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――森林地帯、結花を抱えたままのユキは動かない。


 聴きなれた声が聴きなれない強さで鼓膜を弾くように何度も聞こえる。

 ユキのヘルメットの無線からの応答を求める野嶽の叫び声だ。


 崖下に転落したショックで朦朧としていたようだ。ユキは身体を起こしながら状況を確認しようとするが、数か所に走る痛みで体を固くする。

 腕の中には結花が居る。

 痛みに耐えながら体を離し、結花を見る。泥まみれだが、外傷は無いようだ。

 ホッとしつつも、動かない結花に声をかける。意識は無いようだが、小さく呻く声が聞こえる。気絶しているだけだといいのだがと思いながら、ユキを呼び続ける野嶽の無線に応じる。


「野嶽さん、聞こえますか?」

「ユキ! 無事か!」

 ユキは周囲を見渡しながら状況を説明する。

 周りは転落してきた崖に沿って低木が茂る、樹木の少ない林のようだ。

 この低木群とバックパックのおかげで大きな怪我をせずに済んだのだろう。

 その林の向こう、視界には人口建築物がいくつも映る。


――廃墟地帯と森林地帯の中間地点。

 朽ちて放棄された旧世紀の建物が徐々に広がる森林に呑み込まれている地域のようだ。

 聞いてはいたが、直接見るのは初めてだ。

 人工物が緑に浸食されているのは、禍々しくも神秘的とも映る。


 しかし不運なことに、謎の爆発があった地域に近づいてしまっている。

 結花と落ちてきたであろう崖は数メートルはある。負傷した結花もいる状況で簡単に登ることはできないだろう。


 ユキと結花が崖に転落した後野嶽は二人を追うため崖に降りたのだが、更に数頭の野犬と交戦したそうだ。

 周囲を警戒するように伝えられ周りを見るが、その気配はない。

 再び結花に声をかけるユキ。ようやく薄く眼を開ける結花。


「結花! 大丈夫か?」

「うん……どうなったの?」と言いながら周りを見渡す。

「崖から落ちたんだ。足、痛むか?」


 言われた結花は左足を動かそうとして痛みに身を竦め、反射的に足首を両手で押さえる。ブーツを脱がせて手当してやりたいが、ここは離れるべきだろう。

 再び野嶽に無線を送る。


「野嶽さん、結花が目を覚ましました。左足首を痛めてます」

「移動はできそうか?」

「俺が手を貸して移動します」

 そう答えるが、ユキ自身もあちこちが痛む。

 少しでも安全なところに移動して、体制を整えなければ。

 

 痛みで動きがぎこちないが、ユキも自分の身体を確認する。

 一番痛むのは、野犬に噛みつかれた左腕だが、スーツのおかげか、それほど深手でもない。

 結花も立ち上がろうとするが、辛そうだ。


「結花、移動しないとマズいんだ。手を貸すから、頑張れるか?」

「うん、平気……ではないけど、行けるよ。ごめんね」

 辛そうな表情だが、気丈に答える結花。

 姿は見えないが、二人を呼ぶ野嶽の肉声が聞こえる。崖の上からだろうか、距離を感じる。

 指示は無線からだ。


「ユキ、北に向かって林を進め。身を隠せそうな建物を見つけて待機するんだ」

「了解」

 弓を拾おうとする結花に手を貸しながら答えるユキ。

 腕のセンサーで方位を確認して進み始める。



 野嶽は焦っていた。

(俺が、二人を危険に晒してしまった)

(やはり、結花を連れてくるべきではなかった)

(さっきの爆発は一体?)


 思考が交錯するが、今は二人の保護が最優先だ。

 足を痛めた結花を連れて戻れるルートを目視とスコープで探す。

 野嶽もこの付近には立ち入った事がない。観測衛星の画像で見た記憶と照らし合わせながら、地形を読む。


 この一帯は北と東に廃墟地区が広がり、その更に奥には稲葉の居る森林地帯。

 野嶽のいる南には崖に隔てられて森林と山岳地帯。

 西は大災害の影響で陥没と隆起が激しく、標高は低いが山岳地帯があり、南の山岳地帯とつながっている。

 西側への移動はあまりにも危険だ。

 野嶽は三人での移動を諦め、自分が合流して救助を待つのが最善と判断した。

 軍に要請して廃墟地帯から救助してもらう方法もある。


 スコープを覗く野嶽は、視界の先に何かを発見した。

――嫌な予感がする。

 倍率を限界に上げて再度覗き込む。

――こちらに移動してくる車両だ。砂埃を上げて向かってくる。

 まだ距離があり、車体は確認できないが、かなり荒い運転のようだ。

――(逃げているのか?)

