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黒の蛇たち  作者: さらさら
Ⅰ.露出
5/8

脱出者


 木田は、息を呑んだ。

 失踪した“佐藤朋美”という少女の謎を追って島へやって来た彼女だったが、その謎は滞在一日目にして解けてしまった。

(少し、気を抜きすぎたかな……)

 木田は、神社に向かって鳥居の前でユーターンしてから、シーの家に入って直後、黒い服の男たちに拉致され、神社の奥の一部屋へと幽閉されていた。そこには真っ白な新しいノートと、使い古され黒ずんだノートがあり、使い古された方のノートには、佐藤朋美、と記名されていたのだった。佐藤朋美のノートには、七年前にこの島へ神子伝説を調べにやって来た事、家に案内されてすぐ、木田と同じ様にここへ拉致された事、それから、この島に居る守人三人に、性的な暴力を数年間続けて与え続けられた事などが、鉛筆によるものと思われる儚い字で、綴られていた。

『私の前にも、同じ様な目に遭った人が居るらしい。神子伝説、つまりは双子神伝説の真実がこんな事だったのかと思うと、苦しくて堪らない』

 ノートの各所には、そんな意味の文章が並んでいる。双子神伝説については、木田もここに来るまでに調べていたから、よく知っていた。神子は双子で生まれ、その片割れが死産しかかった神子の為に命を投げたという話だ。

『あるいは、神子様も彼等に蹂躙されたのかも知れないと思える証拠を見つけた。私の前にここに入れられた人とは違う人が、残していたノートだ。残念ながら彼等に持ち去られてしまってここにはないが、覚えている範囲で書き残しておこうと思う。その人のノートは日記で、なんと二十冊も存在していたが、一番古い日付は百年前を示していた。数年前に大量に購入し、思い出して書いたのだという。そしてその内容は、神子様の伝承において、神子様の立場に近い物だった。神子様と島民は仲良く暮らしていたのだが、ある時突然島民が姿を消して、初めて見る男たちが神子様を手篭めにしたのだそうだ。一ヶ月分ほどそんな生活への嘆きが書かれて、唐突に日記は終わっていたから、多分そこで殺されてしまったんだと思う』

 続けて佐藤朋美のノートには、佐藤朋美の前にここに居た女性のノートについて書かれていたが、怖い、嫌だ、などという単調な言葉が並べられていたらしく、精神的におかしくなってしまったのだろう、とまとめられていた。

『私はこうなるまい、と強く思った』

 木田には、この佐藤朋美という人物が、類稀なる精神力の持ち主に思えた。少なくとも、自分は、一ヶ月を待たずしておかしくなってしまうだろう。そう思った。

 二日目には、神子様が着ていたという高そうな着物を着せられて、建物の外に露出している場所に座らされた。何人か、失踪した彼女を捜して神社を訪れてきて、その度に木田は振り返りたくなったが、銃を持った男達が控えているのを思い出し、何とかこらえた。今は機ではない、そう決め込んだ。

 そして三日目の早朝、その機は訪れた。木田を常時見張っていた三人の男の内、二人が神社を離れていったのである。一人だけ居た女の子も不在のようで、木田を見張っているのは男一人だけになった。木田は、男が無警戒にもトイレに立った隙を衝いて、ポケットに入れたままだった地図だけを手に、開けた賽銭箱側の出口から外へと飛び出て、鳥居をくぐった。あまりの激しい動きに、ポケットから小さいメモが一枚ヒラリと鳥居の脇に落ちたが、木田は気付かなかった。

(後は、誰かの家に)

 木田は、いたって冷静に、地図を見た。神社から一番近い家は、事前に確認したとおり、エーの家だ。走って、二分も経たない内に、木田はエーの家に辿り着いた。試しに扉を引いてみると、開いている。木田は、変に音を立てないように、ゆっくりと中へ入った。扉を閉めて部屋へ足を踏み入れるのと同時に、中に居たと思われる拓也が飛び起きて、木田が声を掛ける間もなく、窓から飛び出ていってしまった。

(この際、山田さんは仕方ないかな。今は、外に出ないでいよう)

