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番外編07

 世界的大災害で人口が激減した世界。

 そして数世代を経て復興の流れの中にある世界と、この国。

 列島で形成されるこの国の一つの大きな島は、東西南北四つの行政区が置かれ、それぞれに産業を分配する形で共存している。 

 大災害によって荒廃し放棄された旧都市部は巨大な廃墟地帯、野生動物に還され人を寄せ付けぬ秘境と化した自然は森林地帯。


 それら危険地帯に阻まれながらも、数世代という時間と先人たちの犠牲、それにより培われた知恵で新国道が造られ、今は辛うじて各行政区を結んでいる。 

 島で大よそ中央に位置し最も人口が多く、廃墟・森林共に広大な危険地帯に囲まれる西方は、各行政区を結ぶべく道路開発と新都市部開発に力を入れ、険しい山岳地帯が多くあり山間部に点在するように街が造られた東方は、都市部開発は困難ということもあり農業・林業・畜産業に注力する一方、自然の監獄とも言える立地を利用し古くから大きな刑務所が存在していた。




 早瀬はやせが語る、4年ほど前。

 それは早瀬がまだ軍に属し、東方行政区で今は亡き妻と子供、家族三人で暮らしていた頃の話しだった。

 各行政区から罪人が集められる東方は物騒な地域とも呼ばれるが、それ故に軍の訓練も厳しく、同時に兵士の屈強さでも聞こえが高かい。


 まだ若かった早瀬だが、そんな地域で功績を重ねて隊では班長を務めていた。

 そんな折、西方との規模の大きい合同演習があり東方を訪れていた西方の兵を率いる上官の一人に菱川ひしかわの姿があった。

 士官学校時代から常に優秀、軍配属後は本国で起こった大規模な紛争の鎮圧戦に参加し、次々に軍功をあげる若き美女とのことで当時軍内で既に菱川は有名人だった。 


 しかしそれは、少なからず追い抜かれる者達にはやっかみを買い、彼女を警戒するあまり上官には疎ましがられることも少なくない。

 実力主義の組織であろうと、誰に憎まれることもなく出世できる者などいないだろう。


 今では少なくなったが、一昔前の世代では危険地帯に逃げ込んだ犯罪者が暴徒化し、集団で街を襲撃する事件が度々起こった。

 そんな時代ならば統一された意識の元、共通の目的を持ち、互いに背中を預け合うこともできていただろう。そうしなければ自分の首を絞めるだけで、守りたいものも守ることができなかったのだから。

 復興も進み人々の暮らしも安全になってきた現在では、そうした軍と言う組織の本来の存在意義すら希薄になりつつある。

 危機に瀕していなければ団結できないとは冠履転倒も甚だしいが、それが巨大な組織というものの現実でもあるのかもしれない。


 その現実は菱川の心理に何らかの影を落とし、早瀬は若く生真面目過ぎる彼女を危なっかしくも感じていた。

 有名であるため存在は知っていたが、行政区も立場も違う早瀬と菱川に、当時接点はなかったのだ。



 合同演習は午後に入り、合同のために東方の演習場内に設けられただだっ広い営庭で接近格闘術の訓練が始まる。交流も兼ね、各行政区の兵達で一対一の組手が行われる。

 東方の兵達は特に厳しい戦闘訓練に明け暮れているため、接近格闘で東方の兵に勝る西方の兵は少ない。

 そんな中、一人気を吐き次々に東方の兵を破るのは木刀を手にする菱川だった。


 相手となる兵に対し剣術で応戦する菱川は屈強で知られる東方の兵達の目を奪うほど華麗な剣捌きで圧倒し、あるものは反応できず、あるものは地面に倒れた状態で首筋に寸止めされていた。


(動きを見る限り、手加減されているわけではないだろうに。噂通り大したものだが……)

