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『バン!』
昼食の片づけを終え、3人を見送った一葉の手が書類を確認する一鉄の机に乱暴に乗せられる。
「さぁて親父。聞かせてもらおうか?」
偶然だろうが、稲葉がユキを連れて行ったのは一葉にとって好都合だった。
本来必要なかった買い出しまで命じたのは人払いと時間稼ぎの為である。
一鉄は書類から目を離さず、
「東方で強盗が危険地域に逃げ込んだ可能性があるみたいだぜ。この時期は全く物騒だねぇ」
「それはさっき読んだ。誤魔化そうったって時間の無駄だぞ」
短い沈黙の後一葉が切り出す。
「何もなしでコタローが来るわけないだろ。夜明け前から野嶽のおっちゃん呼びつけたのも知ってる。銃検中ずっと電話してるしさ。一体何があったのさ?」
手にしていた書類をバサッと机に投げ出し、溜息をつく一鉄。
「あたしには言えないってわけ?」
「できれば言いたくはねぇな」
「できない相談だね」
一鉄が危険地域に赴かなくなった理由は一葉にあり、一鉄が現役を退くことを条件に一葉もスーツに袖を通さなくなった。
一鉄は社員を危険に晒す責任として現役を退くならば廃業すると決めていたが、地域からの嘆願や野嶽をはじめとする社員達との話し合いの結果、現在の形に落ち着いている。
一葉が社員を常に気にかけ、文句一つ言わず観測以外の業務をほぼ全てこなすのは、父を危険地域に行かせたくないという自分の我儘に対する対価でもあるのだ。
再び溜息をついた一鉄は引き出しにしまった写真を取り出し一葉に渡す。
当たり前だが一鉄は本来どんな面倒事にも一葉を巻き込みたくはない。しかし今回は状況によって一鉄自身も危険地域に赴く必要がある。そうなれば一葉に隠せるものではない。
写真を見つめる一葉に事の次第を説明する一鉄。
一鉄は、説明すれば一葉が自分も行くと言い出すのはわかっている。それをどう諦めさせるかが問題なのだ。
「なるほどね。 で、今もこの子は見つかってないんだね?」
金髪の少女が映る写真を一番上にして一鉄に返す。
「だったら、今日はさっさと寝て、明日の朝イチから出発だね」
「一葉……」
「放っておけないのはよくわかってるつもりだよ。止めても無駄だって事もわかってるよね?」
「一葉、今まで俺たち何回この話でやりあってきた? いい加減に――」
一鉄の言葉を遮って無線が着信する。
飛びつくように無線機を取る一鉄。相手は野嶽だった。
危険地帯に幼い少女が一人。考えたくはないが、亡骸を発見したという連絡もあり得るのだ。
応答する一鉄は「わかった、気を付けてくれ」と言って無線機を降ろす。
「親父、おっちゃんどうしたって?」
「……どうにも妙だ」
「どういう事?」
「お前も知ってるだろうが、森林地帯での野嶽の探索能力は中途半端なもんじゃない。その野嶽が追いきれないと言っている」
恐らくこの行政区域に野嶽以上に森林地帯に精通するサーヴェイアはいないだろう。
あらゆる地形、あらゆる状況から必ず何らかの答えを出してくる。最悪の場合も含めて。
そう思っていた一鉄だったが、こうなると逆におかしい。
「とにかく光も今日の探索は打ち切って戻ってくる。あいつも詳しく話したいと言っている。俺たちの話の続きは後だ」
「……わかったよ。そろそろコタロー達も帰ってくるしね」
「ただし、今度はわたしも最初から話に混ぜてもらうからね」
一葉は一鉄の座る机に身を乗り出し顔を正面から睨みながら強い口調で言い置く。
「わかった。藤田には連絡がついてる。夜は軍の連中が探してくれることになっているからな」
軍は主に廃墟地帯を警備するため、特殊な訓練を受けた者以外は森林地帯で野嶽以上の成果は期待できない事を一鉄も理解しているが、今はそれ以外に打つ手はないのだ。
一鉄の手元には一枚のFAXがある。
軍に送った少女の捜索依頼の資料である。
ニナ・アスピヴァーラ 女 9歳 身長124cm 体重24㎏ 血液型A
そこには少し癖のある淡い金髪に鮮やかな青い瞳を持ち、色素の薄い肌に寂しげな表情を浮かべる幼い少女の画像があった。
誤字脱字、少しづつ修正しています。
お目汚しご容赦ください。