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 軍の装甲車のものと思われるエンジン音はもう聞き取れないほどに遠ざかっている。

 ユキは脱出の足掛かりを見落とさないよう集中して周囲を見渡す。


 大きな亀裂が縦方向に走る壁からうっすら光が差し込んでいるのを発見する。

すがる思いで近づいてみると、正面からは見えなかった大穴が瓦礫に隠れていた。


「結花! こっちだ!」

 結花を近くに呼びつつ、崩れた壁在や鉄材を放り投げて大穴を広げる。どうにか潜れそうなスペースを確保してバックパックを降ろす。


「俺が先に出て外を確認するから、呼ぶまではここにいるんだ」

 言い置いて穴の外の様子を伺う。


――爆発音は聞こえない。エンジン音も、既に遠くで響くのがやっと耳に聞こえる程度だ。


 穴から頭をそっと出し、周囲を確認するが、人の気配は無く、焼け焦げるような匂いが砂埃に乗ってくるだけだ。


 人の気配は無い。思い切って足から滑り込むように外へ出る。

 穴からバックパックを引きずり出しながら結花にも出るように指示を出す。

 結花が出てくるまでの間、ヘルメットの無線機で応答を呼びかけるが、無線からはノイズだけが聞こえる。

 外に這い出てきた結花を引き寄せ、瓦礫に身を寄せる。


 もう一度通信を試みようとしたとき、数人の男の声がかすかに耳に入った。

 何を話しているかはわからない。しかし、ユキと結花が身を隠す瓦礫の向こう側には間違いなく何人かの人間がいる。


 希望的観測がいくつか頭をよぎるが、直感が全て否定する。

(軍じゃない。……見つかってはいけない人間だ)


 心臓は内側から胸骨を激しくノックするように脈動する。

 結花を動揺させないように顔を見ながら自分の口の前に来るように、人差し指をヘルメットに押し当てる。

 指と言うよりも肘から先が全て震えているような気さえするが、構ってはいられない。

 結花を後ろに控えさせた状態で音を立てないよう、慎重に後退し、瓦礫の反対側に回るように移動を開始する。


 こちらに気づいていないらしく、早口で何事か話しながら声は遠ざかって行くが、状況は殆どわからない。

 とても安心はできないが、それでもここに留まっていられないというのは間違いない。

 とにかく身を潜める場所を探さなければと再び移動を始める。






 早瀬を乗せた装甲車は瓦礫を避けながら地下鉄道停留所を迂回し、暴徒を探す。

 助手席の兵士が数名の男を発見したらしく装甲車は再び加速する。

 無線でユキを呼ぶ早瀬は運転手に向かい叫ぶ。


「停留所からあまり離れないでくれ! 遭難信号を受信した!」

「無茶言うなよ! 攻撃されてるんだぞ!」

「任務は捜索のはずだ! 戻ってくれ!」


 装甲車の車内には連続した着弾音が鳴り響く。暴徒が数名で装甲車に銃撃を仕掛けてきたようだ。

 挑発するようにビルの陰に隠れながら攻撃する数名の暴徒に減速しながら近づく。


「今は無理だ! 排除したら行ってやる!」

「任務を投げ出したような奴は黙っていろ!」


 口々に誹り言を叩きつけながら装甲車後部ハッチを開き、三名の兵士が飛び出だす。


 助手席の男に発見された数名は兵士が出てきたのを確認すると散り散りに逃げてゆく。

 後を追おうと兵士が移動を始めると装甲車のすぐ後ろの建物の陰から二人の男が躍り出る。


(初めから車両を奪うのが目的か。向こうの方が上手じゃないか)

 車内に残っていた早瀬は銃を抜き目前に迫る男に銃口を向けながら素早く移動を開始する。



 運転席の兵士がそれに気づき無線で兵士を戻そうと呼び掛け、助手席の兵士は銃を持ち装甲車を出て応戦しようとしたが、数発の銃声の後には膝を撃ち抜かれた男が悲鳴を上げ、もう一人は早瀬の左腕の手甲のような機材で殴り倒される瞬間だった。

 暴徒は既に二人とも銃を持っていない。

 左腕とバイザーに返り血を浴びて立つその姿に、戻ってきた三人の兵士も目を疑っている。

(なんだこれは……いったい何があったんだ!)



「早く拘束して捜索を再開しろ。時間が無い」

 ヘルメットのバイザーの奥の早瀬の目は湧き出すような憤怒に溢れていた。


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