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 真っ暗な大空洞に二人分の足音が響く。

 

 結花を伴って機械室を後にし、再び大空洞に出たユキは、念のためにバリケードに立ち寄り状況に変化がないか確認するために、軽装の結花を安全なところで待たせた。

 

 外から差し込む光は見えるが、地下へ降りる階段を支えていた壁は左右ともに内側に倒れ込み、その上には生えていた樹木と土で蓋をされたようになっている。二人で協力してこれらを排除して脱出は無理そうだ。下手に障ればまだ崩れてくる可能性もある。

 車に乗った武装集団がどこに身を潜めているかはわからないが、仮にここを発見しても時間と労力を割いて地下に入ってくるとは思えなかった。


 やはり、この地下を進むしかないと確信するユキ。

(結花も多少は回復した。無事脱出できるかどうかは、これからの行動で決まる)


 点在する遺体に近づかないように不安そうに待つ結花の元に戻り、装備から取り出しておいた小さな方位磁針を見る。


(持ってて良かった)

 便利な物をあまり頼らない野嶽の勧めで忍ばせていたが、本当に役に立った。


 磁針によると地下空洞を左右に走る大きな溝は北東と南西に延びている。

 野嶽と見た衛星画像を思い出しながら崖から転落した位置を考えると、南西には大災害の影響で地形が険しくなった山岳地帯に行き着くはずだ。

 その奥には広大な廃墟地帯が広がっており、このトンネルはそこへ続いているのだろうと予測はできるが、この山岳地帯は平地だった地形が隆起、陥没して変化した物だったはずだ。地下トンネルが無事とはとても思えない。


 溝の淵に立ち、左右を見渡す結花。


「ユキ、どっちに行くの?」

「こっちに行こう」北東のトンネルを指さすユキ。

 ユキは先に溝に降り、両手を結花に差し出す。結花は一度溝のへりに座り、ユキに体を預けて慎重に溝の下に降り立つ。


 溝は亀裂による段差が激しく、決して歩きやすくはないが、今は他に選択肢は無い。

 北東に進めば早瀬達が観測を進め、軍が巡回する廃墟地帯がある。

 地上に出ることができれば軍の保護を受けることもできるかもしれない。結果として最初に爆発があった地域に向かう事にはなるが、あれだけの事があって森林地帯方向に逃げた集団が、より警戒が強まったであろう廃墟地帯に戻っているとは考えにくい。

 とにかく北東に進み、地上に出られれば何とかなるはずだと考えたのだ。

 

 地上に出る方法があるか?という疑問は今は考えないことにして、二人は北東を目指し、真っ暗なトンネルを進んでいく。




――三咲組事務所

 

 重い空気に支配された部屋でそれぞれに押し黙る三人の男達。

 三様に落ち着かない時間をやり過ごす早瀬、田羽多、能登である。

 事務所窓際の椅子に座り、テーブルの上で両の手を固く結び顔を伏せる能登。

 一鉄の机の椅子に座り、壁際の無線機と電話機を見つめる田羽多。

 田羽多に背を向ける形で机の天板に腰をもたれさせ、目を瞑って腕を組んでいる早瀬。


 命からがら廃墟地帯を抜け出し、検問で聴取を受けた後ようやく三咲組に戻った三人は一鉄と一葉に迎えられ無事生還を果たしたが、戻って間もなく鳴った電話を受けた一鉄の顔色が変わる。

 いつもは飄々としているとさえ感じる一鉄の表情は険しくなり、受け答えの内容からもただ事ではないと感じさせ、受話器を置くころには別人のように厳しい顔つきだった。

 一鉄は軍への要請の連絡を済ませると、田羽多に能登を送って帰宅させる事と、早瀬にはいざという時のために待機を指示し、事務所で施錠管理されている銃器と装備を持ち出して一葉と共に大急ぎで榊神社へ向かって行った。


 テーブル席に座る能登に改めて声をかける田羽多。

「能登ちゃん、本当に帰らなくていいのか? 顔色悪いぞ?」

 いつも賑やかに場を盛り上げる田羽多だが、言葉少なく能登に促す。


「いえ、何もできないかもしれないけど、自分も連絡待たせてください」

 先ほどよりは随分落ち着いた様子だが、田羽多の言う通り顔色は蒼白で手足はまだ微かにに震えているようにも見える。


 サーヴェイアにしては贅肉のついた体型の能登ではあるが、機知に富み、機材の扱いは一鉄や一葉を凌ぐ腕前でもある。

 特に廃墟地帯での観測精度に於いては優秀な技術者と言える。


「ユキ、怪我してないよな……結花ちゃんも……」

 祈るように小さな声で呟く能登。

 首だけ捻りその姿を見る早瀬はつくづく思う。

(本当に優しい男だな)

 無事を祈っているのは全員同じ思いである。当然早瀬もその一人である。

 しかし、能登は検問の外での観測経験は少なく、軍の警備も行き届いた区域でしか作業していなかったため、暴徒との交戦はおろか遭遇すらしたことがないのだ。

 その能登が自分の居る区域で突然、人間の攻撃行為での爆発を経験したのだ。しかも連続でだ。

 ヘルメットを外した時の能登は死人の様な顔色で奥歯を細かく鳴らしていたのだ。

それでも榊からの知らせを聞いて憂色を浮かべ、一番取り乱したのは能登だった。

 能登は外見的な印象と温厚さを都合よく曲解され、気が弱く思われる事を気にしているようだが、早瀬は自分にない強さを感じる男として認めているのだ。


 何か言ってやろうと声を出しかけた早瀬を遮って静けさしかなかった事務所に無線の着信音が響く。


 落ち着いた動作で無線を手にする田羽多。相手は稲葉だった。

 状況は聞いているようだが、稲葉もまた心配で堪らない様子だった。

 早瀬は対応する田羽多との会話を聞きながら、全く違うタイプに見えて、能登と稲葉は人格的には似ているのかもしれないと思っていた。


「動く時が来たら人事を尽くしまくって天命でも何でもをひっくり返してやればいい。だから今は二人の無事を信じて社長からの連絡を待つんだ。」

 田羽多は無線の向こうの稲葉に言うと共に、早瀬と能登にも言い聞かせるように言った。


(いかにも田羽多さんらしいな)

 危機に瀕したときのベテラン勢の頼りがいに早瀬は感心する。



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