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 ――三咲組事務所

 一葉から軍と同行して廃墟地帯へ向かうよう指示を受けた早瀬は 施錠管理されている重い鋼鉄製の金庫から銃と予備弾を取り出す。


「早瀬ちゃん、早く戻ってこないと早瀬ちゃんの晩飯だけかずちゃんに作ってもらうからな」

 冗談を言っている割に憂えた面持ちの田羽多は装備を整える早瀬に言葉をかける。


「そりゃ、笑えませんね」

 バックパックは持たず保護具付きの付きのホルスターを装着した早瀬は興味なさげに答える。


「やっぱりやめだ! 二人を連れてお前が戻らなかったら全員で一ちゃんの作った飯だからな!」

「何ですかそれ」

小さな溜息をついた早瀬は固い表情ながらも苦笑いする。


「自分が辛い思いをするよりも、大切な仲間が危険に晒される方が辛い! そうだろ?」

 装備とは別に重そうなハードケースを下げた早瀬は無言で部屋を出て行こうとする。


「帰ってこいって言ってんの!」田羽多には珍しく強い口調で言い放つ。

「ちゃんと帰ってきますよ。……ありがとうございます」


 軽く頭を下げて事務所を出て行く早瀬。

 窓から迎えに来た装甲車に乗り込む早瀬を見送りながら心配そうに能登が田羽多に尋ねる。

「田羽多さん、どうしちゃったんですか?」

 能登はもちろん早瀬の事も心配だが、明らかにいつもと雰囲気の違う田羽多も気になった。


 暫く考え込んだ田羽多だが、深い溜息をつく。

「早瀬ちゃん、きっと人の口から誰かに知られたくないと思うからな。俺からは言えない。そのうち能登ちゃんにも話すと思うぜ。早瀬ちゃんがさ」

 顔を曇らせる能登に田羽多が続けた。


「ろくに傷ついたことも無い人間がさ、傷ついてる人間を見て、自分はそいつよりもましな人間だ、なんてな。そんな勘違い野郎だけにはなるなよ」


 能登は黙ってそれを聞き、更に押し黙る。


「悪いな。意味わからんだろうけど、無事を祈ってやってくれ。死に急がんようにさ」

 最後の一言を聞いた能登はそれ以上聞かず、窓の外のもう見えない装甲車を目で追った。




――地下鉄道停留所構内

 空洞は今までで一番の大きさに思えた。大半が瓦礫で塞がれてはいるが、通路の枝分かれも多いようだ。


 最初に地下に降りた時の空洞よりも空気が澱んでいない。

 立ち込めていた嫌な臭いもあまりしない。

(外と繋がっているんだ。地上に出る方法が何処かにあるはずだ)


 枝分かれした通路を見つけては慎重に探索するが、ことごとく瓦礫に阻まれる。



 落胆し肩を落とすユキのライトが、足元にポツンと転がる子供のものと思われる遺骨を浮かび上がらせる。ユキはぎくりとする。

 遺骨にまとわりつく布切れは色はもうわからないが辛うじてワンピースと分かる形状を維持していた。

 ここに来るまでにたくさんの遺骨を見てきた。

 目を伏せて通り過ぎる事しかできない。



 ユキの世代は大災害の事をあまり知らない。

 学校で教えられるのは過去にあった事実としての知識だけだ。


――国土の○○%を失い、人口の約×割を失い……


 失った、失ったと言って莫大な数字やその一部の風景を切り取った画像を提示する。

 それがあった時代を知らない者が、更に新しい世代に伝える。

 意図するほどに痛みを感じることはできないだろう。


 まして、こんな地下で一人、命を落とした少女の辛苦や絶望を、どうやって理解できるだろう。


 言葉にできない感情がユキの胸に去来する。

 その行ったり来たりする感情の中で一つ、今の自分にもどうにかできる事を思い出す。


(俺が結花を無事に連れて帰らないと)

 手分けしたのは失策だったか、と思い結花を探す。


 焦るユキの耳に結花の声が届いた。ユキを呼んでいる。

 声のする方へ急ぐと、結花が先ほど見た瓦礫に埋もれた列車の反対側に立って崩れた通路の奥で上を指さしている。


「ここ! 上に行けそうだよ!」

 結花の元に着いたユキは示された情報にライトを向けて目を凝らす。

 逆からはわからなかったが、列車を押し潰す柱伝いに停留所と思われる施設の上の階に行くことができるようだ。少なくとも現在地よりは地上に近くなる。


「ありがとう結花。何とかなるかもしれない」

「役に立てて良かったよ」いつもの調子とは違う、優しく丁寧な口調。


――意外。

 何だか結花が必要以上にしおらしく思えるのは、まだ訓練を邪魔したと言った件で気にしているせいだろうか。と思いつつ、暗くて良く見えない結花の顔を覗き込 もうとするが、言った結花の方が照れているらしく、今度は必要以上に言葉を荒げる。


「はぁ? 何だよ! 見んなよ!」

「ああ、ごめん。ちょっといつもと調子が違うと思っただけだよ」

 結花の突然の勢いに慌てて答えるユキ。

「……心配してくれたり、励ましてくれたりさ、嬉しかったし、迷惑かけてばっかりだったから、わたしも何かできて良かったって思ったんだよ!」


 焦って言葉を重ねる結花。

 ユキは勢いに圧されるが、元気な声が出ている結花に安心を覚える。

 

 余程恥ずかしかったのか、悪ふざけが出た。

 結花は演技がかった台詞回しで言い放つ。

「別に、あんたのためにやったわけじゃないんだから! 勘違いしな――」

「ああ、そういうのはいいから……」まぁまぁと手で宥めるユキ。

 先ほどまでの心臓を冷たい手で弄られるような焦燥は、今目の前で怒って、焦って、照れて、ふざける、生きた表情に蹴散らされていく。


「んー! ほら、いちゃついてないで早く行くよ!」

(ええ? 今のいちゃついてたの?)

 ユキは心の中で突っ込みつつ、その通りだと気を取り直す。

 可能性のある道が見つかったのだ。一刻も早くここから出なければ。


 ユキは結花も安全に柱に登れるルートを探すことにした。


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