21
――榊神社、境内の榊の住宅
到着した医者に鎮静剤を投与された野嶽は意識を失うように眠っている。
抵抗して暴れる野嶽を必死で抑えてくれた方川と畔木に礼を言う一葉。
「一ちゃん、暫く目は覚まさんよ」何度も世話になっている町医者 八重樫に「先生、お願いね」と言い残し、一鉄と鐘観の居る無線室に戻る。
無線室にはボディアーマー付きのスーツに身を固めた一鉄と鐘観がいる。
こうなると見た目には駐屯軍かサーヴェイアかは判別できない。
「親父、私も……」と言い終わる前に「お前は駄目だ!」と一鉄に遮られる。
「んなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「駄目なものは駄目だ!」
睨みあう二人に「一ちゃん、もう軍も自治隊も動いてる。無線室で管制を頼むぜ」と鐘観。
一鉄は重く響く声で「一葉、早瀬達にも動いてもらう事になるはずだ。お前はここに残って指示を出してやってくれ」
一葉は一鉄を睨むが、目は充血し涙を浮かべている。
「お前が居ないと、光もどんな無茶やらかすかわからん。ここは頼んだぞ」と一葉の頭に手をやる一鉄。
何か言おうと口を開くが、やがて顔を伏せ息を吐き、力を抜く。
「わかったよ、親父……」
二人の言う通りだ。自分のできることをしようと切り替える一葉。
武器を手に車に乗り込む二人を見送る。
(……みんな、お願いだから無事に帰ってきて)
通信室の机に両肘を付いて額の前で両手を握りしめ、一鉄と鐘観、ユキと結花の帰還を願った。
――暗い機械室、ユキの肩にもたれかかり、いつの間にか眠ってしまっていた結花が目を覚ます。気が付くとユキもまた、肩にもたれた結花の頭に頬を付けて眠ってしまっているようだ。
(わ)すぐ近くにあるユキの顔に驚く結花。
僅かに動いたせいで、ユキもすぐに目を覚ます。
同じく顔の近さに驚き「ごめん!」と言いながらパッと離れるユキ。
ユキの反応を楽しむような表情の結花。
「こんな状況じゃなきゃ、イベントを楽しみたいところだねぇ」と小さな声で言う結花だが、さすがにいつもの元気は感じない。
照れもあるが、そんな場合ではない。野嶽の事も気にかかる。
耳を澄ましてみるが、二人が出す音意外に耳に入る物はない。
ユキは腕のセンサーで時間を確認する。
電波式だが、すぐに狂う事はないだろう。最後に時計を見てから二時間ほど経過している。
「結花、そろそろ移動した方がいい。足はどう?」
結花は慎重に立ち上がりながら、「走れはしないかもしれないけど、大丈夫。自分で歩けるよ」と言いながら、多少左足を引きずるものの、歩いて見せた。
二時間程度ではあまり回復していないだろうが、テーピングのおかげか、何とか移動はできるようだ。
無理をしているのは良くわかっている。しかしそれを押してやらなければならないことを二人も理解しているのだ。
「よし」と立ち上がり、ユキも装備を整える。
「無理するな、とは言えないけど、辛かったら言ってくれよ?」
「うん」と言いながら正面に立ち、ユキの顔をじっと見る結花。
「……どうした? 痛いか?」少し焦ったユキは尋ねる。
「違うよ」と首を振る結花。
「ユキ、わたしユキの訓練、邪魔しちゃった! ごめんなさい!」
と深く頭を下げる。
ユキはあまりにも真正面からの謝罪に面食らう。
(ああ、そう言えば野営訓練の途中だったっけ)
思いながら、普段の悪ふざけな態度と、ご神木に向ける真摯な目を思い出す。
(あれ?何か言ってやらないと……)
ユキはそう思うのだが、口から出たのは
「ぶ、無事に戻れてからにしよう」
(うわ、ちょっと噛んだ。しかも素っ気なくないか?)と、しどろもどろになる。
結花はまだ頭を下げたままだ。ユキは戸惑う。
(調子狂うな……)
大なり小なり、肩を並べる限り迷惑は必至のものでお互い様なのだ。
しかし非を認め、謝罪することの高潔は誰にでもあるものではない。
(稲葉さんなら、もっと上手くやれるんだろうな……)
こ れに関しては羨ましくさえ思う。
知り合ってから間もない、それほど親しくないユキにも屈託なく接する結花の素直さに好感を感じる。
気を取り直したユキは少しでも取り繕おうと、
「結花は心配して来てくれたんだろ。嬉しかったよ、俺も緊張してたし」
尚もユキをじっと見る結花。
いい加減対応に困り「何だよ」と言うユキに対し静かに言葉をかける結花。
「ユキはわたしに優しいんだね。……嬉しいね、こういうの」
結花の言葉と笑顔にどうしていいかわからず、背を向けてしまうユキ。
「急がないと。もう行くぞ」
あまりにも素直な結花の言葉の前にユキは敵わない。
弓と装備を持ち、ユキを追う結花。
(そうだね。無事に帰って、ユキとおっちゃんにちゃんと謝らないとな)
そう思いながら、懸命に自分を守ろうとするユキに今まで以上の信頼を感じる結花だった。




