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 翌日早朝、三咲組ガレージでは自分の装備の他、数日分のインナーと食料を持ち野営の準備をしているユキがいる。


 切り出されたのは突然だったが、ユキは今日から3日間、野営訓練を命じられた。

 これをパスすれば森林地帯での単独行動を許可され、野嶽と手分けして観測する中規模の測定も可能になる――ということだが、あまりにも突然だったのと、昨日4人が遅くまで何か話し合っていた事を考えると、何かの意図があるのだろうと思うユキ。


 サーヴェイアが独り立ちするのには特別な許可や申請はなく、所属する会社なり団体に判断を委ねられているのだが三咲組の決まり事として、単独行動の許可はポイントを変えながらの3日間の野営という訓練を兼ねた試験に合格するのが条件と聞いていた。

 ユキも一晩くらいの野営ならば野嶽と共に数回経験しているが、単独でポイントを変えながらの3日間というのはかなりの危険行為だ。野生動物にでも遭遇した場合は間違いなく命がけになる。


 この3日間、野営時以外は完全な単独行動ではなく、ユキの判断で進むのを野嶽が離れて追随する。ユキは境界線付近に拠点を張り一日に決められた時間だけを使い、測定機材を使わず、周囲の簡易的な地図を作成しながら一日ごとに拠点を移動させる。

 他にも細かいルールはいくつか用意されている。

 もちろん緊急時、あらゆる手段で連絡を取る義務があり期間中は試験官として同行する野嶽が榊神社に泊まり込むのだが、榊神社からでも車で1時間余りかかった場所だ。

 要するに観測を終えてから朝までは一人で身を守れ、という事である。


 現地まではユキが運転し、今日の観測終了後に野嶽が榊神社まで帰るために使う。

 朝だというのに空は黒く濁り、天候悪化は間違いない。

 ユキは悪天候での野営も訓練のうちの一つなのだろうかと考えるが、いずれにしても必ず訓練をやり遂げるつもりで臨む。

 積み込みと確認を終えたユキは昨晩稲葉の車が止まっていた場所を見る。

 そこには既に車は無く、朝から稲葉の姿を見ていない。


「よーし! 行って来い!」何故かユキ以上に意気込んでいる一葉はどことなく無理に空元気を出しているように感じる。

(やっぱり何かあるんだ)と考えずにはいられないが、今は信じて自分の訓練に集中することを決め、ユキの運転するピックアップトラックがガレージを後にする。



 現地に到着してからユキと野嶽は早速別行動に入る。

 野嶽はいつもの装備を身に付けてはいるが、少し離れた小高い丘からユキを見ている。

 あまり近くにいては意味がない。100mほど離れた林の中、樹木にもたれて座り見守っているのだ。スコープを使えば表情まで見える。

 隠れているわけではないが、直接視界に入るのは良くないだろうと判断したのだ。

 今日はまず、拠点の設営から始まる。空気は絡みつくほど湿度を増し、雨はいつ降り出してもおかしくない。


 ここは以前結花に迎えに来てもらった境界線の近くである。

 稲葉の居る森林地帯はここから直線距離でも約8㎞、その間には早瀬達が観測を 行っている廃墟地帯の一部もあり、こちらからは崖を下って行かなければならない。

 間違っても稲葉と鉢合わせすることは無いだろう。

 早瀬達には一鉄から説明してもらったが、ユキに今回の詳しい事情は何も話していない。ユキも何も聞かなかった。

 急なことではあるが、訓練は訓練として手を抜くつもりはない。

 集中し、無事訓練を終えてほしいと皆が思っていた。


 この3日間で野嶽が合否を判断するポイントはいくつかあるが、野嶽の基準は決められたルールをどこまで遵守するのか、に重きを置く。

 今回の訓練のルールは、緊急時以外の定時連絡をする、決められた時間以外の観測行為の禁止、水以外の食料を自力で採取してはならない。というものだ。

全 てユキを必要以上の危険に晒さないためのルールであり、ユキはそれを充分に理解しているはずだ。何もトラブルが起きなければ問題なくパスする実力は既に充分持っている。


