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番外編06

「少し遅くなっちゃったね。大丈夫かな二人とも」

「大丈夫です。ユキは料理得意です」


 一葉かずは菱川ひしかわにとりあえずの一品を提供した結花ゆかとニナは、リビングを出てすぐにキッチンには戻らず、一度三咲家のニナが使っている部屋へ寄ってから戻ったため多少の時間がかかったのだ。


 以前三咲組でユキが作った朝食を食べたことがある結花も同意する。簡単なものではあったが、そういったものほど出来栄えに反映しやすい。

 一鉄の教えが良いのもあるだろうが、片づけもしながら調理していた姿を思い出し、いい加減な性格でないユキは確かに料理に向いているかもしれないと思う結花。

「うん、そうだね。よく作ったりしてるの?」

「たまに、ですけど。」


 再びリビングを通ると、ニナの姿を見た一葉と菱川から歓声が上がる。

 ニナは黒いロングドレスに白のエプロン姿である。

 エプロンの裾と肩紐部分に多少ヒラヒラとした飾りはあるものの、リボンなどは無く全体に装飾は控えめであり、本格的なヴィクトリアンメイドの様相で髪は結花の手でシニヨンに結われ、ホワイトブリムまで着けている。

 黒のドレスにニナの淡い色合いの金髪と青い瞳が映え、可愛らしい人形かと思うほどに完成度の高いメイド姿である。


 結花は調理に参加できないニナに給仕係を頼み、ふさわしい服に着替えるために部屋に寄ったのだ。

 一葉はもちろん、その可憐な姿で三咲組に関わる全員に可愛がられるニナにこんな格好で給仕させれば時間稼ぎなど容易いと考えたのだ。

 実際菱川も大喜びで愛でている。


「こんなかわいいメイドさんにお世話してもらえるんだから、ちょっとくらい待たされても我慢してよね」

「もちろんだともー! あ、でも冷蔵庫に残ってたらビールほしいなー」

「いきなりお酒かよ~。やっぱり子供にお酒運ばせるのはちょっと――」


 早速の一葉のリクエストに多少躊躇する結花だったが、自分にも役目が割り当てられたため、既にニナにはプロ意識が芽生えていた。

 小さく半歩引きドレスのスカートをちょんとつまんでお辞儀をする。

「かしこまりました」

 その立ち振る舞いに、一葉と菱川は再度歓声をあげるのだった。


「お? これは」

 ニナを伴った結花がキッチンに続く扉を開けると、辛味を感じる独特の匂いが漂って来る。

 引違い戸を開けると、丁度一品を完成させ皿に盛り付けるユキと、その様子を感心して眺める霞夏かなの姿がある。


「おおー! いい感じだねぇ」

「あ、結花。ユキがいいもの作っ――はぁぁ!」

 言いながら入り口に目を向けた霞夏が一瞬止まり、ニナの姿を見てハイトーンな声で派手に身悶える。

「ああ、ここにもいたか。ニナはモテモテだねぇ」

「はい。モテモテです」


 結花が戻るまでに何か一つでも作ろうと冷蔵庫を物色しまくった結果発見した一鉄お手製のキムチでユキが閃き、料理はほぼやったことがないがハンターの経験から刃物は任せろ、と言う霞夏が材料を切って二人で味見をしながら作った豚肉とキムチの炒め物はなかなかの出来だった。

「うん。ビールのつまみにはもってこいじゃないかな」

 味見に箸で一口食べた結花も納得の味だったようだ。 以前昼食で一鉄が作ったものを食べたユキが気に入り、口頭で作り方を習っていたのだ。

「隠し味に社長が作った蕎麦のつゆを使ったんだ。見つかってよかったよ」

「ほうほう、なるほどね。せっかくだから私たちの分も少し貰っちゃおう」


 別の皿に取り分ける結花の隣で、ニナの姿にハァハァしている霞夏を横目にニナに声をかけるユキ。

「似合うね、ニナ」

「ありがとう。ユキも似合ってますよ」

 少し嬉しそうにニナが返す。

 

 ユキは身に付けていたジャージの上着を脱ぎ、半袖シャツにエプロン姿でこれから洗おうと思っていた中華鍋を持っている。鍛えられた肉体にエプロン姿は一鉄を彷彿とさせるが、さすがに喜んでいいかわからず苦笑いを返す。

「いや、なかなかどうしてアリだと思うよ。私も。うん」

 何故かちょっとニヤケ顔の結花が、しげしげ見ながら同意する。

 

 そんなやり取りの中、冷蔵庫からビールの缶を取り出すニナを、口に手を当て赤い顔で瞳を潤ませて見つめる霞夏。

 霞夏の視線にピタリと止まり、無言で真っ直ぐ見つめ返したかと思うと綺麗にくるりと一回転して見せ、ニナの小さな体を軸に生まれる慣性と遠心力が少しだけスカートをふわりと浮き上がらせて白いタイツを覗かせる。

