き水もあった。

 目を覚まさないユキを心配していた結花は狐に案内され少し離れた湖で体を洗い、帰ってきたところでユキが目を覚ましたそうだ。


 いきさつを話してくれた結花は、疲れのせいか顔色が優れず辛そうだ。

「結花かなり疲れてるんだな、少し休んだ方がいい」

「ありがとう。でもね、そういうわけにもいかないみたいなんだ」

「どういうこと?」

 二人が話している間も少女は酷く疲れているらしく、隣に座り込んだ牡鹿の首に縋り付いている。

「あの子ね、ニナって言うんだって」

「そうだ、あの子は一体?」

「詳しくはわからないよ。でもあの子を早く森から出してあげないといけないんだ」

「理由がありそうだね」

「うん。御神木に関係があるみたい。多分あの子はご神木の意識みたいなものに影響を受けすぎるんだよ」

 ご神木の意識などと言う言葉は、普通なら鼻で笑われてしまいかねないが、榊神社も目の前のご神木もそうだが、間違いなく特別な力を持っており、それに意識があるというのなら納得してしまうのだ。


 榊神社のものは周囲を清浄に保ち、そこにいる人や動物たちと共存しているように感じたが、今いる森林地帯はそうではない。この草原だけらしき明るさも、ご神木が月の光を集めて輝いているように感じる。そしてこの動物たちも明らかに普通ではない。


 考えるユキの顔をじっと見つめる狐。

 艶めく黄金の毛並みと長く広がる尾は野生動物とはとても思えないほど美しく、穢れを感じない。ユキを見つめる瞳まで黄金色に輝いている。


「早くニナを森から出さないと、御神木は無制限に力を使って、動物も不眠不休でニナを守り続けるんだ。このままずっと放っておいたら、御神木も森も動物たちも皆死んじゃうよ」

 言いながら結花もふらふらと上体を揺らす。

「結花! 大丈夫か?」

 倒れそうになる結花の身体を抱きとめて支えるユキ。

「……わたしもね、うちにご神木があるせいかな? ニナの近くにいると影響受けちゃうみたい。あの美人の狐さんに湖に連れて行ってもらった時は随分楽だったんだけど、ここにいると動物の意識まで流れて来るんだ」

 それを聞いて言葉が出ないユキ。

「みんなニナを助けたい一心で、嫌な感情じゃないからまだいいけどね」

 そう言う結花は明らかに疲れた表情を見せる。


「つまり二人ともこの森を早く出て行かないと困るんだな?」

「うん……そうなんだけど――」

 結花が言い終わる前に結花に声をかけるユキ。

「ニナ! 一緒にここを出よう!」

「……嫌です」

「二人が森を出ないと、みんな困るんだ。家まで送って行くよ。一緒に帰ろう」

 辛い顔をしながらも首を振って拒否するニナ。


「わたしもユキが目を覚ましたら一緒に出ようって言ったんだけどね」


「ニナ、どうして出たくないんだ?」

 ニナは顔を背けて鹿の首に抱き付つたまま、イヤイヤと首を振っている。


「影響を強く受けてる分、一番辛いのはニナのはずだよ。もう何日もだし。早く出してあげないと本当に倒れちゃう」


 確かにニナは疲労困憊している。

 数日ここで寝泊まりしていたとしても、環境も良く食料もあった割に衰弱が激しいように思う。

「ニナ、お願いだ。このままじゃニナももたないぞ」

「嫌です」

 狐が慰めるように尻尾でニナを撫でる。

「ニナ、頼むよ。どうして出たくないのかだけでも教えてくれないか?」

「博士が来てくれないと、出たくありません」

 結花を見るが、結花は首を横に振る。

「ニナ、教えてくれ。博士ってどこにいるんだ? 俺が連れて来るよ」

「無理です」

「無理でもなんでも、俺が何とかする!」


 そこまで言い切るユキにようやく目を向けるニナ。

「博士、私の国に行ってしまったんです」

「外国か……どこなんだ?」

 この時代も国交はあり、飛行機も船舶もある。しかし定期便はなく、特別な事が無い限り外国に渡航することはできない。


 いつか耳にしたことがある国の名前を口にするニナ。しかしユキは国の名前は聞いたことはあるが、位置や距離などわからない。

「ずっと西の国だね。何千キロも離れてるよ」

「わかるのか結花?」

「ユキはもう少し授業に出た方が良いと思う」

西方ここの衛星画像なら頭に入ってるのに……!)

