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 ――地下空洞、機械室


「結花、足を見せて。ブーツ脱げるか?」

 結花は足首を曲げないように両手で慎重にブーツを外す。


「痛むか?」

「うん……でも、あんまり腫れてないし、骨とかは大丈夫みたい」


 ユキは結花が身に付けたままの厚手のソックスを脱がせてみた。くるぶしのあたりが多少腫れてはいるようだが、見る限り紫斑は無いようだ。


 ユキはヘルメットとグローブを外し、結花の白く小さな足に手をかけ、掌でくるぶしにそっと触れてみる。

 当然、腫れている部分は熱を帯びているが、触れるくらいでは痛がらない。


(良かった。それほどひどくは無いみたいだ)


 結花の傍らに降ろしたバックパックから水筒と救急キットを取り出し、応急処置をする。鎮痛作用のある軟膏を塗り広げ、ガーゼを当てテーピングを施した。

 自分の左腕も消毒とスーツの補強のためにテーピングをしておいた。


救急キットを戻すためバックパックを開き、無線機が目に留まる。

一応腕のセンサーで電波状況を見てみるが、当然受信はできないようだ。


水筒を手渡し鎮痛剤も飲ませておく。残念ながら、今これ以上の事はできそうにない。


「ありがとう。すごく楽になったよ」

 結花は少しだけ笑顔を見せ、落ち着いた声で感謝する。


 軟膏と痛み止めにそんな即効性はない。

 気丈に振舞ってくれているのだ。結花の笑顔で、ユキも少し気が楽になった。

 今後の行動のために何からすべきかと考えを巡らせ始めたとき、地震の様な震動と共にどこにあるかわからない通風孔からガラガラと崩れる音が聞こえた。

 階段で経験した爆発音に比べれば大した音ではなく、何が起こったかも想像はつく。


「ユキ……今のって……」

 結花の疑問には答えず、できるだけ落ち着いた声で答えながら確認に向かうべく立ち上がるユキ。

「見てくるよ。結花、一人にして悪いけど、少し待っててくれ」

 結花は不安そうな顔をするが、しっかりと頷く。

 バックパックを結花に預けたまま、ユキはライトとヘルメットを持ち機械室を出る。

 ドアノブはもうないが、鼠を中に入れないためにドアは閉めて行く。


 機械室を出たユキは速足で階段を目指す。

 予想通り、退路は断たれていた。

 見上げれば光は見えるが、降りてきた階段は土砂に埋め尽くされ、光が見える所には到底辿り着けそうにない。

 今自分は酷く落胆した顔をしているだろうなと思う。

 計画は白紙に戻ったも同然だ。

 水も食料も大した量は持っていない。


(……パニックを起こしてもおかしくないんだろうな、こんな状況だと)

 そう思いつつも、それが一番無駄なことだとも理解している。


「状況に絶望するな、か」


 口に出して言ってみる。確かにその通り、できることはまだあるはずだ。

(階段から脱出はできなくなったけど、ここから侵入してくるのも不可能。結花を休ませて考える時間はできたってことだ)


 ユキはその場で一度座り込み、楽な姿勢で目を閉じる。

 考えることで行動の無駄を省く。

 状況によっては『行動あるのみ』という考え方は『運任せ』と同じだ。

 そして今は運でどうにかなる状況ではない。

 何をすべきで何ができるのかが重要だ。


 食料は二人で分けてもあと一日は問題ない。水はせいぜい1リットル。

 あれだけの事があったからには、軍の警備がかなり厚くなるはずだ。

 この階段が使えない以上、何とか他の方法で地上に出られれば救助してもらえるだろう。

 そして野嶽さん。あの人なら、きっと無事だ。軍と自治隊、三咲組にも連絡してくれているだろう。そうなれば救助の可能性はもっと高くなる。信じよう。


 

ヘルメットには観測と同じく電波を利用する遭難信号発信機が内蔵されており、起動すれば約2キロ圏内に誘導信号を送ることができるが、ここで起動しても電波が届かない以上、バッテリーを消耗するだけだ。

 内蔵バッテリーは無線、ライトとも共用なので温存のためにもヘルメットのライトは、もう使わない方が良いだろう。

 ユキはヘルメットを外し、幸いにもまだ一度も使ったことのない遭難信号発信機のスイッチの位置を確認する。


 考えは纏まった。ユキは立ち上がりヘルメットを装着する。

 次は行動。まずはこの地下空洞をもっと把握する事だ。


 サーチライトを使い、改めて空洞を見渡す。

 空洞の中央には奥行約4メートル、深さ2m弱ほどの大きな溝が奥に向かい、左右一直線に横断している。

 溝に降り、奥に向かいライトで照らしてみる。

 ライトの光では全く届かないほど長いトンネルのようだ。

 移動は容易ではなさそうだが、奥に進めばどこかに出られるかもしれない。

 念のために移動できそうなところは一通り見て回ったが、他に地上に出られる階段が存在しない事だけがはっきりした。


(結花が不安がっているはずだ。そろそろ戻らないと)

 暗い場所に一人で置いてきてしまっているのだ。ユキは結花が心配になり機械室へと戻る事にする。



 驚かせないよう、声をかけながら機械室のドアを開ける。

 結花は不安げな表情で見上げてくる。


「ごめん、時間かかって」と言いながらユキはヘルメットを外して隣に腰かける。

「ユキ、さっきの音って……?」

「崩れてたよ。もうあそこからは出られない」

結 花も予想はしていたはずだ。ユキは勿体付けずに簡潔に伝えた。


「そっか……」としばらく置いた後、

「生き埋めに、なんなくて良かったよね」と少し小さな声で言った。

 多分ポジティブな事を言おうとしたのだろうが、ついさっきまで居た場所だけに洒落になっていない事に気づいて声が尻つぼみになっている。

 とは言え、本当にそうだと思うユキ。

「ああ、そう言えばそうだ。思いつかなかった」

 結花は困ったような顔で小さく笑っている。


(何かもっと、頼りがいのある台詞で安心させてやりたいんだけど……)

「何とかなるよ」言ってから自分にがっかりするユキ。

(情けない! 何かもっとあるだろ!)


「そうだね。ありがと」


(ああ、返って気を使わせた。社交辞令みたいなもんだ)

 ああでもないこうでもないと考えていると、ふふ。と笑われた。


 見透かされたようで恥ずかしくなり、取り繕おうとこれまでの状況を結花に伝えるユキ。

 少し休み、結花の回復を待って空洞の溝を辿ってトンネルを移動してどうにか地上に出ようと思っていると伝える。

「……おっちゃん、大丈夫かな」

「心配ないよ。きっと大丈夫」

 ヘルメットの無線越しの会話だったので結花は野嶽が身を挺して注意を引いてくれたのを知らない。迷ったが、必要上に不安にさせたくはない。

 ここに逃げ込むときの野嶽の様子は黙っておいた。


「結花、足は大丈夫?」

「うん。薬ももらったし、少し休めば平気だよ」

「よし、じゃ少し休んで。俺もそうするよ」

 隣で顔を伏せて目を瞑るユキは野嶽の無事を祈っていた。

 結花はユキが無理をしているのを察して心配そうに見つめていた。



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