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地下トンネルには二人分の足音と二筋の光が揺れながら進んでいく。
トンネルに入ってからどれくらいの時間がたっただろうか。
足を止め、呼吸が荒くなってきた結花にユキは水筒を手渡すが、結花は首を横に振る。
「まだ大丈夫だよ。もう少し頑張ろう」
結花が弱音を吐かないおかげでユキも救われる。
天井部分が崩れ溝が狭くなっているところが多く結花は辛そうだったが、通路が完全に塞がっていることはなく、どうにか続いていた。
途中何度も白骨化した遺体に遭遇し、その都度結花はすくみ上っていた。
(早く地上に出してやりたいけど……)
つい先ほど通り過ぎた地点には、二人が地下に降りた時と同じような大空洞があり、そこにはやはり同じように地上へ続いているであろう大きな階段を発見したのだが、上ってみるまでもなく完全に塞がっていたのだ。
天井や空洞の壁面の損壊も激しく、その空洞は探索せず素通りせざるを得なかった。
その後今まで北東に向け直線だった溝は北へ曲がり、更に奥へと続いていた。
この溝があとどのくらい続くかはわからないが、今更戻る選択肢はない。
どうにかして地上に出なければ。
(もう随分歩いてきたはずだ)
腕にライトを向け、時間を確認する。歩き始めてから1時間ほど経過している。
(普通なら4キロくらいは進んでいるけど、このペースだと半分ってところか……)
更に息が上がってきた結花を休ませるため安全そうなところに座らせ、水筒を手渡し互いに水分を補給した。
バックパックにある食料の中には屋外でも溶けにくい登山用のチョコレートがある。
一応、結花に勧めてはみたが、断られてしまった。
(無理もないか、ついさっきも遺骨を見たばかりだもんな)
「足は大丈夫?」
「うん。ちょっと疲れたけど、まだ平気さ」
不安そうな顔で視線を足元の闇に落とす結花。
(やっぱり、元気ないな……当たり前だけど)
何も言わないが、結花も地上に出られるかどうかが不安なのだろう、と思う。
元気づけてやりたいが、「がんばれ」「もう少しだ」「元気だせ」どれも無責任な空々しい言葉で、口にすることができなかった。
暗闇で地上に出られない不安の中での行軍は二人の気力をそぎ落としていく。
考えても、何も出てこない。ユキは言葉では何も言ってやれない自分の頼りなさを実感する。
水筒をバックパックにしまって結花よりも先に立ちあがり、左手のグローブを外した。
できるだけ頼りがいのありそうな、大きめのはっきりした言い方を心がけながら結花に手を差し伸べる。
「行こう、結花」
一瞬、きょとんとした表情を見せたが、あははと笑う。
「うん。そうだね」と言ってユキの手を握って立ち上がる結花。
ユキはもう少し早くこうすればよかったと思いながら、結花と手をつないで再び真っ暗なトンネルにライトの光を頼りに挑み、進んで行く。
「もっとよく探してくれよ!」
ボディーアーマー付きのスーツを着込んだ巨漢、鐘観は駐屯軍班長 山口に向かって大声で抗議していた。
ここは野嶽から聞いていた、ユキと結花が居た廃墟地帯と森林地帯の中間点。
二人の捜索のために派遣され、廃墟地帯から装甲車で合流した山口は一瞬うんざりした顔を見せる。
「一帯は完全に捜索しました。これ以上は時間の無駄です」と事務的に突き返す。
鐘観は烈火の如く怒り掴みかかろうとするが、他の兵士に二人がかりで止められる。
武装集団の車両と思われるタイヤの痕跡を見つけ、山口が追跡していたのだが、それほど時間をかけず、早々に戻ってきたのだ。
山口は鐘観の猛烈な勢いに気圧され、尻餅をつく。
「わ、我々はこの地域の捜索を軍から一任されています! 非常時は軍の指示に従っていただきたい!」と虚勢のような大声で怒鳴る。
「おい、班長さん」やり取りを聞いていた一鉄が口を挟む。
「あんたの言ってることは間違っちゃいないが、気持ちも察してやってくれ」
一鉄は鐘観以上の凄みのある眼光で相手を圧倒する。
語勢は荒げないが、重く響く声と憤怒を押し込めた瞳は山口はもちろんその場の全ての人間を黙らせる。
一鉄は睨みつけたまま続ける。
「藤田には、捜索に協力するようにも言われてるんじゃねぇのか?」
藤田とはこの地域を守る駐屯軍の隊長の名であり、一鉄の古くからの馴染みの一人でもある。
藤田の名を出された山口はそれ以上何も言えないらしく、誤魔化すように無線機のある車両に退散していく。
怒りが収まらない鐘観に声をかけ、捜索に戻る。
「こんな事してる場合じゃない。探すんだ」
注意深く探す一鉄は樹木の生えた瓦礫の下が大きく崩れた不自然な場所を見つける。
駆け寄って見ると、崩れたばかりらしく、湿った土がまだ乾いていない。
覆いかぶさる樹木は既に根を露出させてはいたが、倒れてはいない。間違っても直接の爆破で崩れたわけではないだろう。
(なんだこれは?)
長年の勘が、その違和感のある一帯にこの件との関連を確信させる。
あまりに不自然だと感じた一鉄は、更に崩れないとも限らないと、警戒しながら注意深く観察する。
崩れた地面の中に人工物が多い。大半が崩れているが、崩れず残った壁らしきものもはっきり見える。
(地下室か何かか?)
野嶽の残した位置情報から推測して、ユキと最後に通信できたのは大よそこの一帯だろう。もしもここに逃げ込んでいたとすれば、最悪生き埋めになっている可能性がある。
「おい! 来てくれ!」
祈る様な気持ちで鐘観と兵士を呼び、瓦礫の撤去を開始する一鉄。




