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02

 夕暮れ近く、大きなガレージから一人の人影が、大きく伸びをしながら出てくる。

 気持ちよさそうに全身を伸ばす、涼しげな瞳の典麗な容貌の若い女性である。

 

 東から吹き始めた風にもてあそばれる長い髪を、頭の後ろで一束に纏める動きで反らされた姿態は、年季の入った作業ツナギ越しにもスタイルの良さを堂々と主張する。


 彼女が出てきたガレージに、堂々たる様で掲げられた木製の看板。

 そこには「三咲組」と大きく書かれている。

 荒っぽく書きなぐられた様な文字だが、分厚い一枚板の看板に見合って、とても力強く感じる。

 彼女はこの三咲組社長の一人娘で、三咲みさき 一葉かずはという。


 一葉は沈み始めた太陽に目を細めながら両腕を胸で組み、遥か前方の林の木々を見つめている。

 視線の先の林から鳥が一斉に飛び立ったのを見て、一葉は呟く。


「お、来た来た」


 林からは一台のピックアップトラックが、一葉の待つガレージに向かってくる。

 仕事を終えた野嶽とユキが三咲組に戻ってきたのだ。

 一葉はニカっとした笑顔で手を振りそれを迎え入れた。


 ガレージの中は少しひんやりとしている。車が出払っていたガレージは車が5台ほど止められる広さで、様々な機材と工具が整理整頓の行き届いた状態で配置されている。


 車から降りてきた野嶽とユキに「お疲れ様」と声を掛けて労った。

 運転席から野嶽、助手席からユキもそれに答え、後部席から機材と装備を降ろす。

 ドライスーツ姿ではなく、それぞれ作業着に着替えている。


 野嶽は一葉に、今日観測したデータが記録された端末を渡しながら、冗談交じりで簡単な報告をする。

 ユキは車から降ろした機材を充電器に接続しながら、野嶽の後ろ姿を見る。野嶽の背中には自分のような疲れが感じられず、改めて感心する。

 

 談笑する二人を尻目に、現場で脱いだ自分と野嶽のドライスーツを手に、ガレージ横の洗い場に移動したユキはホースで水をかけ、今日の汚れを洗い流す。

 あたりは少しづつ暗くなり始め、少しづつ強くなる風に乗り、巣へ向かう鳥が舞っていた。


 ユキが二人分のスーツを洗い終わる頃、ガレージにはもう一台の車が戻ってきた。

ユキと野嶽とは別行動をとる先輩たちが戻ってきたのだ。

 

 大型のRV車には三人の男性が乗っており、一葉は先ほどと同じように迎え入れる。

 運転席からは早瀬はやせ 健一郎けんいちろう、助手席からは田羽多たばた まこと、少し遅れて後部座席からは機材を抱えた能登のと 邦博くにひろがそれぞれ降りてくる。

 

 早瀬は均整のとれたがっしりとした体格で寡黙なタイプだが、田羽多と能登は快活で剽軽なのでガレージは一気に賑やかになる。

 田羽多は背の高い細身の体型。

 能登はいわゆるポッチャリ体型で、見た目から愛嬌がある。

 

 三人は同じく三十代で歳も近く、作業ではチームとして一緒に行動する機会も多い。

 ガレージに戻ったユキも交え、田羽多が今日の作業中のネタ話を楽しげに披露していると、もう一台の車が戻ってきた。


「よう、お疲れだったな」


 気さくに声を掛けながら車から降りる男性は三咲みさき 一鉄いってつ

 三咲組社長であり、一葉の父親である。

 彫の深い顔立ちに大柄な体躯は筋肉質で活力があり、年齢相応の老いは感じさせない。

 野嶽と同じく屈強な古強者だが、野嶽と違いどこか飄々とした雰囲気を持っている。


「お疲れ様です」と、迎え入れる社員達だったが、

「この放蕩社長が、またサボってどこ行ってやがった」


 ずいっと前に出た一葉の一言で硬直する。一葉は口は悪いが、機材の整備、スケジュール組みから経理までこなし、有事の際は無線管制まで引き受ける会社の中心人物だ。

 大御所の野嶽以外は彼女に頭が上がらない。

 

 言われた社長、一鉄はニカっと笑顔を見せて返す。

「そんなに怒るな一葉。ちいっと馴染みの顔見に寄ったらすっかり盛り上がっちまってなぁ」


 お道化てみせるが、既に足を踏まれている。

 一葉も本気で怒っているわけではない。一鉄はもう長くこの地域で会社を営んでおり、顔も広く地域からの信頼も厚い人物だ。一鉄自身も面倒見がよく、頼られれば喜んで手を貸す。

 だからきっとサボっているように見えても、誰かのために行動していたのだろうと理解している。

 これは笑顔のよく似たこの親子の、いつものスキンシップなのだ。


 この面々がユキの所属する民間企業 三咲組の仲間たちであり、彼らの日常である。


 賑やかな先輩たちと入浴を終え、一鉄、一葉、野嶽、ユキを残した3名がそれぞれに帰宅していく。野嶽は帰宅する3名と同じく通いなのだが、一緒に夕食を取り、一鉄と軽く酒を飲んでから帰るのが日課のようになっている。


 ユキは食事の片づけの後は自由に過ごすが、自主的にトレーニングに勤しむ事が多い。

 会社の敷地は大きく、ガレージの他にユキが住み込んでいる宿舎、倉庫と三咲家の住宅がある。

 敷地の周囲は林で、新市街地からは郊外に位置するため付近に住宅は無くちょっとした運動場並みの広さだ。

 敷地の周囲をロードワークするだけでも良いトレーニングになる。

 ユキは三咲組に入社以来、一鉄の指示で野嶽と行動を共にしているが、五十代の野嶽がこれほどタフとは夢にも思っていなかった。


 サーヴェイアの職に就くためには、養成施設で最低1年の間に必要な各種免許を取得し、訓練を受ける。ユキはその1年間、訓練以上のトレーニングを積み充分に体を鍛えていたつもりだったが、ベテランの野嶽に着いて行くにはそれでも不足だったのだ。