 木田から見て、拓也は良い男ではなかった。ずっと暗いし、友好的でもないし、更には愚鈍そうだ。だからと言ってどうなっても良いという訳ではなかったが、事ここに達してはまず自分の身である。

 しばらくエーの家で待機していると、木田が入って来た扉の鍵を回す音が聞こえた。誰かが来た。そういち早く察知した木田は、素早く窓から外へと出て、闇雲に走った。もうもはや、どこに逃げれば良いかも分からなくなって、木田はとりあえず到着した船着場の物陰に、身を隠した。迎えの船が来るのは明日の午後。あと一日半もの時間を、ここで隠れて過ごすのは不可能だ。そうは分かりつつも、木田は動く事が出来ずに、数十分をそこで過ごした。

「う、うう……うあぁ……」

 女性の呻き声が聞こえて、木田は軽く身を乗り出した。朝倉と思われる女性が、苦痛に顔を歪ませている。後ろには、拓也と木田を監視していた男、島谷が居る。島谷は、大きな銃を真っ直ぐに構えると、朝倉に止めの一発を撃ち込んだ。

(躊躇なく殺すなんて……!)

 木田は、あまりに衝撃的な場面に、身を元の体勢に戻した。あれはもう、人間ではない。恐怖で、体が震えた。すぐ、拓也に打ち込まれたのであろう弾丸の、発射される音が聞こえた。

 数分後、島谷が去っていったのを用心深く確認してから、木田は変わり果てた二つの死体へと歩み寄った。髪を撫で、二人の亡骸を綺麗に整えてやっていると、朝倉の右ポケットに何か膨らむ物が入っているのに気付いた。遺品に勝手に触る事を謝りながら、取り出して見てみると、それはデジタルカメラだった。何か撮れているかも知れない、と、木田はそれを自分のポケットへと移した。

(あれは……?)

 続いて、拓也が右手に何かを握り締めているのが見えた。白いメモのようなそれは、四つ折りにされていて、中には『先見の明の上には穴がある』と書いてあった。その可愛い小さな字には、見覚えがある。木田はそれが、“真菜クイズ”の正解賞品だと確信した。

(先見の明の上……)

 多分、これも何らかの暗号なのだろう、と思って、木田はその文字達を眺めた。そしてすぐ、ある答えをひらめいて、地図を見た。

(真菜ちゃんが、もしあの男達の仲間じゃないのなら……!)

 地図上のそこには唯一、助かる道があるように思えた。




 島は、基本的には正円形だったが、船着場は島の南岸の中でも西の方にあり、東の方は、小さな半島として出っ張っている状態で、地図上ではその半島は『シモツキ半島』と呼ばれている。その場所へと、木田は走っていた。

「おおっと、神子様じゃないか」

 途中、富岡に見つかり、木田は内心大きく悲鳴を上げた。走るスピードは、明らかに木田の方が遅い。富岡は遊び半分に、ゆっくりと木田を追い詰めるつもりのようだった。

(半島まで、逃げれば)

 木田は、何度も木の根に引っ掛かりつつも、逃げた。富岡に次いで島谷も加わり、二人に追われるようになっても、朝の薄明の中を、ひたすらに走り続けた。そしてついに、あるかどうかも分からないままに、救いか災いかも分からないままに、求め続けていた洞穴へと辿り着いた。そのまま、洞穴の中へと駆け下りる。

「ネズミの穴だな。残念だが」

 追い付いてきた富岡は、思いの外浅かった洞穴に逃げ場を失った木田を見て、そうせせら笑った。その隣では、島谷が、銃を構えている。万事は休した。木田はそう、目を閉じた。

(…………!)