 直感で危険と判断する。

(恐らく、軍車両でも観測車両でもない)即座にユキに無線を送る野嶽。


「ユキ、すぐにどこかに隠れろ!」ヘルメットの無線は距離が短く、今の双方の位置的にギリギリだ。

(……応答してくれ!)心の中で叫ぶ。

「野嶽さん?どうしたんですか?」


 感度は良くないが、雑音交じりでも交信ができた。

 野嶽は安堵の感情を押しのけて危険を伝える。


「正体のわからない車両がそっちに行く! すぐに隠れてくれ!」

 その言葉を聞いたユキは嫌でも先ほどの爆発と結びつく。危険な存在が近づいてくるという事だ。

 野嶽の焦りがユキに伝わる。これは緊急だ。

 説明している暇はないが、雰囲気を感じ取ったのか、結花にも緊張が走る。


「わかりました!」

 一度立ち止まり、近くの建物に目を走らせ、土砂に覆われた瓦礫の上に木が根を張っているのが目に止まる。

 木の根元には、うろの様な小さな穴が見えた。

 ユキは、結花だけでも隠れられるかもしれないと思い近づく。


 都合よく、しゃがんでどうにか入れる高さで、入り口には苔が生えている。

 生き物が頻繁に出入りしてはいないはずだ。

 中を覗くと穴は案外広いのか、先が見えない。

(ただの崩れた建物じゃないのか?)ユキは不審に思うが、確認している時間は無い。

 ヘルメットに内蔵されたライトで中を照らす。少なくても結花を隠すことはできそうだ。

 結花の両肩を掴み、説明不足は承知の上でと伝える。


「結花。ここに隠れてくれ!」

 ユキの目を見て無言でうなずく結花。痛む足を不自由そうにしながら、何とか中に入ってゆく。ユキは背後を警戒しながら、野嶽に無線を送る。


「野嶽さん、結花を隠せそうなところを見つけました。」

「お前はどうする!」

 野嶽は移動しているのか、息も荒い状態で叫ぶ。

 正直あまり考えている暇がなく、結花を隠すことが精一杯だった。

 エンジンの唸りらしき音が耳に入ってくる。

 もうかなり近くにいるはずだ。


(今から別の隠れ場所を探すか?……あるのか……?)と考えるユキ。


 更に音は近づいてくる。


(見つかったら……どうなるんだ?)


 今まで聞かされてきた廃墟地帯での事件やついさっき見た爆発が再び脳裏に浮かぶ。



――(殺される……?)



 エンジン音が近い。遮蔽物が無ければ、もう目視できるであろうところまで迫っているはずだ。


 ユキは立ち尽くしている。

 呼吸は浅く、息を吐くばかりだ。心臓の鼓動はこめかみまで脈打たせる。

 視界はどんどん狭くなり、自分が地面に立っている実感すら薄れていく。


――「ユキ!」野嶽の声。怒鳴り声だ。


 ユキは呆けたようにその声を聴いていた。

 ユキはあまり野嶽に怒鳴られた事はない。

(それは多分、自分がすべき努力をしているからだ。成すべき事をしている者に、野嶽さんは怒鳴ったりしない……)呆けた頭で自問自答のように、そう思う。


――「状況に絶望するな!」


 今まで聞いたことがないほどの野嶽の怒声と、銃声が聞こえる。


(そうだ。俺、やるべき事をやってない……!)

 今の今まで違うところを巡っていた血液が、ようやく脳に流れたように、急激に通常の思考を取り戻すユキ。

 ついさっきまで耳のはるか上空を素通りしていた音が、認識するべき情報として脳に直撃してくる。


――(……そうだ、これは銃声だ。銃声が聞こえる!)


「生き残るのは! 生き抜こうと決めた奴だ!」


 再び野嶽の叫び声。

 普段は滅多に荒げられる事のない、体中にのしかかる様に重く響くささくれたバリトン。

 野嶽が発砲し、注意を引いているのだ。エンジン音は唸り、方向を変えている。


「ユキ!」結花の声にハッとするユキ。


 結花は両手でユキの足を掴み、必死に引っ張っている。


「下に続いてる! 早く入って!」


 ユキは考えるよりも早くバックパックを乱暴に外し、結花のいる穴の中に素早く滑り込み、後からバックパックを引っ張り込んだ。

中は暗い。野嶽に無線を送るが、応答はない。


――迷ったら、それだけ危険は増す。

ユキは迷わないように頭に叩き込む。


『結花と二人での生存と危険地域からの脱出』

それが、今後の行動の最優先事項だ。


予約投稿って編集反映されないみたいですね。

相変わらず誤字と変換ミスが多くてお恥ずかしい。

少しづつ潰していきますのでよろしくお願いします。


あと、評価をいただいた方に感謝いたします。

あと何話分になるのかちょっとわからないですが、励みに頑張りたいと思います。

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