 ユキは幼くして母親を病気で亡くし、その後の数年を父と二人で過ごした。

 当時三咲組のある地域からは遠く離れた土地で生活しており、ユキの父はそこでサーヴェイアとして働いていた。

 彼は仕事が好きだった。

 大災害で人類が受けた被害は計り知れない。しかし、数世代を経て再び未開の地となった場所を探索するという仕事に充実していた。

 母が居ないことも、父が忙しいことも、幼かったユキには良い思い出ではないが、父の話す旧市街地や大森林地帯での経験談と、それを自分に聞かせている目の輝きは今も覚えている。

 父にとっては、廃墟群や深い森、洞窟などの探検談なのだ。

 

 父はいつもわくわくしていた。


 そんな彼も、遠征中のの大事故で命を落とし、ユキは一人きりになってしまった。

 その後、ユキは保護団体に引き取られ生活していた。


 この時代にこういった境遇は、特別珍しいものではない。

 児童養護施設での生活は辛くはなかったが、独立心の強いユキは早く自分で生活を成り立たせたいと考え、15歳を過ぎると就職を希望していた。


 農業、畜産業、林業などはどこも人手不足で仕事に就くのは難しい事ではない。

 しかしユキはサーヴェイアを志望し、1年の訓練の後この地域での活動を志願した。

 もう10年も前になる。ユキの父が命を落としたのがこの地域での事故なのだ。

 ユキ自身、その事に拘っているつもりはない。

 サーヴェイアを志望したのは、他のものにあまり興味が持てなかったから。

 この地域を選んだのはもちろん偶然ではないが、旧市街と森林地帯の両方を請け負う会社があったから。

 それが一番の理由と考えていた。


 三咲組の社長、一鉄はユキの父と多くのサーヴェイアが亡くなったその事故をよく覚えており、彼もまた同じ事故で部下を亡くしていた。

 半年前にユキの事情を知り、一鉄はユキを快く会社に迎えてくれた。

 一つ条件を付けられたが、宿舎の一室を借り、こうしてサーヴェイアとしての活動を開始したのだ。

(早く一人のサーヴェイアとして認められて、会社や仲間たちにも貢献したい)

 育った環境のせいか礼儀正しく早熟で、悪く言えば可愛げのない考え方ではあるのだが、ユキの正直な気持ちであり、これがユキ個人の精神的特徴とも言える。


(今日は調子がいい)

 ユキはペースを上げ、もう一周することにした。


 ユキが走り込んでいるころ、三咲家では一鉄、一葉、野嶽の3名が酒を飲みつつ話している。


 一鉄は一葉と野嶽に駆け出しであるユキの様子を聞いていた。

 野嶽は「いいよ」と答える。

 簡潔明瞭。こういった事に関しては、野嶽は多くは語らない。一鉄と一葉も、仕事の事で野嶽がそう言うのであれば心配ない、というところだ。

 しかし一葉は少し心配だった。


「頑張ってるし、ちゃんと頭も使う賢い子だね。……ただちょっとね……」


 つまみを口に放り込み、つまらなそうに続ける。


「仕事ばっかりなのが心配かなぁ、私は。もっと楽しんでいいのにね」

「俺もそう思ってな。宿舎の部屋を貸す条件として、学校にも通う手続きをしてあるんだがなぁ」

 一鉄はチビリチビリやりながら答える。


 こんな時代ではあるが、地域には学校がある。とは言っても、人手不足の世の中、若い労働力が貴重という事もあり、15歳以上は自由登校となり、それぞれ仕事の空いた日に登校する生徒がほとんどであり、授業と言えば必要最低限の内容である。


「少し前から夏季休暇って言ってたな。だから行ってないんだろ?」

 野嶽は聞いてみるが、一葉は酒の入ったグラスを持って立ち上がり、野嶽に向き直る。


「おっちゃん、それが問題なんだよ。夏休みだろ?友達と海~とか言ってもおかしくないだろ?」


 言いながら手にした酒を煽り、空になったグラスをテーブル置くと、急に小さな声で心配そうに言う。

「……うちのユッキー友達いないのかしら」

「歳の割に考え過ぎるところはあるが、捻くれちゃいない。かずちゃん心配いらんよ」


 野嶽が言いうが、一葉は納得できないらしくブツブツ言っている。

「べつに見た目だって悪くないのにさ、彼女くらいできたっていいじゃないか」



 一鉄は一葉が置いた空のグラスに酒を注ぎながら茶化すように口を挟む。


「お前も人の心配してるが、彼氏くらいいねぇのかよ」

「ああ、今度紹介するわ」

 一葉は再びグラスを手にし、言いながら酒を口に含む。

 

 先ほどまで落ち着いていた一鉄はそれを聞いて顔色を変える。

「何? 聞いてねぇぞ! どこのどいつだ! うちの姫に色目使いやがって、容赦しねぇぞ!」


 テーブルに乗り出し一葉に詰め寄る。

 野嶽になだめられる父を見ながら、何度やっても引っかかる父親が面白くて仕方なく、そんな父に見えないように舌を出す一葉。

 これもいつもの光景だ。



 ロードワークを終えたユキが自分の部屋のある宿舎に戻るため三咲家の横を通ると中からは物が倒れる音や一葉の笑い声が聞こえる。

 

 ユキは早くシャワーを浴びたいと思いながら汗を拭いながら呟く。

「今日も盛り上がってるな……」



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