「ふぁあ!」

 再び声を上げて身悶える霞夏にやや呆れ顔のユキと結花。






 同じころ、稲葉いなば早瀬はやせの席では、なかなかテーブルを離れなかったウェイトレスに仕方なそうに早瀬を紹介して早く酒を持ってきてくれと催促し数分。 

 静かに音楽が流れていた店内だったが、増えてきた客の陽気な声で今はすっかり聞こえなくなった。


 二人の前にはようやく注文した酒と、いくつかの簡単なつまみが並ぶ。

「お通しこれなんだけど、嫌いなものない? ですか?」

「ちょっと! さっきから俺と対応違わない?」

 早瀬に料理の好みを確認するウェイトレスに、若干ヒクついた笑顔で割り込む稲葉。


 常連の稲葉はいつもその日のお勧めを注文し、出来上がるまで知り合いのテーブルやカウンターを移動して話したりするので、いつの間にかチャームが出なくなった。

 明るく社交的で顔も広い稲葉は店を活気づけてくれるのでありがたいのだが、奢り・奢られながら料理の皿を持たずに席を移動しまくるので会計や伝票の管理が面倒、とマスターが言いそのような措置が取られたわけだが、稲葉本人にしてみれば普段自分がされない気遣いを早瀬がされているように感じたのだろう。

 何れにしても些細なことではあるが、稲葉にとってはこのウェイトレスが使い慣れない敬語で、頑張って接客らしい接客をしようとしているのが面白くないのだろう。

 イラついている稲葉にイヒヒと悪戯に笑って見せるウェイトレス。

「好き嫌いは特にない。ありがとう」

「いえー! どういたましてー!」


 使い慣れない言葉遣いに噛んでいることも気が付かずにテーブルを離れようとするウェイトレスだったが、去り際に不満そうな稲葉の心中を見透かして肩をポンポンと軽く叩いて笑顔を見せる。

「はいはい。イケメンイケメン」

「知ってるわ!」 

 軽口で見送り、ぶちぶち言いながらも置かれた栓抜きで瓶を開ける。

 ポン、と心地いい音を立て開けられた瓶からは、爽やかな果実の香りがする。

 それに倣って自分も開けようとする早瀬だったが、稲葉は開けた瓶を笑顔で早瀬の方へ向けている。気遣い不要と思う早瀬ではあるが、それが稲葉の流儀でもあるのだろうと瓶と合わせて置かれた小さ目のジョッキを持ち傾ける。

 意図して泡が立ちやすいように少し高い位置から注がれる酒は高い天井からの照明に淡く金色を湛え、発砲しながら一層香りを増す。


「これは? 林檎か?」

「そうそう、旨いんだぜコレ。実はこれに使ってる林檎はさ、結花ちゃんが作ってんだよ」

 意外な名が出て軽く驚く早瀬だったが、二人の席には新たなつまみを持ったウェイトレスが戻って来る。

「ああ、あの可愛いこ。頑張るよね、一人でさ」

 言いながらテーブルに置く皿には、軽くトーストされ並んだいくつかのバゲットに、それぞれ色味と飾りの違うディップが盛り付けられている。

 また長居したがるかと思った稲葉だったが、混んできた店内で別の客に声をかけられたウェイトレスはあっさりと席を離れて行った。


 稲葉は早瀬の前に置かれた瓶をさっと取って栓を開け、同じように自分のジョッキにも酒を注ぐ。

「さて、ようやく飲めるな! 乾杯!」

 そう言って勝手に早瀬の持つジョッキに、やや縁を下げて合わせる。

 言葉遣いはいい加減に見えて、さりげなくマナーを守る。奇妙にも思えるが、稲葉らしいとも言える。

 そう思いつつ、旨そうに喉を鳴らす稲葉に続いて早瀬もジョッキに口をつける。


 早瀬が初めて口するその酒は、度数は低めで喉越しも良く、鼻腔から抜ける香りは華やかで後を引く。

「……ほう、旨いな」

「だろ? 今残ってるのが無くなったら、来年まで飲めねぇんだよ。最初の一杯に良いだろ? 気に入ったんなら良かったぜ」


 暫くは結花が一人で世話するという農園の片隅の小さな林檎畑の話をする稲葉。

 特にそのあたりのことに詳しいわけではないが知っている限りを、軽い冗談を交えながら話す稲葉。

 最初の一杯は他愛のない会話で過ごし、次の酒が運ばれ程よく減ったころ、話を切り上げておもむろに姿勢を正す。


「さぁって、酒も入って口の滑りも良くなったとこだし、けんさんの話し、聞かせてもらうぜ」

 話し上手で聞き上手。早瀬は根では正直で不器用な部分もあることを知っている稲葉が持つ対人スキルは、自分が絶対に持つことができないものだろうと改めて感心する。


「あー、……やっぱ、説教? 甘んじて聞くけどな!」

 少し気まずそうな表情を見せる稲葉。こう見えて、反省くらいしているのである。

「どうだろうな? 俺がするのは、ちょっとした昔話ってやつだ」 


「へぇ? 面白そうだな」

「それも、どうだかな? ……あれは、もう四年くらい前の話しになる。俺が菱川と関わりを持ち始めたころの話だ」

 少し含みを持たせて語りだす早瀬は当時の、いつもどこか切羽詰った表情をした菱川を思い出していた。

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