 伊達に異例の昇進を重ねているわけではないのだなと感心する早瀬だったが、熱誠を通り越し追い詰められたような表情で戦う菱川には改めて危うさを覚える。


「腕の立つ者と手合わせ願いたい。覚えのある者はいないか!」 

 早瀬は確かにこんな噂も耳にはしていた。菱川は合同演習で各行政区を訪れた際に、こんな挑発と訓練外の決闘のような戦いを繰り返していると。


(負けなしとは聞くが、調子に乗っているわけでは……なさそうだな)

 早瀬は木刀を地面に突き立てるように持ち、自分を見返す東方の兵達に正面から向き合う菱川の表情に違和感を感じる。


「東方は強者揃いと聞く。誰かいないのか? 遠慮はいらないぞ!」

 先ほどの言葉に反応し気を悪くした東方の兵達は、この挑発に怒りを露わにする。訓練は中断され、取り囲むように集まって色めき立つ。

 その輪には、本来なら注意をするべき立場の兵までがいるが、それは更に階級が高い菱川の行動で中断されたためでもある。

 組織として階級が上ならばある程度の非礼も許されるだろうが菱川は若く女性であり、相手は血の気の多い東方の兵達。遠慮はいらないとなれば、罵声まで飛ばす者もいる。

 外野の誹りなど気に留める様子もなく、更に挑発する菱川。


「情けないな、つまらん野次しか出ないとは。期待外れだ!」

「言ってくれるな上官殿よ、俺たちは生易しい訓練じゃ本気は出ない。そういう意味で手加減無しなら、俺が相手をしてやるが?」


 取り囲む兵達の間から、一人の男が前に出る。菱川と比べればはるかに長身、逞しい肉体は東方の兵達の間でも際立つ男だった。

 早瀬と同じく班長を務めるこの男は、名を西順にししげといい、年上でベテランであり体躯の通り剛腕で知られるが、体格だけでなく態度も大きく悪い意味でも目立つ。

 今回のような訓練では身体に物を言わせ若い兵でも手加減なしに叩きのめすため、あまり評判も良いとは言えない。

 階級が上の者には従順らしいが、権威主義なのか階級や若年などの目下の者に厄介がられる存在で、聞こえよく言えば規律に厳しいと言えるのだろうが、行き過ぎた指導は部下を負傷させたこともあり、ある意味で冠履転倒な現状を体現している人物とも言える。

 上官であるはずの相手に強く出るのは、この状況とやっかみなのかもしれない。


「もちろん構わん。これは私闘ではなく、あくまで訓練だ」

「ありがたい。訓練には怪我も付き物。互いに了承の上であり、責任は問わないってことでいいんだな、上官殿よ」

「くどい、始めろ!」


 西順が間合いを開けて立ち、手合わせが始まる。周囲は西方東方入り乱れて兵たちが取り囲む。

 こういった場面では外野からそれぞれに自分側の者に味方する声が飛び交うものだが、意外なほど場は静かなのは対峙する二人が共に微妙な立場である証でもある。

 厄介者の西順と、疎ましがられる菱川の間合いはじりじりと詰められる。


 遥かに体格で勝るとはいえ、得物を持つ菱川の方が間合いは広い。

 射程に入った瞬間に菱川の木刀が閃くように鋭く動き、西順の右足に装備された脛のプロテクターを内側から強く打つ。

 ほんの一瞬止まった西順の動きを見逃すことなく捕え、左に半身を切って右手のみで柄を持ち左手を柄頭に沿え、勢いをつけて西順の左胸に突き出す。

 切っ先は胸の保護具に深く食い込み西順は短く呻きながらよろめく。


 呆気ない程に一瞬で、勝負は決まっていたはずだ。

 しかし、西順は突き立てられた木刀の刀身を鷲掴みにして離さない。

(こいつ!)

