16
――廃墟地帯
放棄され倒壊したまま残るビルや住居、ショッピングセンターに学校、公共施設……
廃れた人口建築物は文明の抜け殻というよりは亡骸と言った方が似つかわしい、見渡す限りの瓦礫の王国。
早瀬、田羽多、能登の三名は、数日前から急激にきな臭くなった廃墟地帯で瓦礫の物陰に隠れている。
観測のため廃墟地帯での作業中、唐突に爆発音が響いたためだ。
距離は離れているが、爆発音がした方角には黒煙と四散した瓦礫の破片が飛び散るのが見えた。
三人はすぐに爆発の見えた方角からは死角になる瓦礫の陰に身を潜める。
交戦経験がなく、怯えている能登を落ち着かせる田羽多。早瀬は瓦礫から体を出さないよう、爆発の方角に注意深く視線を送る。
数日前からの目撃報告は聞いていたが、朝から軍車両が警戒に当たり、三人の観測予定地からは離れた区域だった。
警戒態勢の中、まさかこの区域で交戦が始まるとは――
爆発は三人の現在地からは距離も離れており、はっきりした状況確認は不可能だが、恐らくは目撃されている武装した集団が、駐屯軍に対し奇襲を仕掛けたのだろう。
幸い狙いはこちらではない。ターゲットにならないよう、物陰に隠れながらとにかくこの場からできる限り離れるのだ。
田羽多に場所を指定し、能登に手を貸しながら物陰を出ようとするが、第二、第三射が炸裂。轟音と衝撃が再び響いた。距離もあり、方角もこちらを向いていないが、隙を見て離脱しなくては。
視線を向けていた早瀬には低めの放物線を描く弾道が見えた。
軍に所属していた経緯を持つ早瀬には、それが中口径の迫撃砲だろうと予想できた。
(飛距離からして、間違いないだろう。あの爆発は榴弾か? あんなものが近くで炸裂したらひとたまりもないぞ)
サーヴェイアのスーツは特殊素材が織り込まれており、擦過や摩擦に非常に丈夫に作られた物で、銃の使用もあり得る危険地帯での作業に採用されているだけあり、身体の要所に保護具が装備され軍仕様のスーツほどではないが防弾性もある。
それでも近くで榴弾が炸裂すれば命は無いだろう。
――(なぜあんな物を?)と思う早瀬だが、今は仲間の安全を確保するのが先決だ。
普段はよく喋り、緊張感も薄い男だが、さすがにいくつかの廃墟地域を経験し、渡り歩いてきた田羽多はすべきことがわかっているようだ。砲撃の合間を縫って移動する。
能登は完全に怯えている。
(無理もないだろう。俺が誘導してやらなければ)
観測を始めて間もなく一変したこの状況。車までの距離は約1㎞。
腕を掴み能登を引っ張るようにして移動する早瀬。
何度も振り返り状況を見極めながら走る早瀬は、視界に軍の装甲車と激しい銃声を確認した。
応戦を始めたようだ。今のうちにできる限り移動しなければ。
軍の応戦で武装集団の攻撃は止んだようだが安心はできない。
仕留めたかどうかわかるはずもなく、単に逃げただけならば、まだ同じ区域にいる可能性が高い。これ以上の危機的状況になる前に車に戻り、危険地域から出なければならない。
息を切らせる能登を引きずるように瓦礫を回り込み、何とか車を隠しておいた地点に辿り着くことができた。
――(車は無事だ。良かった)
能登を後部席に放り込み、運転席に飛び乗る早瀬。田羽多も助手席に乗り込みドアを閉める。すぐにエンジンを掛け移動を開始する。
暴徒がこちらに目を付けたら一巻の終わりだ。周囲への注意よりもこの地域からの早急な離脱のため深くアクセルを踏み込む。
視界には検問を抜けて危険地域に入るとすぐ目の前にある朽ちかけた鉄塔を見据える。
昔は無線局のアンテナだったらしいが、今は危険地域の出入り口の目印になっている。
鉄塔を目指し走る車の前方には、危険地域の出入り口である検問が見えてきた。
途中、武装した兵を乗せているであろう装甲車とすれ違う。さすがにここまでくれば余程の事がない限り安全だ。田羽多は深く息を吐き出しながら無線機を操作している。連絡は任せておいて問題ないだろう。
能登はヘルメットのせいで顔は見えないが、うなだれて動かない。
検問通過のために登録している車なので識別はできているだろうが、当然検問前には武装した兵がおり、こちらにも銃を向け警戒に当たっている。兵士の一人にバイザーを上げて顔を見せ、ようやく危険地域から出ることができた。
通信兵らしき兵士が慌ただしく応答し、周囲の兵達にも緊張感が見て取れる。
あれだけの事があったのだ、素通りして三咲組に帰らせてはくれないだろう。
検問を抜けたところで待機させられる。とりあえずの危機は回避できた。聴取もあるだろうが、素直に応じるのが一番早い。
この区域にはすぐに軍が詰めかけ、厳戒態勢が敷かれるだろう。
(それにしても……迫撃砲に榴弾?ただ事じゃないぞ)
今までにも危険地域で野盗化した者が騒ぎを起こすことはあったが、武装していると言っても、せいぜい銃器を所持している程度だ。
何かが起こっているのだ。と感じながら、早瀬は意識して肩の力を抜く。スーツの中は噴出した汗と上昇した体温で酷く不快だが、ようやく呼吸を整えることができた。