 しかし、所詮は人間が作ったルール。最大の焦点は、どんな状況に陥っても諦めず生き残る事。命の危険が迫った時にルールも何もない。

 平常時にどこまで危険回避できるのか、有事の際に被害を最小に留められるか、トラブルに対しての冷静さ、そしてあらゆる手段で生き残るための判断力があるかどうか。


 周囲の状況を見て回った後、拠点の設営を進めるユキを眺めながら考える野嶽。

 訓練のために選んだこの地域は以前から自治隊からの調査依頼が出ている地域でもある。

 訓練後はユキにこの地域の単独観測を担当させる予定もある。下見という意味もあって選んだ場所なのだが、境界線が近いといっても調査の進んでいない未開の地域。

 そして今夜は恐らく強い雨が降るだろう。

(決して楽なことではないぞ)

 ユキにルールを守らせる以上、野嶽もルールに従う。夜間近くに潜んで守るなんてことをするつもりはない。どうか無事であってくれ。と野嶽は思うのだ。


 大粒の雨が降り出す頃、拠点の設営を終えたユキは近くの沢にいた。

 拠点の設営を始める前に位置を確認しておいたものだ。大雨の予兆もあったので、増水を避けるため距離を取り樹木の多い丘陵地に設営した。

 早く水を確保しないと、雨で水底の砂が混じってしまう。水筒で慎重に上澄みをすくいとる。そうしているうちにも雨足は強まり、遠くの空で稲光が閃く。


――音は遠い。

 しかし風向きからに現在地に流れてくるだろう。風も少しづつ強まる。

(残念だけど仕方がない)拠点に戻ったユキは定時連絡を兼ね、野嶽に無線を送る。

 今日の探索は断念し、体制を整え明日に備える旨を伝える。

 野嶽は「了解した」とだけ返信し、通信を終えた。


 機材を使わない事からも地図の作成はおまけのようなものだろうと思うが、今後の為にも進めたいと思っていた。

 しかしこの分では、まともな探索はできそうにない。無理は禁物だと判断した。

 初日から火も焚けないとはついていないが、これも試練という事だ。

 報告通り、テントに入りスーツに付いた水を拭う。

 雨足はさらに強まり、樹冠を抜けた雨粒がテントに打ちつけられる。

 ユキは明日は収まってくれているといいのだが、と思いながら早めの夕食を取り、明日に備え体を休める事にする。



 三咲組では一葉が野嶽からの連絡を待っている。事務所の机に座り、ペンで電話をカンカンと叩く。

「一葉、気持ちはわかるが、まだ初日だぞ? いい加減落ち着けよ」と一鉄。


んー。と気のない返事の後、「わかってるけどさ……」と答える一葉を見て一鉄も、仕方ない事だなと思う。稲葉の方の事もある。心配するなという方が無理だ。

 更にタイミングの悪い事に、早瀬達に任せている廃墟地帯でも武装した何者かがここ数日毎日のように目撃されており、軍の警備も強化されている。今のところ交戦状態にはなっていないようだが、本来ならば事態収拾まで観測はさせたくないのだが目撃された地区が離れているという事で今日も観測に出ているのだ。そちらも気がかりだ。

 厄介事が一度に舞い込んだ現状だが、嘆いても仕方がない。

 最大限できることをやるだけだと考える一鉄。


 ふいに目の前に置いてある無線の着信音が鳴る。稲葉からの報告だ。

 森の様子を聞く一鉄に稲葉が答える。


「正直俺は、いくら野嶽さんの見立てでも半信半疑だったんだが、常軌を逸してるってのは大袈裟じゃないぜ。まるでこっちが野生動物に見張られてる気分だぜ」

「そうか、食料は置いてくれたか?」

「ああ。森林の外周5か所に置いたんだが、一切手を付けないな。普通なら食い散らかしてもおかしくないだろうに。あの子も腹減らしてないといいんだがな……」

「わかった。お前も軍と交代して戻ってきてくれ。……無理させてすまんな」

「お安いご用ですよ、お父さ――」

 一鉄は無線を切って机に放りだす。



 苦笑いする一葉にようやく待ちかねの電話が鳴る。

 ユキの方に特に問題はないようだ。

 今日は俺もあまり眠れないかもしれんな、と一鉄は思っていた。



 雨は一時雷雨となりながら夜半過ぎまで続いた。最後の定時連絡を終えたユキは弱まってきた雨音を聞きながら体を横たえる。もっと耳障りかと思っていたが、雨のおかげで野生動物と接触する可能性は下がる。

 考える事はいろいろとあるユキだったが、そのどれも今は答えが出ないと思いながらテントを叩く不特定のリズムを聞いているうちに体の力は抜け、意識は深く沈んでいった。




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