表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/105

01

 初夏の澄んだ空の下、照り付ける日の光を受ける荒々しい岩山に反響する金属質の打撃音。


 険しい岩山に張り付き、手にしたハーケンと呼ばれる平たい金具で岩盤を縫うように、ハンマーで打ち込む人物がいる。

 金具の穴に安全環付きのザイルを掛け、ルートを見定め、岩を掴み登る。


 眼下には鬱蒼と生い茂る緑。

 無数の重なりで日の光に答え、吹く風にさざ波のように揺らめく生命力の緑。

 頭上には遮るものなくどこまでも高く、彼方まで広がり全ての音を吸い込んでしまいそうな空には、やや淡い青に遥か遠く、力強い雲が静寂と共に浮かんでいる。


 フリークライミングで岩山を登るその人物は全身にドライスーツを着込み、背や腰には様々な装備を取り付け、頭部には特殊な形状のヘルメットを装着している。

 景色には似つかわしくない物物しい姿の人物は、娯楽で登山しているわけではない。

 落ち着いた動作で着実に頂上に近づいていくその人物にとって、これは仕事である。


 少しづつだが正確に、慎重に岩を掴み登る人物の腕は、ついに頂上に掛けられる。


 頂上には既に同じくドライスーツ姿でヘルメットを外した一人の男が、手ごろな大きさの岩に鷹揚に腰かけている。

 穏やかな風に紫煙をなびかせ悠々と一服する男は、たった今頂上に到達した人物に「ユキ」と声をかける。低音だが小声でもよく通る、存在感のある声だ。


「慣れてきたじゃないか」


 白髪交じりの短髪に無精髭。厳しさが伺える険しく刻まれた皺だが、目元には好意的な笑みを覗かせる。初老のはずだが、年齢を感じさせない肉体を持つ男性。


 声を掛けられた人物は最後に打ち込んだ金具を緩め、抜き取りながら複雑な気持ちだった。

 ヘルメットを外しつつ考えるのは、思ったほどの結果ではなかった事への口惜しさと、単純に褒められて嬉しいという気持ちだった。

 呼吸の乱れは多少は誤魔化せているようだが、日差しを跳ね返す汗が彼に余裕がないことを物語っていた。


 ユキと呼ばれる少年、檜森ひもり 志矢ゆきやは17歳の少年である。

 少し長めの黒髪。顔つきの割に幼さを感じさせない黒い瞳。

 体は小柄だが、重装備を当然のように身に着けているだけあり、印象よりも逞しい。

 汗を拭いながら歩み寄り、肩掛けを外して背中のバックパックを足元に降ろした。


「次は火を着ける前に追い付きますからね。野嶽さん、のんびり一服できないと思いますよ」


 野嶽と呼ばれた男は野嶽のだけ 光圀みつくにという。駆け出しのユキに対し、指導を任されたベテランだ。

 野嶽は右の眉をくっと上げ、楽しげに返す。


「なら、煙草の前にお茶を飲む時間は無いかな?」


 煙草を携帯灰皿に押し込みながら笑う男の横には、大きめの水筒があった。

 それに気づいたユキは、やせ我慢で繕っていた平静を崩して落胆する。


 頭上には日差しが強くなった空と、東からの風に悠然と舞う鳶が映る。

 野嶽は崖下に映る大森林の更に先に広がる、倒壊した灰色のビル群を見据えながらユキに言う。

「ユキよ、お前も水分はしっかり摂っておけ。昼までにここの観測を終わらせて移動するぞ」

 先ほどの茶化すような口調ではなく、経験豊富なベテランからのアドバイスとして告げる。

「はい」ユキは簡潔に答え、下ろしたバックパックから水筒を取り出しながら、今日の観測ポイントまでの残りの距離の見当をつける。


 ユキは、半年ほど前から野嶽に指導を受ける新人サーヴェイアだ。

 サーヴェイアとは観測する者。


 世界的な大災害が起こり、この国も急速な海面上昇、火山噴火による被害で痛烈な打撃を受けた。

 人口は半数を割るほどに激減し、産業は衰退した。

 世界規模の恐慌に発展し、世の週末と声高に叫ばれた時代があった。


 しかし、人類は逞しかった。

 壊滅的な被害を受けた旧市街地は復旧不可能とされ放棄となったが、残る人々は守るべき存在のために、手を取り合い田を興し、水路を作り、住居を作った。

 自らの手で新たな街を作り上げた。

 誰もが開拓者だった。


 そんな時代から数世代後の今、近隣の国々も落ち着きを取り戻し、世界的な復興の流れの中にある。


 大災害から一世紀以上経った現在も、未だ整地がおぼつかず倒壊したビル群が建ち並ぶ巨大な廃墟と化した旧都市部、それを徐々に呑み込んでいく自然の力と野生動物に還され、人間を寄せ付けない秘境と化した大森林。

 それらを危険地域と定め、その姿を調査・観測し、新たな地図を作るために国土観測庁が設立され、各地で活躍するのが、彼らサーヴェイアなのだ。


 検問もしくは境界線で区切られ、一般的には立ち入ることを禁止された危険地域に出入りを許されるのは、国からの正式な許可を受ける組織・団体のみである。


 廃墟地域入り口には検問所が設置されており、危険地域への出入りを管理し、無許可で侵入した者を取り締まるための警備と治安維持に努める駐屯軍。

 森林地帯の害獣駆除を行うハンターや、土木作業、観測作業の支援など危険地域で作業する者が所属する自治隊。

 そして危険地域全域で活動するサーヴェイアは測量をはじめとする調査・観測により、それらの組織・団体に情報を提供する役割を担う。


 ユキが所属するのはこの行政区域で正式な認可を受けた民間企業である三咲組。

観測作業ばかりではなく、地域住民から様々な依頼を受ける、地域に根ざした活動を旨とする中小企業である。


拙い文章すが、お付き合いいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