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地下鉄道停留所跡地から抜け出すことができたユキは結花を伴って瓦礫の陰に身を潜める。
少しでも周囲の情報を集めるために瓦礫から見える範囲であたりを伺う。
廃墟地帯にはあまり詳しくないユキは、ここが何処なのかわからないのだ。
廃墟地帯と森林地帯、いずれにも言えることだが危険地帯で現在地を見失うのは自殺行為にも等しい。早く現在地を把握しなければと焦るユキ。
検問付近ならば、入り口の正面にある朽ちかけた鉄塔が目印になるのだが、どちらを見てもそれらしきものは見当たらない。
残念だが少なくても検問の近くでないことだけははっきりした。
衛星画像を思い出そうとするが、情けないほど思考が定まらず、記憶を呼び出すことはできそうにもなかった。
やはりここを離れて身を隠すのが先決のようだ。
声が聞こえなくなった方が見えるように慎重に瓦礫から頭を出す。
外観がひび割れだらけだが頑丈そうな造りの大きなビルが見える。声はここからだったようだ。
まだ人がいるかもしれないと思い、そのビルから死角になるように瓦礫をいくつか経由して移動する二人。
軍の車両を探すが、遠くに移動してしまったらしくエンジン音は聞こえない。
ヘルメットの無線では既に届かないだろうが、かといってバックパックから無線を取り出している場合でもない。
慎重に周囲を伺いながら瓦礫を渡り歩き、一階が駐車場になっていたらしい小さなビルに差し掛かった時、再び話し声が聞こえた。
無線で話しているのか、雑音と怒鳴り声の独り言のような声だ。
仕方なく結花の手を取り目の前のビルに入ってみる。
一階にいては危険と思い、すぐに2回の階段を目指す。
声が聞こえた方に窓がないか探すが、家具がバリケードのように無造作に積み重ねられ、移動もろくにできない状態だった。
手近なドアノブが取れかかった個室に滑り込むと、破損してスプリングや中綿の飛び出した汚いベッドのマットレスが投げ出したように床に敷かれている。
一瞬何者かが寝泊まりしている場所かと思い青ざめたが、そこには血液が変色したような黒い染みが点在し、マット自体にもガラス片が突き刺さっていた。
さすがにここで寝るような人間はいないだろう。
部屋には他に扉の壊れた重そうな木製のキャビネット、完全に壊れた棚やぼろきれや、辞書の様な重そうな本が無造作に点在するだけで何も見当たらなかった。
バリケードを作るために重そうなキャビネット以外の目ぼしいものは運び出されたのだろう。
部屋には無線で話していた人間の方角に窓があった。音をたてないように近づきガラスのない窓枠から階下を伺う。
窓からはビル裏手に雑草が埋め尽くすように繁茂した空地が見え、そこには身を潜めるようにしているボロボロの汚れたジャケット姿の男が見えた。男は右手で無線を持ち、左手には猟銃を握っている。
明らかに正規の許可を受けて危険地帯にいる人間ではない。
どうやら単独のようだが、やり過ごすには別の出口から出るか、ここに身を潜めて隙を伺うかだろう。
この状態ならば交戦の選択肢は無い。相手は無線まで持っている。勝ち負けの問題ではなく、確実に生存率が下がるだろう。
不安そうに身を寄せてくる結花。
(しっかりしないと)と思い、視線を前に向けると、視線の先にはビルの陰から小高い山
――森林地帯が見える。恐らく1㎞以上先だろう。
その山にはどこかで見覚えのある特徴的な形の塔状の建物が見えた。
衛星画像に映るその建物に興味を示し、野嶽から聞いていたのだ。
その建物はもういつ倒壊してもおかしくない危険な状態らしい。しかしその存在のおかげでユキは現在地を把握する事ができた。
(あれが見える位置なら大体場所がつかめるぞ)
方位を確認しようとしたユキの思考にヘルメットからのノイズが割り込む。
「……キ! 応答……」
ノイズに紛れて聞き取りにくいが知っている声だ。
屋外には重く響くエンジン音。軍の装甲車がこちらに戻ってきているようだ。
階下の暴徒と思われる男はエンジン音に反応して急ぎ足で移動を始める。
まさかと思うユキだが、悪い予感が的中する。
暴徒からしても、ユキと結花の居るビルが一番手近だったのだ。
先ほど入ってきた入り口から侵入する男の足音が聞こえる。
一人ならば窓から飛び降りる事も出来たのだが、足を痛めた結花には無理がありすぎる。
別の方法を求め部屋を見渡すユキだが、身を隠せるような家具は部屋にはない。
足音は階段を急ぎ足で登ってくる。
選択肢が無かったとは言え、まともなドアの無い部屋に入ったのは失敗だったかと思うが、時間が無い。音を立てないようマットレスを部屋の角に立て掛け、壁との間に結花を隠す。
口を堅く結び不安そうに身を縮める結花を落ち着かせながら指示をだす。
「結花、絶対に出てきちゃだめだ。見つかったら装甲車まで全力で走れ!」
返事は聞かずにその場を離れる。
何とか結花の姿を隠すことはできたが、刺さっていたガラス片が床に落下して音が鳴る。
音に気付いたのだろう。足音は警戒のため歩みを緩めているが、確実にこちらに近づいてくる。
ヘルメットからは雑音に塗れながらも聞こえる声はもうはっきりと早瀬のものだと分かる。
漏れる無線の声で気づかれる可能性があるため、一度無線の電源を切るユキ。
ドアは開けたままの状態だ。今更閉めてももう遅い。部屋の入り口に身を寄せホルスターから銃を抜くユキ。
崖で野犬に襲われたとき、発砲をためらって結花を危険に晒し、自らも腕に負傷したことを思い出しながら安全装置を解除する。
(やりたい、やりたくないの問題じゃない!)
足音はユキが身を寄せる壁のすぐ向こう、何秒か先には男の姿を見ることになるだろう。
心臓の音は無視し、息を吸い込み銃のグリップを強く握る。
暴徒Aが現れた!
コマンド?
▶たたかう