 心で負け惜しみを言うユキ。


 一般的に諸外国との交流が無くなってしまったこの時代に、世界地図を把握している必要はないと思い、興味も示さなかった事を後悔する。


「その国の場所とか距離とか、そんなことは俺には分からないけど」

 真剣な顔でニナに訴えるユキ。

「二人を助けたいんだ。俺にできる事なら何でもする! 一緒にここを出てくれ!」

 必死で訴えるユキの姿に、さすがにニナと一緒に牡鹿と狐もユキを見つめる。


 酷く疲れた声でニナに質問する結花。

「何ていう名前なの?博士は」

「藍沢博士。藍沢あいざわ 英穂えいすいと言います」

 次の瞬間、あははと笑いだす結花。

 ユキは何故結花が笑うのか全く分からず慌てる。

「結花?」

「そっかぁ、藍沢のおっちゃんかぁ。うん! 大丈夫だよニナ」笑顔で一人納得している結花。

 ユキとニナは結花を見て言葉がでないが、ニナは期待に満ちた目で結花を見つめている。

「本当ですか? 結花さん」

「うん。ホントホント。おっちゃんが昔西方こっちに住んで研究してた時によく遊びに行ったよ」

「でもそれだけじゃ……」

 疑問を投げかけるユキに結花が答える。

「心配ないよ。だって一鉄のおっちゃんの仲良しだもん」

「確かに。それなら大丈夫かも」

 並ならぬ人脈と人徳を持つ一鉄の知り合いなら、とユキも納得する。


「イッテツ! 聞いたことがあります!」

 ニナも目を輝かせて声にも生気が戻ってきた。


「私も協力できると思うよ。ニナ、みんなが辛いの充分わかってるよね? 私たちと森を出よう!」


結花の言葉を聞いたニナは狐と牡鹿に抱き付く。

「ごめんなさい!」


 その言葉を聞いた狐と牡鹿はそれぞれに別れの挨拶をするようにニナに頬ずりしてから立ち上がる。

 ユキと結花をしばし見つめた後、草原を囲む森へと別々の方向に駆け出し姿を消していく。


 ニナはいつの間にか小さな体をいっぱいに広げ、御神木にも抱き付いて目を瞑っている。

「ありがとう。ごめんなさい」


 ニナが言うと辺りは緩やかに、しかし一斉に変化を見せる。

 今までほんのりと明るかった周囲は太陽に厚い雲がかかったように暗くなっていく。

 それに呼応するように、ユキが目覚めてから一切感じなかったため意識していなかった、風に揺れる木々の葉と草の祖擦れる音、虫の声が聞こえてくる。

 同時に今まで姿は見せずそこにいたのであろう小動物たちが、御神木の周りの森から移動していく音。

 山の方々からはニナに別れを告げるように様々な動物たちの鳴き声が木霊に乗る。

 結花は先ほどから感じていたであろう御神木の影響から解放されたのか目を瞑って深く息を吐き体の力を抜く。

 ずっと抱き起し支えていたユキの腕に重さが伝わってくる。

肩は痛むが、ユキもその顔を見て安心した。


 ニナはもっと辛かったのだろう。御神木に縋り付いたまま力なく崩れ落ちる。

「ユキ、ニナをお願い」

 結花は自分で体を起こし、ユキにヘルメットを手渡す。

「わかったよ」

 ヘルメットを受け取り、装着したユキはニナに駆け寄り抱き起した。

 心配したが、疲れて眠っているだけに感じたユキはそのまま軽いその体を抱きかかえて立ち上がる。

 見渡すといつの間にか草原の周りを取り囲んでいた草花が一部開けており、森の外に通じているであろう道がぼんやりと明るく見えている。


 結花の隣に立ち、その不思議な道に足を踏み出した瞬間、ほんの微かな風切音と共にユキの右肩には大鷲、結花の左肩に灰鷹が同時にとまる。

 ユキは驚くが、驚くこともしない結花の表情を見て、安心したように前に向かって進み始めた。

 腕に抱きかかえられたままのニナを見て、この不思議な体験との関係を考えようとしてみるが、考えても無駄だとすぐに諦めた。


 奥へ進む途中、結花の立つ道の左側に大きな黒い影が動いているが目に入る。

 目を凝らして見るユキは、それが熊だと分かり、驚いて足を止めるが、事もなげに結花が言う。

「大丈夫。あの子はジュリエットだから」

 熊は口に林檎を一つ、大事そうに咥えたまま森の木々をスルスルとかわしながら進んでいる。チラリとこちらを見たが、見送るようにこちらに少し視線を残し、後は何事も無かったように森の深部へ消えて行った。


 どれくらい進んだのだろうか、二人の行く手にはライトの光が見え、ヘルメットからは稲葉と早瀬の声が交互に聞こえる。

 そのころには二人の肩にとまっていた鳥たちは跡形もなく姿を消し、ほんのりと明るかった道は足元も見えない暗い道に変わっていた。


 ハンドライトをこちらに向け、手を振る稲葉と傍らで無線を手に応答している早瀬が見える。


「話して信じてもらえると思う? 結花」

「全部言う事はないんだと思うよ。私たちの秘密でいいじゃない?」


 こちらを見ずに小さな声でそういった結花は、稲葉に手を振りながらこちらに首をひねりにやりと笑う。


「大冒険だったね」

(あ、それで済ますんだ)


 ユキはなんだかおかしくなって笑ってしまう。



後半パートになります。

ご閲覧いただけた方、ありがとうごさいます。

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