 静かな、矢でも放ったような音と共に、何の脈絡もなく島谷が後ろへ倒れた。続いて、二度目の音。今度は、富岡が、倒れる。富岡の胸に穴が空いているのを、木田は見た。

「大丈夫かい? まぁ、大丈夫なんだろうけどさ」

 二人の後ろから、富岡の持っていたそれと同じぐらいの大きさをした銃を持って、木田には見覚えのない女が木田の方へと歩いてきた。

「あ、あなたは、誰ですか?」

「名前言っても分かんないっしょ? 佐藤朋美、だよ」

「あなたが佐藤さん……。生きて、いらしたんですね」

 木田の言葉に、佐藤は少なからず動揺したようで、表情豊かそうな整った顔に、驚きを満たした。

「なんだい。あんた、私の親戚だっけ?」

「違います。ただ、あなたの失踪に違和感を覚えて、この島に調査に来たん……」

 言葉の途中で、木田は佐藤の後ろからやってくる人影を見つけ、佐藤さん、と言いながら佐藤の腕を引っ張って、洞穴の中へと入れた。

「と、っとと、突然引っ張るんじゃないよ。私ももう三十過ぎて、足腰弱いんだからさ」

「あれ、あの人……駿河さんです」

「駿河ぁ? あのジジイ、まだこんな事続けてんだな。大丈夫だよ、見てな」

 駿河は、木田と佐藤の姿を認め、仲間二人の死体を見つけると、怒りも露な鬼の形相をして、銃を二人の方へと構えた。対して佐藤は、まだ、銃を構えない。

「佐藤さん!」

 木田が、待ちきれなくなって、佐藤の名を呼んだ時だった。佐藤は、洞穴に一本だけ不自然に垂れていた蔓を、全体重を掛ける様にして一気に引っ張った。すると、駿河の足下の地面が突然、一気に陥没し、全くの不意だった為に、駿河は何ら耐える事も出来ず、ぽっかりと空いた穴へと転落していった。二,三秒で、ぐちゃり、と、脳天の潰れる嫌な音がした。

「これは、私が作ったんじゃないんだけどね。真菜って子、居ただろ?」

 今目の前で起きた事について、あまり関心を持った風でもなく、佐藤は言った。

「あの子が、私をアイツらから救い出してくれたんだ。この洞穴の下に、けっこうな広さの空間があるんだよ。そこまで逃がしてくれてね。食べ物も、二日に一回、十分なだけ運んでくれた」

「私も、真菜ちゃんのお陰で、ここまで来れたんです」

「おや、そうかい。……だが、こんな状態じゃ、多分あの子も死んだだろうね」

 今度は、少し悲しげに、佐藤は溜め息を漏らした。木田は、あまりの事に脳の処理が追いつかず、ただ、同意の意思を含めて頷いた。

「付いておいで。とにかく、死者を弔おうじゃないか」

 佐藤に手を引かれて、木田は、洞穴を後にした。




 全員が全員、死んでいた。

 生きていて欲しい、と願った真菜も、惨い事に頭を弾丸に撃ち抜かれて死んでいた。共に旅行に来た他の四人も、それぞれ、苦悶や恐怖を顔に滲ませたまま、息を引き取っていた。

 二人は、もう一夜過ごした後、やってきた船に乗って、怪訝そうにする船長を半ば脅すようにして、島を出た。船中で二人の話を聞いた船長は、人の沢山死んだ事を嘆きながら、いつかはそうなると思っていた、と意味ありげに呟いて、その後は黙り込んだ。その船長の決心は固く、二人がどう説得しても、揺るぎはしないようだった。

 東京の港に着く。木田はすぐに一一〇番通報をしたが、警察が事件の全体像を暴くのは難しいだろうな、と佐藤は悲観的に言った。大企業の保有する島の事だから、大企業の権力により、調査は途中で止まってしまうだろう、という意見だった。

「ま、もし全部が暴かれて公にさらされたら、私も生きていけなくなるしね。汚れた女で、人まで殺してるんじゃね」

 佐藤は、彼ら三人を撃ち殺した事で、自分の復讐は終わった、と思っているようだった。木田はその言葉に頷きながらも、しかし、この事件の闇を白日の下に照らさなければならないのではないか、との疑問に駆られていた。

 島を出て一週間、警察が調査を中断した。佐藤の予想通りの展開だった。木田は、警察の断念を受けて、自らがこの事件の謎を解かねばなるまい、と決心した。すぐに島を保有する大企業について調べ、三日が経った時、その調査にとって大きな意味を持つ着信が、木田の携帯電話を大きく鳴らした。


 ……以上で、第一章は終了となります。

 第二章からは、『過去』の島について、山田拓也の妹の視点でお送り致します。引き続き、よろしくお願いします。

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