黄昏への序曲(コアトル)
目が覚めると闇の中にいた
何故ここに居るのか頭を働かせなくても全神経で理解してしまう
ゾワゾワ
全身が逃げろと鳥肌立つ
不意に後ろから気配がした
「相変わらず酔狂な真似をしてるなお前は」
と楽しげに意味不明な挨拶してくる声の主は昔から自分をからかうのが趣味らしい
「深淵のー」
「ほぅ?誰がその名を口にしていいと許可した?コアトル」
背後から不気味な程低い声で敵意を投げかけてきた
振り返らずともその力の強大さから冷や汗がにじみ出る
名前を呼ぶ事は
力だけが絶対の世界では“支配または挑戦”を表し相手を挑発する言葉となる
深淵のーと呼ばれかけた男は、躊躇うことなく口にした
「コアトル」と
同じ星生まれで眷属として最も血が濃いはずの男は
少しでも怯むと間違いなくその鋭い爪で自分を…
魂ごと一瞬で造作もなくかき消すだろう
「ふっ、お前こそ覗き見とは、趣味がいいじゃないか」
振り返ると黒い金剛石をはめ込んだような瞳と目が合った
ククッと喉を鳴らして愉快げに自分の挑発を笑い飛ばした
「お前」という楯突いた表現に対しては無頓着らしい
「今日は何の用だ・・・お前の遊びに付き合ってる暇はない」
欲しいもの全て手に入れて尚それが当然そうあるべき事のように在る姿は
嫌でも気高くみえ癪に障る
こいつは俺を暇つぶしの対象としかみていない
「クックック・・・ここは北の地ぞ?挨拶にこないお前に変わって態々俺が出向いて来たのだよ」
はぁ~、と自分から呼んでおいて態とらしく大きなため息を吐く
「呼び寄せたの間違いではないのか?」
隙を見せまいとして睨み返す
「誰を?」
コアトルの反応を見抜いていたかのように唇だけに笑みを含み
まるで他にも含みがあると言わんばかりに問いかけてくる
「貴様!」
何を企んでるんだー
掴みかかろうとした瞬間動作一つ起こさず影を縛り付けられ動きを封じられた
「まてまて今のお前には興味なんてない。馬鹿すぎて不憫なお前に忠告しにきただけだよ…」
「忠告?」
「気づいてないとでも?いつからかは問わないが、力が使えなくなったのだろう?」
深淵の者に見渡せないものは何一つ存在しないだろう
それでも、奴に悟られる訳にはいかなかった…
辛うじて縛られていた影を残り少ない魔力で振り払う
認めるわけにはー…
慌てて腰に下げてた剣に全神経を集め気を溜め振りかざす
右肩から腹部にかけて切りつけたー
はずが、幻影を扇いだだけだった
「それっぽっちか?昔はもっと強かったぞ?酔狂な事をやってたかとおもえば
今度は伊達か…まぁいい、殺り合うつもりなどない出し惜しめ」
と一歩下がったところにいた本体が腕を組んだままつまらなさそうにいい放つ
コアトルは、更にもう一歩踏み込み剣を振り上げる
「だから落ちぶれたお前が不憫で忠告に来ただけだといってるだろ」
と、うるさい羽虫を睨むように目を細めた途端に
コアトルの体が勢いよく後方に弾かれた
「ぐふっ」
何もない空間だか背中から壁にぶつかったような衝撃を覚え息が詰まった
確かに、殺す気…いや傷つける気もないようだった
「馬鹿だから、はっきり言ってくんねぇか?
お前の存在意外に、忠告をうけるような不安要素が俺には見当たらないんだがね」
散々残虐な手を使ってコアトルを痛め付けてきた本人は
興味ないと言い切りながらも、善意だけで呼び寄せるとは思えない
…不気味で仕方がない
「クック…酷い言われようだね…」
どっちが…
「まぁいい、女が狙われてるぞ厳密にいえばコアトルお前の力を継承した器がね」
「!」
「カーラは今回の任務には連れてきてない!!」
「さあね、カーラなのかカールなのかどっちでもいいが
あんな目の保養にもならない女の何処がいいのか」
ひらひらと手をふりながら逆撫でる
「黙れ!」
見透かされてる通りコアトルは、数ヶ月前から力が徐々に薄れ
今は殆ど使う事が出来ない
その理由も分からずこいつが何かしら悪巧みをしたのかと疑ったが
その後何を仕掛けてくることも無く内心戸惑っていた
魔力が薄れてなくなるなんて在りえない事だ
生を授かり永遠の眠りにつくまで
寿命もきてないのに枯れる事は在りえない
魔力の量・質は、個体差によって違うが
戦いで消費しきった場合休めば徐々に満たされていく
ただ戦いの最中休息など出来ないだろうが
今回コアトルのように膨大な魔力を失う事は
前例も…ない
だが
あの晩(妊娠した)と聞かされた時にすべて納得がいった
人間との間に子を孕ませてしまった
力はこいつが言ったように腹の中にいる子に継承してしまったのだろう
そして新たな不安が生まれる
今後無力になっていく自分では、降りかかる災難から彼女を護れる自信がない
それどころか、きっと自分を狙ってくる奴を振り払うことも難しくなってくるだろう
以前力があった頃の自分ならまだしも今の自分が側にいては危険すぎる
だから
夕べのうちに決心して手紙を託しこの仕事を最後に彼女の前から去るつもりでいた
「おぞましいな…不相応な力を持て余し脆弱故に常に危険に晒される」
お前もあの女もー
(さぁ、どうする?)
直接頭に声が響いてくる
成る程、この反応を見るために態々呼び寄せたのか…
と理解した途端、逆に迷いも全て消え肝が座った
こいつは全て知っていたのだろうだからずっと高みの見物をしてたのだ
こうなることを…
そしてそれが一番自分にとって効果的な痛手となる事を見越して…
「お前は運命を信じるか?」
とコアトルが質問で返す
深淵の者は眉を潜めた
「ふっ、運命なんて考えた事もないという顔だな…
同じ星に生まれたにも係わらず
地位も容姿も力も全て手に入れたお前には、縁のない言葉だろうね」
「運命とは、自分を納得させる為に人間が都合よく作った言葉だ」
「ははっ、お前らしいな。
俺は、ずっとこんな不公平認める事できなくて抗ってきたが…
今は…運命をあるがまま受け入れるだけだ」
ーもう逃げも隠れもしないー
「ふんっ、勝手にするがいい。成り下がったお前に興味はない…
ましてや人間との間に生まれる紛い物の器などどうでもよい」
興ざめしたとばかりに鼻を鳴らした
「…」
「そうさな…今度は、俺の問いに答えられるなら昔よしみで少しだけ力になってやらなくもない」
と膝をついたままのコアトルの側に来て膝を落とし
先程まで何の感情も表さなかった整いすぎた顔が悪戯っぽく妖艶に微笑み
ゆっくりと近づき提案してくる
「お前に分からない事が俺に答えられるとでも?」
「それもそうだな…いや何でもない…」
ふっと苦笑を浮かべ立ち上がった
自信の固まりのような男のこんな煮え切らない態度を初めて見た
「…一つだけ力をやろう、使うも使わないもお前の自由だ」
とコアトルを立ち上がらせ、頬に手を当てたかと思うと
やさしく瞼に触れそのまま目を抉った
「ぐわぁああっ!」
いきなり襲ってきた激痛を軽くさせる力もなく気を失ったコアトルは
その後に続く深淵の者の言葉を聞くことが出来なかった
お前の行動で答えをみるとするよコアトル…いや、アヴェルトよ…