 小さな舌打ちをヘルメットの内部に響かせ、すかざず菱川が動く。

 右足を西順の腹に当て、蹴り飛ばすようにして強引に握った手から木刀を引っこ抜く。次の瞬間には右の脇構えから後にステップし西順の正面を逆袈裟に斬り上げ、更に頭上で剣線を翻して強く左肩口の保護具に打ち込む。

 打撃音の直後には刀身の向きを変え、西順の首筋に押し当てる。――完全に勝敗はついたと、菱川の身体から力が僅かに抜けたそのとき、菱川の口からは悲痛なほどの悲鳴がこぼれ、その身体は左後方に吹っ飛ばされる。

 

 勝利を確信し、僅かに緊張を緩めた瞬間、菱川の右脇腹に西順の左の拳がめり込んだのだ。

 一瞬気を抜いたとは言え、突然の一撃に菱川は呼吸ができなかった。


「ぐ……っ! 貴様!」

「どうした? ちっとも効かないぜ、もっと来いよ!」

 呼吸がまともに継げず、苦しそうに喉から言葉を絞り出す菱川に、西順は小馬鹿にしたように肩をすくめてみせる。


「勝敗なら、ついていただ――」

 まだよろめいている菱川の下腹に西順の拳が再度深くめり込む。

 声も上げられずに身体をくの字に折る菱川。

「何言ってんだ? 相手に負けを認めさせなきゃ勝負はつかん!」

 菱川の右足に蹴り、左肩にフックが連続力任せに叩きこまれる。

 衝撃にふらつく菱川の首根っこを片手で掴む西順は足を引っかけて地面に叩きつけるように菱川を倒す。


 動けない菱川に覆いかぶさるように馬乗りになり、右手から木刀を乱暴にもぎ取って投げ捨てる。

 体格の全く違う大男の体重に押し潰され、菱川は息をするのも辛い。

 菱川の姿を見下ろし、西順の口からは確かにヒヒヒと、ヘルメット越しにも愉悦に歪んだ声が漏れだしたのが聞こえた。


 わざと大きく振り被り、七部の力で断続的に上から拳を振り下ろす西順。

 両腕でガードしているものの、完全に力負けしている菱川からは、軋む両腕の痛みに耐えかねて苦痛の呻きを上げる。

 その声は、まだ成人にも満たない少女のそれだった。


 取り囲む兵士達は声も出さず見守っていたが、西方東方問わず、思わず数名が動き出す。

 西順は尚も拳を振り下ろしながら、前に出ようとした兵士たちに向かい怒鳴る。

「お前ら、何する気だ? お前らも知ってるだろう、これは訓練だ! 上官殿が負けを認めてそれなりの態度で頭を下げるなら、すぐに止めるさ!」


 息も絶え絶えの菱川だったが、気丈にも言い返す。

「誰が! 貴様なんかにっ……!」

 しかし、大男に馬乗りされるこの状況でどうすることも出来はせず、次第に腕は上がらなくなり、ついにガードを抜けた西順の拳がヘルメットに直撃する。


「ああ、そうかい。だったら、こんなのはどうだ?」


 西順は菱川の顎下にある、ヘルメットの留め具を引きちぎり、顎部を掴んで菱川からヘルメットを引きはがすように奪う。

 そのヘルメットを高く振り上げ、ニタニタと笑いながら再度負けを認めろと迫る。


「……反吐が出る。貴様に負けを認めるくらいなら、腹を斬る」


 数名が溜まりかねて止めに入るが、気色の悪い乾いた笑いを上げながら菱川の顔面に、ヘルメットが振り下ろされる。

 

 腕は、もう上がらない。菱川は目を固く閉じることしかできなかった。


 数瞬の後、何故か聞こえた西順の短い叫びに、恐る恐る目を開ける。

 そこには自分に馬乗りになったまま、後頭部を押さえ振り向く西順と、地面に転がった自分の物と、それとは別のヘルメットが転がっていた。


 西順が振り返り睨みつける方向には、菱川からは逆光でよく見えないが、ヘルメットを装備していない一人の兵士がこちらへ歩んで来るのが見えた。


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