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ヘルメットを脱いでいた兵士は足音を聞いて小さな悲鳴のような声を上げながらヘルメットに飛びつき被ろうとするが、全く上手くいかない。
部屋の入り口に素早く飛びつき身を隠す早瀬。
(足音は3人)
兵士はまだうまく被れていないヘルメットがズレているが、構わず銃を手にする。
一人が部屋の入り口に見えた途端、嬌声を上げて発砲する兵士。
最初の一人は兵士の弾を数発被弾し倒れるが、それを押しのけて猟銃を持った男と拳銃を持った大男が部屋になだれ込んでくる。
潜んでいた早瀬に気づかなかった二人は、既に交戦状態にある兵士に向かい発砲する。兵士は横に飛び退きながら発砲したが、猟銃の男は被弾しながらも応戦し、兵士も被弾する。拳銃の大男は部屋に入った後、背後に回り込んだ早瀬の左腕で後頭部を殴打され既に倒れていた。
倒れた気配で猟銃の男が早瀬に気づくが、振り返る前に背後から肩甲骨を正確に撃ち抜かれ猟銃を落とし、首投げで床に叩きつけられる。直後に胸の中央を勢いよく踏みつけられ口から泡を吹いて動かなくなった。
兵士はもう動かない。兵士が被弾したのは頭部だったのだ。
ヘルメットは防弾だが、この距離でなくても正面から被弾すれば何の役にも立たない。兵士のバイザーは砕け散っていた。
最初に兵士からの被弾を受けた暴徒は生きていたのか姿が見えないが、ただでは済んでいないだろう。
追えば止めを刺せるだろうが、早瀬は泡を吹いている男から無線取り上げ、無表情で部屋に残る銃を回収し窓から部屋を後にする。
部屋から出た早瀬は周囲を警戒しながらユキに無線を送るが応答は無かった。
早瀬は遭難信号受信用のレシーバーを確認して驚く。
(移動している!)
ユキの遭難信号は倒壊したビルから北東に移動していた。
早瀬が腕のセンサーで方位を確認し、北東を見るとそこには木に覆われた小高い山に、特徴的な塔状の建造物が見えていた。
早瀬は北東に見えるユキの遭難信号を追うため移動を開始する。
周囲を警戒しながら三咲組に残る田羽多に無線連絡し、兵士からの情報を掻い摘んで手短に伝える。
「社長にも危険が及ぶ可能性があります。どうにかして連絡を付けてください」
山口の第三班は一鉄とは別行動を取って廃墟地帯に向かっているはずだが、地上に出れば合流するはずだ。何とか知らせなければならない。
連絡を終えた早瀬はヘルメットの無線で再度ユキに無線を送るが、相変わらず反応が無い。
受信用レシーバーの反応は更に移動している。いや、移動しすぎている。
(なんだこれは?)
短時間の間に遭難信号は前に見た位置からは大きく北西に移動していたのだ。
――(まさか!)
衛星画像の記憶を辿り地形を思い出す早瀬はそこに川が存在していた事を思い出す。
早瀬はレシーバーを確認しながら最初に信号を見た地点へ向けて足を速めた。
――水の流れる音がする。
結花は小さな呻き声を上げながら目を開いた。
(ここ……どこだろう)
頭を起こそうとするが、見えるのは生い茂る雑草と角の取れた石ばかり。
耳には絶え間なく水の流れる音。腰から下は今も流れる川に浸かったままだ。
結花は川辺の石の上にうつ伏せで倒れている事に気づく。
(体中痛いよ……)
身体を起こそうとしてユキの腕が目に入る。
隣を見て呼吸が止まるほど驚き、全身の痛みも忘れユキの身体に縋り付く。
息はしているがユキは結花の隣に倒れ動かない。
「ユキ! ユキ!」揺さぶってみるが、ユキの身体は結花の力で動くであろうと思う以上に揺れ動き、更に身体に触れた感触に再び息を飲む。
ユキのスーツは左肩に裂け目ができており出血していた。
(どうしよう……どうしよう!)
急激に頭に流れ込む『しなければならない事』に思考は全く追い付かない。
(て、手当て! 手当しないと!)
震える手を強く握って黙らせ、辺りを見回すがユキのバックパックは背中にもユキの身体の周りにも見当たらなかった。
すがるような思いで下流まで辺りを見て回り、ようやく浅瀬に流れ着いているのを発見する。
(良かった!)
結花は足の痛みに身を竦めるが、足を引きずり倒れ込みながらもバックパックに近づく。
(……いつもこんなの持ってるのか)
どうにかバックパックを引きずりながらもユキの元に戻るために歩く。
バックパックは防水処理されており、水が入るような傷も無い。結花は重さで更に足を引きづりながらもどうにかユキの元に辿り着く。
傷はそれほど深くないようだが、10㎝ほどの裂傷がある。
結花は意を決した表情だが、目に涙を浮かべながらバックパックをひっくり返す勢いで物色し、医療キットを見つけ出す。
震える手で開け、何か役に立つものは無いかと中を確認すると創傷被覆材を見つけた。
(これだ!)
ナイフで傷の周りのスーツを切り取り、水筒の水で傷を洗う。
水を拭き取った後、ありったけの被覆材を貼り付け、ガーゼがもうない事に気づく。
迷わずジャケットの下に身に付けているフード付きのフリースをまくり上げ、その下に来ているシャツの一部をナイフで切り込み手で引き裂く。
被覆材の上にあてがい、その上からきつくテーピングを施した。
血は滲んでこない。止血はどうにかできているようだ。
結花は改めて周囲を見渡す。
川は大きくない。下流だからだろうか。もう廃墟地帯ではなく、林が見えている。
立ち上がって見ると上流の方角に市街地が見える。
結花の弓と矢束は既になくなっている。今襲われれば抵抗は一切できない。
ここも安全ではないかもしれないと考えた結花はユキの右肩を自分の肩に掛け、移動を開始する。小柄に見えても鍛えられたユキは結花一人で運ぶにはかなり重い。
仕方なくバックパックは置いてゆくことにした。
(ユキ、頑張って!)
いつの間にか日は傾き、辺りは暗くなり始めていた。
ユキを担いだ結花は足の痛みに耐えながら林に向かって行く。




